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第三話



「……もういい。おいていけ……」


レオンは喘ぐようにそう言った。

それに構わずラグナは重症のレオンを背負い戦火から逃げる。


「馬鹿……、置いて、いけるかよ……!」


侵攻が始まった時、レオンは帝国のホムンクルスの攻撃によって足が折れていた。

ミストは自分達の師匠であるアイレスと共に既に共和国に逃げ伸びている。

二人とはそちらで落ちあう予定になっていた。

周りは皆自分が生き残る事に必死で他人を助ける余裕を失っている。

こんな状況で自力では歩く事の敵わないレオンを置いて行ったら―――結果は考えたくない。何が何でも、二人共生き残ってやる。

もし逃げ切れなかったとしても、死ぬときは2人一緒だ。


「俺は……! 絶対にお前を見捨てな――」


次の瞬間、大地がせり上がった。地が裂けて隆起して自分達と同じ様に逃げていた者達が暗い奈落へと落ちて行く。


ホムンクルスの源流魔導!? どこから――!


ラグナの記憶はそこで途切れる。


気がついた時にはレオンの姿は何処にもなかった。

ぼんやりとした重たい意識のまま、ラグナは周りを見渡した。

周りには死臭が溢れていて、思わず咽返りそうになる。


「あ、ああ……!」


時間が経つにつれ思考がハッキリしてくる。視界がクリアになっていく。

ラグナが見た物は。

土が槍状に変化して串刺しにされた者。

生き埋めにされて何とか逃れようと必死にもがいた痕跡がある者。

割れた大地に体を潰されて人としての原型を留めていない者。


そこには死が満ちていた。


「――レオンは……?」


そのなかには彼の姿は無い。

否。もしこの中にレオンがいたとしても、見分ける方法などないだろう。


「あああ、ああああああああ……!」


惨状に言葉が出てこない。現実を受け止め切れず気が狂いそうになる。

何故――何故――何故!?

こんな仕打ちを受けなければならない?

自分達はただ、静かに暮らしていただけだというのに!


「……レオン……ゴメン、レオン……!」


怒りをぶつける場所が分からずに、膝を折る。

嗚咽混じりに守れなかった親友に対して謝罪を述べ続けた。


「見捨てないって約束したのに……!」


瞳から大粒の涙が零れおちる。

何故……!

見捨てないといったのに……!

こんなにも……簡単に人の命を……!


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


どうすればいいかわからないままラグナは天に向かって高く、高く吠えた。



「レオン!」


頬を涙で濡らしてレオンに駆け寄るミスト。

彼女を受け止められるようにレオンは腕を広げた。

感動の再会――


「何処ほっつき歩いてたんだこのスットコドッコイ生きてたのならさっさと帰ってこいってんだこのボケナスカボチャがァアアア!!」


――とはいかなかった。

何処からともなくハリセンを取り出しレオンをシバき倒した。


「し・ん・ぱ・い――」


ズタボロになったレオンの足首をむんずと掴み、


「――しただろうがァアアア!!」


ハリセン片手にブンブンと振り回す。


心配してた風には見えません……。


と、一緒にいた金髪の少年はそんな言葉を辛うじて呑み込んだ。

感動の再会に水を差すべきではない。

決して目を合わせたら殺られる。とビビって日和見主義全開になった訳ではない。

何処か遠い眼をしながらサブミッションをかえられるレオンの様子を見守っていた。



ラグナはアイレスに追いだされたあとミストの元へと向かっていた。

その足取りは重い。

ミストはその外見だけ見れば小柄で可憐な少女だ。

長く伸ばした金髪。

パッチリとした大きな青い眼。

スラリとした体躯。

人見知りが激しく見ようによっては大人しい性格。

繊細な容貌はおとぎ話に出て来る姫を思わせる。

だが、本当に彼女と親しい者ならば、そんな評価を鼻で笑い飛ばす。

彼女は人見知りの激しい性格に隠れているが、一度感情のメーターが振り切れるとやることが豪快になるのだ。

そんな彼女に不義理を働いた日には――ブルブルッと身震いをした。


一発殴られるだけで済めばいいのけど……。

……………………それにしても、一体俺は何を忘れてるんだ……?


