11:スライム浴でぴっちぴち
あらすじ
スライムがあらわれた
ワーウルフがあらわれた
ラナはにげだした
にげられない!
【エメフラ一番宿】
◆
窓から日差しが差し込み、朝を知らせる鳥の声が聞こえる。
周囲で衣服を身に付ける衣擦れの音を聞きながら、起き上がれずに薄い掛け布団を体に巻きつける。
現在全裸である、しくしく。
『ラナーどうしたのー?早く服着なよー』
クスクスが布団に包まった芋虫の先端から溢れた毛先を引っ張ってくる。
いや、お前ずっと寝てたじゃん……助けてって言ったのに寝てたじゃん……
布団から顔だけを出して、クスクスを睨む。
つかさー! スライム化して動きを止めてくるとか反則でしょー!
「お肌の老廃物を取り除くスライム浴よ、お肌すべすべになったでしょう?」
足の指の間から、それこそR15では言えないようなところまで、ヌルッヌルにされましたよっ!
しかも、アルザも連携して攻めてくるし! 何さ、気功で活性化って!? ありえないくらい肌が敏感になってたんでけどっ!?
「ばっちゃ直伝の秘技なんだわ」
アルザのばっちゃあぁぁぁぁぁ! マジで何者なんだよ……
「まぁそれはそれとして」
アルザがローザに視線を向けると、お互いが目を見て頷く。
「「ラナのチャームポイントはやっぱりお尻だな」」
目を細めた2人は力強く握手をし、肩を抱き合って叩き合う。そんなところで親睦を深めてどうする!?
「ラナちゃんは変身しなくてもネコちゃんだったわね」
思ったとおりだったわ、というローザの一言に気が遠くなる私だった。
エメフラ一番宿は朝食付きだった。
といっても固めのパンと、白濁したスープ、ハーブティーくらいのものではあるが。
なんとか着替えを終えた私は、スープにパンを浸してふやかせながら、この後の行動について相談する。
「それで、冒険者登録はギルドにはすぐに行く?」
「ええ、登録がその場でできるはずよ。領主のいるような城下町のギルドは身元確認もするみたいだけれど、エメフラ程度の規模の町なら、そこまで神経質に見られることはない筈だわ」
実質犯罪者もフリーパスというのが冒険者の実態だ。
しかし都市部に行くにしたがって監視の目も厳しくなる上、その特性上都市部から郊外の町や村まで幅広く行動する必要があるため、犯罪行為を行う者の登録は少ないようだ。
食事が終わって宿を出る。
朝日というにはやや高く上った太陽を見やりながら、町の中央広場から東西に伸びる大通りを東に向かって歩いていく。
エメフラの町は西に広がるクルワットの森を利用した林業と狩猟が主な産業で、総人口はそう多くはない。
規模の小さな町ながら、冒険者ギルドが存在するのは、クルワットの森の生態系が豊かであり、ここでしか採取されないような植物や薬草がある事と、北方に向かう為の宿場としての役割があるのが理由である。
人の流れもまばらな通りをすり抜け、私達は東通りの中ほどにある冒険者ギルドへと到着した。
◆
【エメフラの冒険者ギルド】
◆
観音開きになったギルドの扉を開くと、受付嬢の座るカウンターが2つ見える。
建物内部はかなり広く、右手にはテーブル等が置かれたレストスペース、左手には依頼と思われる紙が、壁一面に所狭しと張られている。
中央のロビー部分はかなり広く、既に依頼を受けたであろうパーティが2、3チームほど歓談している。
受付カウンターにはいる受付嬢は、白いクロークの上から濃紺のベストを着込んでおり、荒くれ者が集まる冒険者ギルド……それも片田舎の……のスタッフとしては、洗練された雰囲気を纏っている。
向かって右に座っている女性は、ストレートの黒髪をうなじの辺りでひとつに纏めたシンプルな髪型で、さながら大企業の受付嬢といった感じ、左に座っている女性は茶髪に近い明るい髪色で、入り口まで声が響いてくらいにしっかりとした話し方をするのが印象的だ。
『右のほうが空いてるから、こっち並んで、並んでっ』
クスクスに髪を引かれつつ、私達4人は右のカウンターに並んだ。
