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第十八話


1


領主邸のエントランスに足音が響く。

まるで獣が獲物を探し求めるように、狂戦士は身幅の長い長刀を担いで歩み続ける。

やがて、立ち止まり煙草に火を点ける。


「出て来いよォ」


暗く歪んだ笑みを張り付けて潜んでいたナニカに向かって言い放つ。

すると、暗がりから滲み出るようにガスマスクを付けた大掛かりな機械を背負った男が姿を現した。

姿を現した男を鼻で笑うように、煙を吐き出した。


「『黒狗』コルト・アサギリ、だな」

「噂のニセモンかァ?」


ニタァ……と、邪悪な笑みを浮かべ自身の名を語った偽物を見据える。

この町に来て、存在を知ってからこの『偽物』と相対するのを楽しみにしていた。

仮にも『黒狗』と名乗り上げるからには相当な火力を持った技術、もしくは、宝剣の『適格者』か。


「この日をどれだけ待ち望んできたか……。会いたかったぞ黒狗ゥ!!」

「オイオイ、男に想われて喜ぶような趣味はねェぜ?」


怨念を受け流す様なコルトの軽口にガスマスクから除く青い目がさらなる憎悪に歪む。

今更どうということはない。コルトの仕事は平たく言ってしまえば『殺すこと』だ。

焼殺。刺殺。斬殺。殴殺。八つ裂き。惨殺。

ありとあらゆる殺し方で山の様に死体を積み上げてきた。

今更面と向かって怨嗟を吐きつけられたとしても、動く心などありはしない。


アサルトライフルの銃口を向け、引き金に指をかける偽物と、好戦的に笑う『黒狗』コルト・アサギリ。

両者を隔てる距離は約30メートル。互いに必殺の間合いギリギリのラインに立っていた。


「我らが魔導の祖……メイア様、あなたにこの邪悪なる悪魔の魂を捧げます……!」

「ハッ、殺れるもんなら殺ってみなァ!」


炸裂音と轟音が同時にぶつかり、あたりのガラスが爆風で吹き飛ぶ。

フルオートで撃ち尽くした銃弾をコルトは炎熱で溶解してスピードの乗った溶けた鉛は空中で霧散する。間髪入れず偽物は手榴弾の安全ピンを抜き、投げつける。

コルトは炎剣を射出して迎撃。直後、強烈な光と耳をつんざく様な大音響が彼を襲った。


「かかったなアホが! それはフェイクだ!!」


一時的に視覚と聴覚を奪われたコルトは無造作に爆炎を撃ちだす。

だが、すでに先読みしていた偽物は既に遮蔽物に身を隠しマガジンを再装填。爆風をやり過ごす。

身体機能情報が欠損したわけではない。ホムンクルスの再生能力は起動しない。

煙が晴れるのを待たず、偽物は三点バースト。未知の武器で目と耳を塞がれ、ほぼ棒立ちになっていたコルトの手足が5.56mm弾によって抉れ、弾け飛んだ。

支えをなくしたコルトは破壊しつくされた床に倒れ込んだ。


「ホムンクルスは再生までにタイムラグが存在する! そしてッ! その間にッ!」


背に背負った細長い器具を手に取り、安全装置であるコックを開け、銃部の先端から炎が吹き上げる。


「貴様を焼き尽くすゥゥゥィィィッ!!」


液体に乗った炎が噴射し、一瞬で地獄絵図が完成した。


「ヒャハハハハハ!!」


偽物は笑う。まるで戦闘時の黒狗のように。

狂ったように、天を仰ぎながら、うつろな瞳で笑い続ける。


「見ていただけましたかメイア様! この私が、忠実なる貴方様のしもべが悪魔の穢れた魂を浄化しました! 今日までに捧げた生贄は38人です! ヒャハ、あと何人贄を捧げれば貴方様は復活してくださるのですか? メイア様、メイア様ァ――――ッ!!」


「そうか。テメエ、エルニド原理主義者か……」


低く、冷たい声は偽者の耳にはっきりと届いた。

同時に火の海がうねりを上げて割れていく。

そこに佇んでいた黒は、一際異彩を放っていた。


一瞬で間合いを詰めて腹を蹴り飛ばす。


「火でオレが死ぬ訳ないだろうが、この間抜け」


痛みのあまり嘔吐し、悶絶する偽物を他所に、彼の装備に目を落とす。

この町のチンピラが所有していたものよりも銃身と口径が大きく、連射も効き威力もある。

そして、黒狗の代名詞ともいえる炎の源流魔道。これは火を揮発性の高い液体に乗せて投射する器具で演出していた。

自身の黒狗の名を語るほどの『炎』の使い手。

もしかしたらエルニド人に奪われたトルキア六家の宝剣『ヒノニチナガ』の適格者かもしれないと期待していたが、種がこのような玩具だったとは失望もいいところだ。


「キッサマアア黒狗! いつか貴様には我らが魔導の祖メイア様の裁きが降される! 我らエルニドの偉大さを理解できぬケダモノめッ!!」

「エルニドが偉大? ククク、その上『ケダモノ』ねえ? 自分たちがそんな上等なモンだとでも思っているのか? …………、貴様に歴史を教えてやろう、エルニド人」


偽物の髪の毛を掴み上げ耳元に口を寄せる。そして、かすれた声でコルトはトルキアに口伝として語り継がれてきた歴史の真実を語り始めた。


「遠い遠い昔……、トルキアとエルニドは1つの国だった。トルキアの遺産と呼ばれる6本の宝剣を守る1つの一族だった。魔導は元々六家宝剣の適格者しか使えない選ばれた者にのみ与えられた神秘の力だった。