「そこにいるのは我が宿命のライバル! ラグナ・マクレガーではないか!!」


クソ寒い中角刈りにランニング一枚と半ズボンという出で立ちでオブジェの様に立っているのは昼間の腕相撲の相手『サミュエル・ジャクリーン』――通称『マッチョ先輩』――である。

半身になり左足を少し上げて、両手を丹田の辺りで組みムキムキムキムキッ!! とサイドチェストのポーズを取っている。

強烈な存在感を放つ彼をラグナは華麗にスルーした。


「何故無視する!? 寂しいではないか!!」

「……………………なにか用ですか?」

「用は無い!」

「さようなら」

「だから待てというのに! 俺はあまりにも寂しいと死んでしまうのだぞ!!」

「その成りでウサギみたいな事言わないでください。というか大陸中のウサちゃんを愛でる会に土下座して謝れ!!」


ラグナは即座にマッチョ先輩の発言に噛みつく。

可愛い動物が何より好きな彼にとってサミュエルの発言は許し難いものなのである。


「先輩の1人マッスルミュージカルに付き合ってるヒマはないんですよ。これから俺はミストに怒られにいくっていう重要任務が――」

「あの可憐なミストさんに怒られに行くと!? なんと言うご褒美!! 是非同行させて貰おう!!」


しまった。逃げ口上を間違えた。

サミュエルはミストに惚れているのはこの辺りでは周知の事実。一昔前風に言うとゾッコンラブ!!!! なのだ。

そして、その所為で常にミストの傍にいるラグナにやたらと勝負を挑んでくる。

勝負事態は嫌いではない――いや、寧ろ好きなので別に構わないのだが、偶に勝負に熱中するあまり周りの備品まで壊してしまい、怒られるのは勘弁して貰いたいと、思うラグナであった。


「なんで、ミストちゃんは俺に振り向いてくれないんだろうか? 芸術的な筋肉。溢れんばかりのパワー。そしてそれが醸し出す無限の男気! 日々彼女に相応しい男に成るために腕立て腹筋背筋スクワットを1000回欠かさず行っているというのに!! 何故なのだラグナァ~~ッ!!」