「エメフラの冒険者ギルドへようこそ。用件をお伺い致します」
黒髪の受付嬢が、微笑みかけてくる。
「えと、冒険者の登録がしたくて来ました、3名でお願いします」
『あたしはー!?』
クスクスが抗議の声を挙げる。
「申し訳ございません。妖精の方は討伐や運搬等の主要な業務において不向きな方が多いため、登録を行っておりません。ご了承下さいませ」
静かではあるが、有無を言わさない強い力を込めて受付嬢が言う。まぁ男性が多い冒険者と渡り合うのなら、これくらいの胆力は身に付けるのだろう。
「あぁ「これ」は気にしないで下さい。3名でお願いします」
「かしこまりました、では新規の登録者を担当する者がおりますので呼んでまいります。ギネスという者が来ますので、あちらのスペースでお待ち下さい」
指し示されたのは、受付から見て左手にあるレストスペースだった。
「お待たせしました、新人担当のギネス・イッケネン、独身です。昨今珍しい女性ばかりの冒険者パーティと聞いて、喜び勇んでまいりました!」
やたらと明るい声で、面長のひょろりとした男が声を掛けてきた。
「ラナ・クロガネさんに、アルザ・ウォルさん、ローザ・エルネフラムさんに、妖精のクスクスさんですね。今晩ご一緒に食事でもいかがですか?」
「「「お断りします」」」
「アハハハ、いいですね!冒険者たるもの、ハッキリとした意思表示は大切ですからね!では早速登録に移りましょう!」
物凄いテンションで話掛けてくるギネス・イッケネンが登録内容の説明を行っていく。
まずは「名前」と「種族」だ。
「あ、別に偽名でもいいんですけど、公序良俗に反するような名前は止めて下さいねー、受付嬢からの苦情が凄いんですよ、セクハラ冒険者をどうにかしろって、アハハ」
新人担当が女性スタッフだった時期もあるらしいが、セクハラまがいの事をする者が多かった為、彼が主に担当するようになったそうだ。
続いては「職種」だ。
「ギルドの登録内容で依頼主や、パーティ外の冒険者はこれを見て大まかな判断をします。とはいえ名指しで依頼を受けられるクラスの人間になれば、大抵の情報は知られちゃうんですけどね」
これはギルドで用意している職種の分類に沿って登録すればOKだそうだ。
剣士や魔法使い、僧侶といったゲームでも見覚えのある職業をギネスが並べていく。
そして「資格」や「技能」だ。
「冒険者にとっての生命線なので、隠すのも勿論OKです。ただ、高い技能を持ってる方が依頼は得やすいですし、他PTとの合同での仕事も請けやすいでしょう。ただ、嘘はダメですよ。よくいるんですよ、使える魔法のサバ読んじゃう魔法使いが・・・、冒険者は信用第一です!信用は誠実な仕事の積み重ねで得られるものですから。あ、俺いい事言っちゃいました?」
いい事言ってたのに台無しである。割と残念な人だ。
冒険者はランク分けされており、SからDのランクに分けられる。
駆け出しの冒険者は、どれほど技能があってもDランクからのスタートとなる。
「いやー、皆さん高いスキルをお持ちですが、いきなり高ランクに登録というのはできないんですよ。冒険者にとって一番大切なのは、技能よりも「状況判断能力」なんです。無理をして全滅、依頼も達成できない……なんていうのは命の無駄遣いですからね、ギルドの信用も下がってしまいますし」
だから、一足飛びに高ランクへ上げたりはしないそうだ。
依頼される内容にもランク付けがされており、ほぼ冒険者のランクと連動している。
Aランクの依頼をするなら、パーティとして総合でAランクの実力が必要という訳だ。
こなした仕事のランクに応じて、各ギルドが昇級させるのだが、パーティを組んでいる場合はパーティ単位で昇級する事が多いらしい。
パーティであれば上位ランクの討伐を含む依頼を3回以上、個人であれば5回以上達成する事で昇級がなされるが、自己申告の上ギルドと冒険者の相互の了解がない限りは昇級はしないとの事だ。