だが、メイア・エルニドが魔導技術の確立と共に劣化した魔導の力が誰にでも扱えるようになった。

貴様らエルニド人は六家を中心とする宝剣の適格者となりうる者を古代語で『穢れ』という意味である『トルキア』と名付け荒野へ追放した。

『一族の宝剣を守る』というハリボテの使命で縛り付けてな。

だが、貴様等エルニド原理主義者は時が経つにつれ、そのことすら忘れ『メイア・エルニドの作り出した『魔導技術』が本物であり、トルキアの宝剣は紛い物だ』と言いがかりをつけてトルキアの民に対し民族浄化政策に乗り出した。

貴様にわかるか? 強制移住を拒否した者たちが一族郎等皆殺しにされて、無惨にも首を曝された者達の無念が。たった1人の妹を目の前で犯される様を見せつけられる絶望が…………ッ!」


オレ達が一体何をした? 『蛮族』と迫害され、荒れ地に追放され、誇りである宝剣の正当な魔導の力を紛い物と貶められても耐え続けてきたというのに……!


「オレがケダモノなら、貴様らエルニド人も相当なケダモノだぜ? …………貴様らはオレから不条理に全てを奪った。だからオレも更に上回る不条理で全てを奪う。まさか、異論はあるまいな」


温度のない瞳で語っていた偽物を見下ろす。


「嘘だ……、わ、我らが作った技術が……、貴様ら蛮族の技術の、盗用だっただと……!? で、出鱈目を、言うな猿がァ……ッ!!」


ありったけの怨差を込めてコルトを詰る。エルニド原理主義者にとって今ある精霊石文明を築き上げた魔導技術は何よりも尊ばれることだ。彼らの中では『メイア・エルニドが完成させた魔導技術が今日に至るまでの繁栄を築いてきた』という自負心は最早アイデンティティーになるまで、昇華されている。


「まあ認めたくねえなら認めなくていいさ。テメエの辿る末路は変わらねえ」


コルトが偽物を見逃すように素通りする。偽物は「しめた」とばかりにアサルトライフルを拾い銃口をコルトに向けた。


「四肢を切り落としてデウギリ山脈の異形の餌にしてやろうかと思っていたが、生憎と今日は時間が惜しい」


引き金に手をかけた次の瞬間――背負っていたタンクが煌く矢を受けて弾けた。


「相変わらずいい腕だ、レミン」


自身の唯一無二の相棒による肉眼では確認できないほど遠位からの遠距離狙撃に惜しみない賛辞を贈る。

弾けたタンクの中に入っていた液体燃料を全身に浴びた偽物を見ずに火のついた煙草を投げ捨てた。気化した可燃性の液体が偽物の足が燃える。火はあっという間に全身に広がり、偽物は苦しみにのたうち回るも、火は消えることはない。


「あばよ、テメーのことは忘れない。……3秒くらいはなァ」


コルトの標的は『マルク・イアウォイ』ただ一人。興味をなくしたものにこれ以上時間を割く気はない。ピアスになっている通信用聖霊石を通してレミンに命じる。


「レミン、探索術式で領主を炙り出せ」

《了解、10秒待って》


断末摩の声は少し前に聞こえなくなった。

一服とばかりに新しい煙草を取り出し咥えて火を点ける。一息ついたその時――レミンの息を飲む音を通信機越しに聞いた。


《そんな……、まさか……!!》

「どうした?」

《コルト、今すぐ逃げて! あいつら、あんなものまで――!!》


次の瞬間――巻き起こる閃光と爆風がコルト共々エントランスを粉々に吹き飛ばした。


3


帝都アル・シオン。その中央部に陣取るセントラルパレスと軍本部では慌ただしく人が往復している。そんな騒ぎを他所に軍本部の特別控室にて少年が3人。

そして、もう1人レオン・ナイトレイ。


「騒がしいですね。何かあったのでしょうか?」


眼鏡をかけた理知的な少年――ムジークは窓から外を見渡した。


「また黒狗が何かやらかしたらしいよー」


小柄な少年――カノンが彼の言葉にゲームをしながら答える。


「『最強のホムンクルス』と言われているからって調子に乗りやがってあの野郎! いい加減目障りだぜ!」


坊主頭の大柄な少年――フォルテは拳を打ち鳴らし、舌打ちをした。


「全く同感ですね。奴さえいなければ、『最強』の称号は隊長に渡るというのに」


ホムンクルス部隊には個体によってランク付けが存在する。

彼らが『隊長』と呼ぶ男コードネーム『白狼』と『黒狗』コルト・アサギリのランクは最上位のSランク。戦闘技術、魔力共にまったくの互角。――いや、人望と統率力、上層部の覚えめでたさを考えると総合的には『白狼』の方が上と考えるのが普通であろう。