「俺の口からはちょっと……」


「ハイ、お嬢さん。一緒にヒンズースクワットをしながらアスレチック巡りをして美しい汗を流しましょう」なんて口説き文句で落ちる女がいるのかどうか、甚だ疑問である。

が、本人に言えるはずがない。

サミュエルにとって筋肉とは黄金にも勝る秘宝なのだ。

それを侮辱しようものなら、ラリアットで沈められかねない。


ああ、寒いのに暑苦しい……。

ミストから逃げる時の楯にさせてもらおうかな。


そんな外道なことを考えて、さっさと家の方へと足を進めた。

最後の階段を登り切り到着する。そこで彼は眼を見開いた。


「レオン……」

「…………久しぶりだな、ラグナ」

「嘘だろ、ホントに!? 幽霊とかじゃないよな!?」

「誰だ?」


感極まって泣きそうなラグナに1人置いてけぼりのサミュエルが聞く。


「レオン・ナイトレイ! 俺の兄弟子で……、友達。――エルニド戦役で、死んだと思ってた……」

「死にそうだったけどさ、なんとか生き延びれたよ」


微苦笑を浮かべてレオンは弟分の頭を撫でる。

伝わってくる温かさが嬉しくてラグナは涙を隠す様に俯いた。

ミストがラグナの袖口を引っ張る。


「ラグナ、アイレスさんに」

「そうだな。早速師匠にも知らせないと。そっちの君もレオンの友達だろ? ゆっくりして行ってよ」


嬉しそうに言うラグナとミストに対してレオンの表情が翳った。


「残念ながら今日は里帰りに来たわけじゃないんだ」

「どういうことだ?」

「……………………」

「……レオン」


黙して語らないレオンに対して咎めるように金髪の少年が呼び掛ける。


「…………師匠は――いや、アイレス・ニーソンは……」


『離れよラグナ、ミスト!』


何か言いかけるレオンの背後からアイレスが奇襲をかける。

レオンは即座に武器である剣を展開。頭上より襲い来るアイレスの一撃を弾き飛ばした。


「師匠!?」

「アイレスさん、何があったの!? 腕が――ッ!」

「下がっておれ!」


満身創痍で右手首の先がないアイレス。

そして師が弟子であるレオンに殺す気で斬りつけたという事実。

混乱の極みに陥ったラグナとミストを一喝する。すぐさま正面のレオンと後ろにいる金髪の少年を睨む。


「お主らじゃな。ミストを攫いに来たという帝国のホムンクルス共は!」


アイレスの言葉にラグナとミスト、そしてサミュエルの表情が驚愕に染まる。


「そんな、アイツはレオンなんですよ!?」

「そうですよ、レオンがそんな――」

「レオン・ナイトレイは死んだ!! あそこにいるのはレオンと同じ顔をした偽物じゃ! 恐らく魔導術式を用いて顔を変えておるのじゃろう!」

「そんな、嘘だよなレオン!」

「…………」

「なんとか言えよ!!」

「…………………………師匠、一つだけ訂正があります。自分は正真正銘のレオン・ナイトレイだ。あの時、死にかけている間に連行されて際にホムンクルスにされた、ね。…………、帝国軍戦術魔導兵器『人造人間ホムンクルス』部隊所属『山猫』レオン・ナイトレイ。それが今の俺だよ」

「嘘だ、信じないぞ!」

「私の任務『ミスト・クリステンセン』の確保・連行。」


嵐の前の静けさの様な沈黙が横たわる。

その静寂を破ったのは一言も喋らなかった金髪の少年だった。


「剣鬼アイレス、貴方がここにいるって事は――コルトは……」

「…………」

「……許さない……!」

『勝手に殺すな』


暗がりから嘲る様な表情を張りつけて黒狗が姿を現す。残忍な眼は標的を見据えていた。


「良かった、無事だったんだね!」

「そんな雑魚にオレが殺れるかよォ」


刀を肩に担ぎ、幽鬼のような足取りでラグナ達の前に姿を現す。

正気を失った様な眼で見据えられてラグナ達は戦慄する。


「でェ、なに遊んでんだよ、新入りィ?」

「…………」

「やる気がねェならオレが確保するぜェ? そんでもってその後目撃者を全員消す」

「待ってくれ! ここにいる奴らは俺の――!」

「クク、知るかってんだァ。『目撃者は消せ』、それがこの任務の前提条件だろォ?」


振りかざした刀から炎が走りアイレス達の逃げ道を塞ぐ。


「ダメだよ、コルト! 騒ぎを大きくしたら他のエルニド人たちが――」


不特定多数に目撃されてしまえば、口封じどころの話ではなくなる。

そう考えてレミンはコルトを諌めるが、


「端からそれが目的だ。そこの死に損ないが逃げてオレがそれを見失った時点で何処まで情報が拡大したかわからねェ。だからよォ『情報の漏えいを防ぐためやむなく皆殺し』って事にしておけばいいだろうがよォ!」

「お主、最初からそのつもりでワシを逃がしたのか!」

「それ以外に何があるってんだァ? 『バケモノ』のオレに情けでも期待しちゃいましたかァ? ギャハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」