ちなみに無理をして高ランクの依頼を受けて失敗した場合、中断までの日数に応じて賠償責任が発生するそうだ。
全員が死亡、ないし行方不明の場合はギルドが肩代わりするが、意図的に隠蔽して逃亡した場合は、見つかった後に高い利子がついて支払いを要求される上に、支払いきれなかった場合は魔法の印を刻まれた上で、犯罪奴隷に身分に落とされるという罰が待っている。
「まぁ、身の丈にあった仕事と生活をしましょうって事ですねー。どうです?今なら安定した永久就職先もありますよ? あ、しつこいですか? あははー」
「セクハラですよ?」
「何をおっしゃいますか、あははー。じゃあ登録済ませちゃいましょう」
誤魔化しやがった。
◆
名前:ラナ・クロガネ
性別:女性
年齢:17歳
種族:人間族
職種:剣士
技能:特になし
ランク:D
特記事項:常に連れている妖精が迷いの魔法を使用でき、魔力感知に優れる。
名前:アルザ・ウォル
性別:女性
年齢:18歳
種族:狼人族
職種:拳闘士
技能:瞬動・狩爪
ランク:D
特記事項:クルワットの森にある狼人族の氏族。
名前:ローザ・エルネフラム
性別:女性
年齢:21歳(本当は100歳オーバーだけどサバを読んだ)
種族:人間族(本当はスライムだけどサクッと嘘をついた)
職種:魔法使い
技能:中位魔法”グラビティ・ドーン””パイロブレイク”下位魔法”アイスランス”等多数
ランク:D
特記事項:特になし
◆
ともあれ、これらの情報を加味した上での、私達の登録内容はこんな感である。
「それでは、依頼の受諾に関して説明しますね」
ギネスは私達を連れ立って、建物の逆側にある依頼ボードまでやってくる。
依頼ボードには様々な依頼が、コルクボードに茶色くにごった紙で貼られている。
紙は表面に凹凸があり不均一な見た目をしている、出来の悪い再生紙のようだ。
「はいこれ、皆さんの名前を刻印したプレートです。受けたい依頼が決まったらプレートと一緒に受付に渡してください」
何か質問はありますか?と、ギネスが聞いてくるが私達は横に首を振る。
「いやー理解の早い方々で助かります! ランクが上がるとプレートの刻印が増えます。頑張ってSランク冒険者を目指してください! それでは、皆さんに月の女神の加護のあらん事をっ!」
ギネスは冒険者が良く使うという、祝福の言葉と共にドッグタグのような物を渡して立ち去った。
月の女神とは亜人に多く信仰される寛容で慈愛に満ちた女神だそうだ。
はっきりとした宗教組織などはなく、民間信仰に近い。
歴史は古く、古い神殿や小塚などは月の女神を奉ったものが多いようだ。
対になるのがアグナ神聖王国が主に信仰している太陽の男神で、戦神とも呼ばれる神だそうだ。
神聖王国を中心にアグナ聖教がの教会多く建立されている。
人類解放の聖戦を信仰の柱としており、亜人に対する差別もそれに端を発しているそうだ。
『それで、どの依頼受けんのー?』
「んーDランクの依頼ねー」
◆
D:ソザウの薬草の収集
報酬:銀貨1枚~
クルワットの森に群生するソザウの薬草の収集。
ポーション10個分に相当する100束を最低でも収集すること。
D:ザマの村への手紙の配達
報酬:銀貨5枚
ザマの村への手紙の配達。期限は3日以内。
D:ゴブリン討伐
報酬:銀貨5枚~
クルワットの森の街道にゴブリンの盗賊団が出没しています。
頭数は10匹程度。パーティでの受諾を推奨。討伐頭数が多ければ増額もあり。
D:インセクタ討伐
報酬:銀貨4枚~
ゴーズの村への道中に出るというインセクタの討伐。
群で出る事も考えられる為、パーティでの受諾を推奨。討伐頭数が多ければ増額もあり。
◆
「う~ん、これは難易度と報酬のバランスはどうなの?」
「ゴブリンねぇ、10匹で銀貨5枚なら妥当だと思うんだわ、アイツら弱いし」
まぁ確かにゴブリン2~30匹いたのを瞬殺してるしなぁ、アルザがだけど。
「ちなみに昨日の宿代は銀貨9ね」
銀貨1枚でいくらくらいなんだ?