「……レオン、あなたも災難ですね。」


ムジークは無言で待機していたレオンに水を向ける。


「黒狗は貴方が『エルニド出身である』というだけで、貴方を排除する口実を探っている。貴方があの豚を二重スパイしているからこそ、我々の計画は滞りなく進行しているというのに」

「いえ、私はそれほど気にしていませんので……」

「はっはあ、いいぜ! 男はそれぐらい心が広くなけりゃならねえ。ま、黒狗のことは気にすんじゃねえぞ。テメエは俺達、ホムンクルス部隊の『仲間』なんだからよ!」


気を良くしたフォルテはレオンの肩に手を回す。


「しかし、彼は本当に目障りです。フォッカー准将は何を考えているのでしょうか。戦力は我々、そして隊長さえいれば十分な筈。何故あのような輩を野放しにしておくのか……、私にはわからない」

「ねえねえ、それじゃああの邪魔者をぼく等で殺っちゃわない?」


カノンの提案にムジーク、フォルテは興味を示す。子供の様に無邪気にカノンは微笑みながら言葉をつづけた。


「ぼく等A級ホムンクルス4人が連携すれば、S級ホムンクルスだって始末できるよ」

「いいねえ、最高に面白そうじゃねえか!」

「なるほど。上層部も黒狗を煙たがっている。処分の口実を作るのは簡単でしょうね」

「『白鴉レミン』はどうする?」

「邪魔するなら一緒に殺しちゃっていいんじゃなーい?」

「花孔雀はどうすんだよ? あの野郎も黒狗と同郷だろ」

「彼は個人主義かつ快楽主義者です。黒狗が危機に陥っても助けはしないでしょう」


ここでも足の引っ張り合いか。

着々と黒狗の暗殺計画を進めていく3人に少々辟易していた。

勝手に『仲間』扱いして、自分達の都合のいいように解釈して、思い通りにコントロールしようとする。結局この連中もジュバザとなんら変わりはない。

自分たちの利権しかない俗物だ。

何の為にエルニド人のレオンが故郷を滅ぼされた憎しみを呑み込んで帝国に降ったのか、この連中には一生理解することはできないであろう。


「不穏当な会話はそこまでだ。ムジーク、カノン、フォルテ」

「隊長!」


扉を開けて部屋に入ってきたのはホムンクルス部隊隊長『白狼』ロイド・カリウス・アルトリウス。帝国でも有数の上級貴族の次男であり、『白狼』の名にちなんだウルフカットは今日も丁寧に櫛が通っている。トレードマークである白い服は彼曰く、『死に装束』であるらしい。


「今回ばかりは黒狗の方に『正義』がある」

「どういうことですか?」


レオンの投げかけた問いにロイドは無言で書類を机に広げた。


「黒狗が今回粛清しようとしている貴族の情報だ。この領主は『連邦』と結託し、領民を虐殺するという猟奇に浸っている。密かに軍が内定を続けて引っ張る機会をうかがっていたが、奇しくも黒狗の介入で事態に一石投じることができた。これ以上は軍としても看過できない」


資料には連邦の最新技術である『銃』の存在。『黒狗』を語り、行われる虐殺。

それによって生まれる歪みと異形の存在。


「先ほど議会で粛清の許可が下りた。間もなく彼がトウラン領主の制圧に乗り出すだろうね」

「けどよお、隊長! 今回以外で黒狗の問題行動は目に余るぜ!」

「ええ。先日の任務でも確保すべき『鍵の少女』ごとエルニドの集落を焼き払おうとしたのでしょう? 爆弾は早々に処理しておくべきかと」

「そうだよー。それに、黒狗がいなければ、たいちょーが名実ともに『帝国最強』だよー?」

「やめなさい、と言ったはずだよ?」


彼らの強硬な姿勢をたしなめるように穏やかに、それでいてはっきりとした口調で言う。


「私は『最強』の称号には興味はないよ。むしろその称号は黒狗にこそ相応しい」


『白狼』と『黒狗』。

両者の技量も、魔力も、総合的戦闘技能はそれほど違いはあるまい。

だが、彼らの間に紙一重だが、明確な違いがある。

それこそが、黒狗が『帝国最強のホムンクルス』とされる明確な根拠であった。


「忘れてはいけないよ。我々が剣を抜くのは、殺す為ではない。己が正義を貫くためだ。心なき闘いに身を投じてしまえば、我々は『軍人』ではなく、理性なき『バケモノ』と成り下がってしまう。そのことは、肝に銘じておいてくれ」


ロイドの言葉にムジーク、カノン、フォルテ、レオンは黙って敬礼で応えた。


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