「外道がっ!」


今日ほど気分がいい日はこの先一生ないだろう。

エルニド人を殺し尽くせれば、すべてどうでもいい。

それ以外に、生きている理由などないのだから。


「…………コルト」

「レミン、さっさと転送術式を展開しろよ」

「………………」

「レミン!!」


逡巡して動こうとしないレミンを怒鳴りつける。

レミンは意を決したように聖霊石を取り出し魔力を注ぎ込んだ。

術式が展開して、地面に緑色の渦の様なものが発生する。


「移動先の空間座標固定完了。対象捕獲後、いつでも飛べるよ」

「オーライ。術式を維持したまま周囲の警戒にあたれ。騒ぎを聞きつけてこっちに向かってくる奴らは全員射殺せ」

「……わかった。援護は?」

「ククッ、オレが死ぬまで石になってろ。邪魔をしたらテメェでも殺すぜ?」



レミンは何も言わずに頷くと三角に折りたたんである変形弓を懐から取り出して広げる。

得意の探索術式を展開していつでも狙撃出来るように準備した。


「さァて、アイレスはお前が殺れ。それも嫌だってんなら、今すぐ反逆者としてここで始末してやるよ」

「…………わかった」


コルトとレオン。

ホムンクルス二人はそれぞれの標的を見据える。

剣を構えレオンは右腕を失い満身創痍のアイレスに向かって突撃した。



ゆっくりとミストに歩み寄っていくコルトの前にラグナとサミュエルが立ちはだかった。


「なんだよガキ共?」

「ミ、ミストは渡さない……!」

「その通り、我が自慢の筋肉の恐怖! 存分に味わうが良い!」


以前アイレスから渡された護身用の短剣を取り出すラグナとナックルを装備して構えるサミュエルをコルトは馬鹿にするように鼻で笑った。刀を使うまでもない。

一瞬で間合いを詰めてサミュエルの腹に拳を叩きこむ――が堪えた様子は無い。


「魔導術式! 筋肉大活劇マッスル・カーニバル!!」


ムキムキムキムキ!! と筋肉が盛り上がる。

そしてとびきりいい笑顔をコルトに向けた。

シリアスがギャグにしか見えなくなる様な光景だが、コルトの頭に血を昇らせるには十分すぎるほどの効力を発揮した様だ。


「筋肉の素晴らしさを知りなさい!」

「ふっざけんじゃねェぞコラァ!!」


ラグナは後ろで聖霊石に魔力を送り魔導術式を展開。

万華鏡をサミュエルにかける。

一振りで無数に襲い来る拳。

幾重にも連なって繰り出される拳打にコルトは滅多打ちにされて派手に吹き飛ぶ。

骨が砕けた音がした。


勝った。


ラグナとサミュエルはそう確信してハイタッチした。


「いかん! 早くトドメを刺せ!」

「え?」


離れた場所で戦うアイレスがそう叫ぶ。

彼の発言の意図が分からずラグナとサミュエルは大いに困惑した。

サミュエルの筋肉大活劇マッスル・カーニバルは見た目ふざけているが、その反面威力は軍用魔導と比べても遜色ないほど絶大である。

その上師直伝の万華鏡によって威力は何十倍にも膨れ上がっている。

まともに正面から喰らって。立っていられる人間はまずいない。

この時点で彼らは失念していた。目の前にいるのは『ニンゲン』ではなく『ニンゲンの姿をした兵器』だという事を。


「ハハハ、ハハハハハハハハハハハハ!!」


笑いながらゆっくりと起き上がってくる。

喜悦に歪んだ好戦的な顔。


「なァおい、そこのマッチョ。お前、名前は?」


尋ねてきたコルトの声色は今までの嘲るようなものではなく、非常に真摯なものであった。


「…………サミュエル・ジャクリーン」

「サミュエル・ジャクリーンだな。……フフ、覚えておく」

若干の戸惑いを覚えながらも、名乗るとコルトは更に笑った。

次の瞬間。

拳がサミュエルの顎を抉り込み、吹き飛んだ。


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