銀貨の下に銅貨もあるだろうし、宿屋って結構贅沢なんだな……
ついでにCランクの依頼にも目をやってみる。
◆
C:メザシュの薬草の収集
報酬:大銀貨1枚~
クルワットの森の奥に自生するメザシュの薬草の収集。
毒薬および解毒薬30個分に相当する60束を最低でも収集すること。
Cランク相当のモンスターの出現も予想される為、前提としておく事。
C:イバの村の現地調査
報酬:大銀貨3枚
徴税の為にイバの村に向かった役人が戻ってこないので調査を依頼したい。
期限は5日以内。報告はギルド員に口頭で行うこと。
村人による反乱および殺害等の場合は鎮圧は国軍で行う。
危険なモンスターの出現等があっても、余計な戦闘は避けよ。調査報告を最優先とせよ。
C:オーガ討伐
報酬:大銀貨3枚~
クルワットの森の街道にオーガの出没が報告されています。
頭数は3匹~。パーティでの受諾、及び魔法使いか狩人のいるパーティを推奨する。
◆
Cランクの任務をこなして、やっと宿に泊まれるだけの稼ぎを得られるようだ。
ちなみに大銀貨1枚=銀貨10枚である。
「野宿は避けたいですしね・・・」
「まぁ、小手調べならこの依頼かしらね」
ローザが手に取ったのは「イバの村の現地調査」である。
イバの村なら、急げば往復で2日半ほどだそうだ。
途中には街道沿いに雨をしのげる程度の小屋はあるらしい。
「んー?オーガ退治でいいんじゃないか?アタシらの自由なんだろ?」
「さっきの新人担当君の言い方を見ると、討伐任務はかなり渋られそうだもの。女3人と妖精なら、まさか現地調査とも思われないでしょうし」
女性のみの冒険者パーティは少ない為、万が一反乱等であった場合も怪しまれないのではないかという事だ。
危険の伴う仕事なので、冒険者はやはり男性が多いのだ。
私達が「イバの村の現地調査」を受付に持っていくと、黒髪の付嬢は少し難しい顔をする。
「あまりお勧めしませんが、宜しいのですか?」
今日登録したばかりの冒険者が先を急ぎ過ぎるな、と言外に含めてくる。
『大丈夫大丈夫!ゴブリン退治程度なら、ギルドに来るまでにもしてるから!』
クスクスが返すと、受付嬢は軽く息をついた後「かしこまりました」と答えて、職務を忠実に遂行するする。
「それでは貴女方に、月の女神の加護のあらん事を」
胸にはギルド員の証となる金属製のプレートを下げ、受付嬢の声に手を振ってギルドを出る。
ここからが私達の初仕事だ。
ちょっとした食料と、雨避けのマントを購入する。
金銭面は完全にローザさん頼りで、この辺も現時点でローザのオゴリだ。
準備が整った私達は、イバの村があるという北の街道に向かい、エメフラの町を出るのだった。
つづく