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0:プロローグ

お気づきの点がございましたら、感想など頂ければ幸いです。

【ティル・ナ・ノーグオンライン】



「15、16、17……」

 ひたすらレイピアで、目の前のモンスターを攻撃する。

 相手は耐久力と自動回復能力のあるワーウルフ。

 シビリアン派生のジョブであるモンスターテイマーの攻撃力では、致命的なダメージは与えられず……

「27、28、29……うわ、クリティカル食らったよ……そろそろハイポーション使用かなっと」


 アイテムボックスからハイポーションをタッチして使用すると、半分以下に減っていたHPが8割ほどまで回復する。


 うん、時間はかかるけど、こっちがやられる事もないんだよなぁ。

 ん?モンスターテイマーなら、モンスターを使えばいいって?テイムモンスターで倒すと、アイテムドロップしなくなるから素材集めの時は使えないのよね……はぁ。


 と、ちょうど40回目の攻撃で目の前のワーウルフが消滅する。後に残ったのはアイテム「人狼の毛皮x2」


「やーっと終わったー!」

 目的のドロップアイテムを確認した僕は、1ヵ月にわたるワーウルフとの戦いに思いを馳せるとともに、達成感と解放感を同時に吐き出した。



「ティル・ナ・ノーグオンライン」

 今では珍しくはなくなった、フルダイブ型のオンラインゲームだ。


 一時期のMMO不毛の時代もどこへやら、全天型ディスプレイと、プレイヤー動作感知型コントロールデバイスのもたらす圧倒的な臨場感が、コアゲーマーから主婦までをも巻き込む、まさにMMO新世紀がやってきたのである。


 中でも僕のプレイしている「ティル・ナ・ノーグオンライン」は、アバターのカスタマイズが半端でなく多彩で、外装変化型の装備品が万単位であるという、ビジュアル重視のプレイヤーにはたまらないゲームとして、幅広いユーザーに人気のあるゲームだ。


 まぁレアな装備品や、アバターパーツは課金アイテムも多かったりするのだが、ゲーム内のドロップアイテムが大量に必要となる装備があったりなど、非課金のプレイヤーもドヤれる要素もあり、悪くないバランスを保てているとは思う。


『まぁ、某大作RPGのMMOなんて、課金プレイヤーを優遇しすぎて、滅茶苦茶殺伐としているもんなぁ』


 で、そんな労力のかかる装備を作ろうとしていたのが、先程のワーウルフ狩りの理由である。


 「人狼の毛皮x1000」を素材に、「ベルベットローブ|(レアボスドロップ装備)」と合成するとできるのだが、いかんせんシビリアン系専用装備な上、「人狼の毛皮」をドロップするワーウルフが”硬い!(経験値的に)まずい!(ドロップアイテムが)しょぼい!”と3拍子揃ったモンスターのため、狩りの対象として人気がなく、自然”人狼の毛皮”自体も流通しない。


そのせいで、欲しい人間はひたすらワーウルフと戯れる事になる訳だ。

明日が日曜で仕事も休みなので、ぶっちゃけ徹夜である。



『ともあれ、これで「ライカンズローブ」が完成っと』

 各ダンジョンと都市部を結んでくれる転送魔法陣を通りながら、出来たばかりのアイテムに思いを馳せる。


『あー誰かに知らせてぇ!』

 レアなアイテムを手に入れたときの、人間の性だよね、これ。


 僕が拠点にしている転送先の「城塞都市オーダイン」は、朝方は人が少ない。

 一眠りしてから、知り合いを探そうかと思ったところ、名前を呼ばれて振り返る。


「あ、ラナさんおはようございまーす」

「ちゃおー、相変わらず美少女だねー」


 金髪のイケメンと、美人のオネーサンが声を掛けてくる。


「おー、紀沙くんとロキさんはよーです」

「うんうん、我が妹分は今日も可愛いのぉ」

 ロキさんがハグしてくれるが、ゲームなので別に気持ちよくはない、ちくしょう!


