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響香の表情はとても自然だった。

無理に笑うとか、希望を持ってとかではなく、母親の話が出来ることが純粋に嬉しいといった感じだった。

記憶に無い、推察だけのエピソード。

それでも響香には宝物のようだった。

サーヤもそんな響香に常套句のような励ましを掛けるのが躊躇ためらわれて一瞬の間が開いた。

そしてその間を埋めるように戸口から光が漏れ差した。

「あっ、始まる」

サーヤの言葉を合図に2人は隙間に取り付いた。


3人は場所を移して商談のテーブルに付いていた。

幸いにして響香達からは近い。

上手くいけば会話も聞けるだろう。


「ではこちら、お客様がご一緒に写っていないお写真については買い取りましょう。ご一緒の物は手前どもで処分いたしますか?」

極めて事務的な誠一郎の声に来客は小さく頷いた。

肩口まで伸びた髪が揺れる。

姿形はよく見えないが、シルエットは女性のようだ。

「写真を買うの?芸能人?」

響香は声をひそめてサーヤに尋ねた。

「一般人よ。写真でも宝石でも何でもよいのよ。その人の想いがこもった物ならね」

サーヤはそう言うと「私達が買い取る物は記憶なの」と続けた。

「そんなのどうやって!?」

響香は驚いてサーヤを見た。

「黙って見てれば分かるわ」

サーヤは店内を見つめながら、一瞥いちべつもくれずに言った。


店内ではユーナが恭しく黒い革手袋を渡した。

誠一郎はそれをめるとゆっくりと歩く。

踵が床を蹴る音を響かせながら数歩。


カツン…

カツン…


後ろから回り込むようにして女性の隣に並んだ誠一郎は眼鏡を外した。

外した眼鏡がテーブルに置かれる。

まるで芝居をするように優雅に動く指先が眼鏡から離れると、女性の顎に触れて軽く上を向かせた。


「あの手袋って何かマジックアイテム的な?」

「ただの革手よ。ジェスコで1980円」

「………ふざけてる?」

「大真面目よ。響香だってあれをスゴイ物だと思ったでしょ。対象から記憶を抜くにはある程度の暗示を掛けないとダメなのよ。人間の脳は形成された時から全て記憶しているの。記憶は忘れてしまうんじゃなくて思い出せないだけ。特に使わない記憶は圧縮して深層に沈めてしまうから…何かのきっかけで解凍されれば思い出しちゃうけどね。フラッシュバックなんてそれの典型よ」

「………」

響香は大部分を理解出来ないでいた。

サーヤはお構いなく続ける。

どうやら分かる箇所だけ分かれば良いようだ。

完全な理解など期待していない様子だった。

「誠さんはその中で必要な記憶を抜き取って品物に定着させるの。抜き取られた記憶は脳から失われる。その時に脳は無意識に激しく抵抗するのよ、想いが強いほどね。そうなると対象はダメージを受けてしまう。魂の抜け殻にだってなりかねないわ。だから暗示を掛けるの。平たく言えば心の麻酔ね」

「ああ、なるほど!」

なんとなく理解出来た響香は初めて方程式を解いたようなスッキリとした表情で言った。

もっとも理解出来た表現は『心の麻酔』だけだったが。



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