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「サーヤは勘が良いですね」
「誠さんは人が悪いわよ」
サーヤは恐らくは後ろで微笑んでいるであろう誠一郎を見ずに答えた。
「偶然が重なることをロマンチストは必然だと言うけれど、現実にはそれは作為でしかないわ。あとはその作為の真意を汲めば私のすべきことは決まってくるもの」
そう続けて振り向くと真っ直ぐに誠一郎の目を見詰めた。
この人の瞳はいつも不思議な色を湛えている。
優しくてとても冷たい。
今までその目に何を映して来たのだろうか。
そして今、この人の瞳の中に私は居るのだろうか。
「サーヤは賢いね」
誠一郎はサーヤの頭を撫でた。
クシャっとなる心地好い感覚に一瞬サーヤの思考は止まる。
いつもそうだ。
サーヤの不安はいつも誠一郎のひと撫でで消えてしまう。
心が読まれているのかと思うくらいに。
「なっ何よ、子供扱いしないでよね!」
顔を真っ赤にしてそう言うのが精一杯だった。
「ふふ、子供でいられる時間は限られていますからね。子供でいられるうちはそれを享受するのが幸せですよ。彼女は子供でいられる時間があまりに少なかった」
「響香……!でも私は子供じゃないんだからね」
ムキになるサーヤに「はいはい」と誠一郎は手を挙げてあしらい部屋を出た。
立ち上がろうとした響香。
手を差し出した女性。
互いに顔を向けた瞬間、揺れた髪の向こうにイヤリングが光った。
ダイヤとルビー、片方ずつのイヤリング。
「嘘……」
あり得ない話だ。
女性の目の前に居るのは女子高生。
響香の目の前に居るのは若い女性。
互いの思う人物の姿ではなかった。
「あなた、名前は?」
それでも女性は確かめずにはいられなかった。
「響香です。清水響香」
そう聞いた瞬間女性は響香を抱きしめて何度も「ごめんなさい」と繰り返していた。
苗字に覚えは無かった。
しかし名前で確信した。
『この子は私が手放した響香だ』と。
「響香さん、お母さんは察したみたいですよ」
未だ状況が飲み込めないでいる響香にユーナは言った。
「この懐古堂は今にあって現在に無い場所。時間と空間の狭間にあるお店なの。今、響香さんの目の前に居る女性は赤ん坊の貴女を孤児院に預けて来たばかりの17年前のお母さんですよ」
「本当に?」
「間違いありませんよ、響香さん」
確かめる響香に答えたのは誠一郎だった。
「その女性が身勝手にも貴女を捨てて消えようとしたお母さんです」
「ちょっ、オブラートに包みなさいよ」
サーヤが慌てて止めるがもう遅い。
「いや、捨てたのだからお母さんでも無いですよね。彼女は貴女を捨てて、今度はこの店に貴女の記憶を捨てに来ました。店を出た後はその命も捨てるつもりだったようです」
「………」
響香は誠一郎の言葉を無言で聞いていた。
「17年、恨みつらみもあるでしょう。いいんですよ。復讐してもここは次元の狭間、現実世界での罪なはりませんよ」
誠一郎はそっと耳打ちするように響香の傍らで囁くと冷たく微笑んだ。