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響香が一歩あとずさると同時。
コスプレ店員が手を叩いて笑う。
「な、何よ」
よく分からないが自分がバカにされていることだけは分かる。
「懐古堂」
「か・い・こ・ど・う」
コスプレ店員は二度言った。
自分の顔が赤くなるのが分かった。
今は耳たぶまで熱い。
そう言えば聞いたことがある。
昔の日本は文字を右から読んでいたらしい。
ドヤ顔のコスプレ店員に言い返す言葉も無い。
「誠さん、レディに恥をかかせるのは殿方としてどうなのかしら?」
不意に頭上で声がした。
見上げると棚に白磁のアンティークドールが並んでいる。
それこそとんでもない値段だろう。
キョロキョロしているとその中の一体が「ここよ」と笑った。
響香は驚いてコスプレ店員にしがみついていた。
驚きすぎて声も出ない。
指をさして口だけが鯉のように動いている。
「まったく。サーヤが一番『どうかしら』じゃなくて?」
よく似た声が今度は隣で聞こえた。
アンティークドールがもう一体、響香の横に立っていた。
「貴女もそう思うで……おやまぁ」
にこやかな表情で話す言葉を最後まで聞くことなく、響香は気を失った。
気味の悪い夢を見た。
そう思って目を覚ますと見知らぬ天井。
「あら、気が付いたようね」
そう言って近付いて来たのはあのアンティークドール。
再び意識が遠のいてゆく。
「あぁ!メンドクサイ」
響香の首筋に冷えたタオルが押し当てられた。
「ひゃっ」
短い声をあげて響香が戻った。
「イチイチ気絶しない。私の名前はサーヤ。アナタは?」
「清水響香。サーヤ、貴女は人形なの?」
「はぁ?バカなのアナタ。人形が喋ったらホラーじゃない」
サーヤは『よく確かめろ』と言わんばかりに顔を近付けて言った。
白い。
西洋の高級陶磁器のような肌に宝石のような蒼い瞳。
金細工のような豪奢な長い髪。
薄く形の良い唇。
絵画か彫刻の中の存在のような、まるで美術品だ。
こんなにも美しい人間が存在するのだろうか。
響香は思わずサーヤの頬と唇に指を触れた。
「ちょっ、何するの」
サーヤが脱兎のごとく響香から離れた。
「いや、本当に人間なのかと思って」
「私はアナタが本当のヘンタイなのかと思ったわ」
焦った表情のサーヤを見て人間なのだとようやく思った。