「旦那もメロメロじゃわい(笑)」

 と、親指で紀沙くんを指差す。

 ロキさんと紀沙くんは夫婦でこのゲームをプレイしているプレイヤーで、ロキさんが前衛上位職の騎士、紀沙くんが支援上位職の神官だ。


 ちなみに僕のジョブ「モンスターテイマー」は、戦士や修道士といった下位職を経由せずにジョブチェンジする「特殊上位職」に該当する。

 攻撃力や回避力など、戦闘に関するパラメータが上昇しにくいが、スキルレベル次第ではボスモンスターすらテイムして使用できるという、なかなかピーキーなジョブなのだ。

 とはいえテイムできる確率は低いし、そもそもボスを単独で撃破できるスペックもないんだけどね。



「いやー、ロキさん冗談キツいっすわー」

「何を言うかね、ラナちゃんの外装のこだわりは、もう女子力高すぎ!コンビニ行くだけだからって、マスクしてノーメイクで外に出ちゃうような子より、よっぽど女子力が高いよねー!」

 上機嫌に笑いながら、こちらの頭を撫でる。


 実際に僕のアバターは、大変手間と暇とお金とその他諸々がかかっている。


 うっすらとピンク色のアイラインや、角度によって色が変わって見えるダークグレーの髪色なんかは、アバターガチャを何回回して出したか分からないものだ。


 赤い宝石のしたためられたサークレットは、もちろんレアボスドロップだし、濃紺のシビリアンジャケットとチェックのプリーツスカートは、ジョブによる装備の制限が厳しく、僕もこれを装備するためだけに、装備の制限のユルいシビリアン派生のジョブを選んだワケで。


 ギリギリでロリ回避の身長に、豊満とはまではいかない絶妙なバストサイズ、腰のくびれから引き締まった太ももと、それをつなぐヒップのラインは、微妙なサイズ調整に半日はかけている。


 デフォで作りやすいのは、比較的リアルで美形な顔立ちの多い「ティル・ナ・ノーグオンライン」において、アジア系の少女の顔とスタイルを作り上げるのは、非常に手間とお金(というか課金ガチャのアイテムなんだが)がかかるのだ。



「紀沙きゅんも、ラナちゃん相手なら浮気しても許すぞよ♪」

「ちょ! そんなア――――ッ! な発言はやめてくださいよ! 中身は男なんですから! 紹介するなら、紀沙くんじゃなくて女友達にしてくださいよ!」

 相変わらずハイテンションなロキさんに、紀沙さんが微妙な表情で笑っている。



 僕みたいに女性アバターを使用する男性プレイヤーは少なくない。

 もちろんボイスチャットは、女性ボイスに転換するなど、雰囲気作りには力を尽くしているが、一部のプレイヤーに微妙な感情を抱かれても仕方ないとは思う。


 実際にちょっとした壁を感じるプレイヤーは多い。

 そんな中で、当たり前のように気さくに接してくれる2人は、本当にありがたい。

 大人らしい対応をしてくれる2人には、年下のはずなのに、ついつい何かと頼ってしまう。



「ラナさんは、今日もワーウルフに行ってたんですか?」

 言ってくれれば、手伝ったのにといった感じで、紀沙くんが言う。


「いやぁ、あんなマゾい所に誘うのは、ちょっと気が引けちゃいますし……」

 よいしょっと、小さく言いつつオーダインの石畳の上に座る。


「ついさっき、必要な分が集まりましたから」

 じゃーんと、効果音がつきそうな勢いでできたばかりの「ライカンズローブ」を取り出す。


「おぉ! 遂に完成したんですね!」

「ですです!」

 紀沙くんとロキさんが手を上げて、思わずハイタッチ。

 いつもながらノリの良い人たちである。


「んーと、それでどういう効果があるんだっけかな?ケモナー御用達とは聞いてるんだけど……」

「ワーキャット化によるステータス向上と、バーサク率の向上ですねー、戦闘中以外はバーサク効果は無いみたいですけど」

「ほむほむ、てゆー事は街中で装備してもケモるだけの萌え装備品なワケなのね」

「あはは、まぁそうなりますね」

「相変わらずのオシャレ上級者さんめっ」

 ロキさんが、ニヤニヤと笑いながら私のほっぺたを突つく。


「まぁ真面目な話をしますと……」

 言いつつライカンズローブを装備する。

「バーサークに目をつぶるなら、ステータスの上乗せ分で2人のレベル上げにも、付いて行けそうなんですよね」

 と、キューティクル(ゲームでこの表現もどうかと思うが)な髪質が、ゴワゴワと硬い髪質へと変化し、猫の耳のような形状になり、スカートの間からは、すらりと細長いしっぽが出現した。勿論黒目部分は猫目である。



「にゃーー!!」

 変化が終わるとともに、ロキさんが僕に向かってダイブしてくる。

「あーん!可愛ゆいぞ! 可愛ゆいぞ! 超萌・え・るぅー!!」

 膝上のベットを撫で回すように、ロキさんが激しく僕の頭やほっぺたを撫で回す。


「確かに可愛いですね。通常アクセサリーのキャットヘアバンドより、猫っぽさがあって雰囲気が違いますよね」

 紀沙くんがほんわかと笑顔で言う。

「てゆーか、それだけじゃないよっ! 私たちとダンジョンを合わせるために、こんなに手間のかかる装備を用意するなんて、超健気! 超萌えるぅ!」

 僕を撫で回すロキさんのハッピーメーターは、完全に上限を振り切っていた。



「いやぁ、でもこれまでこんな趣味アバターで、いろいろ連れて行ってもらうのは、気が引けるのはありましたし」

「あはは、その気持ちは分からないでもないけれど、僕たちはそれほどハードなダンジョンアタックにこだわってるわけでもありませんから」

「そーそー、ラナちゃん事あるごとに、”男です”アピールするけど、妹みたいっていうのは、からかいでも比喩でもなくただそーゆー風にしか感じないって言うだけだよぉ」

 妹を邪険にする姉だとでも思ってたのかねー?と、ロキさんが「プンプンがおー」のポーズをする。


『本当は僕の方が年上なんですけれどね、アラサーですし』

 と、言いかけた言葉を飲み込んで一言だけ言う。

「ありがとうございます」



 僕の言葉を聞いて、ひとしきり満足そうにうなずいた後、ロキさんは話題を変える。

「そうだ!せっかく新しい装備もできた訳だし、朝の空いてるうちにどこかのダンジョンにでも行ってみよ?」


「いやぁ一緒に行きたいのは山々なんですけれど、ぶっちゃけ徹夜でして……」

「あぁ、今日は日曜日ですからね。あと一息となると、張り切って粘っちゃいますよね」

「……です」

「うん、それじゃ仕方ないっか。また一休みして起きたら、チャット飛ばしてね!」

 お猫さまを愛でながら、ダンジョンアタックするんだから! と、ロキさんが明るく言う。


「それじゃ、ゆっくり休むんだよー!」

「僕たちは、折角なので地下墓地にでもアタックしてきますね」

 ロキさんは大きく、紀沙くんは小さく手を振って、オーダインの北側にあるダンジョンに向かっていった。



「ほんと、気さくでいい人たちだなー」

 独り言を言いながら、都市郊外の広場に向かう。

 ここは広い芝生になっていて、適度な木陰もあり、ゲーム内とはいえ個人的には癒しの場だ。

 ログアウトするときは、いつもここで行うマイルールがあるのだ。


 後はログアウトするだけと言う状態だが、ライカンズローブを装備したままなのに気づき、装備を解除してごろりと横になる。


 リアルでもベットにごろんと横たわっている状態だ。

 ここでログアウトの処理をして、ディスプレイと操作用のデバイスを外すだけだったのだが、横になった途端……自覚が弱かっただけで相当疲れていたのだろうか? 急速に僕の意識は閉じていくのだった。



「さすがに6時間ぶっ通しは……ゲームとはいえ……疲れるよなぁ…………」

 この時、眠りに落ちたという自覚ができていたのかどうかは分からない。


 ただ確かなのは、しっかりとログアウトを確認しなかったことを、その後しばらく後悔し続ける羽目になるという事だけだった。




つづく

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