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第一話



「決着をつける時が来た」


上着を脱ぎ筋肉質な上半身を露わにした男は威圧的な口調でそう言った。

ムキムキだ。ムキムキである。ムキムキなのだ。

右足を前に出し上腕二等筋を見せつけるようにポージングするとギャラリーが湧いた。

外は雪が降っており、今年一番の冷え込みを見せるというのにお構いなしである。

クソ寒いのに暑苦しい事この上ない。


「望むところだ。その無駄筋肉に黒星をつけてやる」


見事な筋肉を惜しげもなく晒す男に対する少年も男に倣って上着を脱ぎ捨てた。

こちらは男の様にムキムキではないものの、鼻筋がくっきり通った繊細な顔つきに細身だが狩猟動物を思わせる様なしなやかな筋肉が凝縮されたような体つき。

此方は女性陣が湧いた。


「ポジションについて」


両者厳かに告げられて前に進み出た。肘を机の上に着き、ガッチリと手を握る。

そのまま、神託を待つ神官のような面持ちで顔を伏した。

そして、開戦の時は迫る。


「レディ―――――――ファイ!!」


クラス対抗腕相撲大会決勝戦が始まった。

ギシリ!! と机が軋む程の力が込められた。

両者の力が拮抗し、周囲が白熱していく。マッチョの男が優勢だ。

だが、細身の少年は徐々にだが確実に盛り返し、遂には五分の状況までひっくり返した。

そのまま両者一ミリも動かない。互いに一歩も引かず意地と意地がぶつかり合う――否。これはもはや男としてのプライドが「後には引けぬ」と言っているのだ。

負けたら自分の持っている食券ファイトマネーを没収されてしまうという年頃の男の子には拷問にも勝る制裁が降されるのだから必死であるというのもあるが、敢えてそれは特に言及せずに脇に置いておこうと思う。

時間と比例して顔色が赤から赤紫へ赤紫から青へと変わっていく。


このままでは此方の体力が先に尽きる!


そう判断したマッチョは一気に勝負を決めようとする。

マッチョは瞬間的な爆発力は高いが、持久力は皆無なのである。


「筋肉の神よ、我に力をぉおおおおおおおおおお!!」

「くぉんのおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


気合一閃。背筋から上腕二等筋にかけて力を振り絞るマッチョに対抗すべく、少年も負けじと力を振り絞った。


ミシミシ、ビキリ!!


不吉な音がした気がした。観客達が青褪めた顔をして一歩引いた。

だが、当人達は気付かず馬鹿力を込め続ける。

結果、


バキィッ!!!


という派手な音を立てて机は真っ二つに割れてしまった。


「…………」

「…………」

「…………」

「…………」

「マクレガーくん、学校の備品を壊したらダメだろ?」

「なっ!? 先輩だって共犯でしょ!?」


勿論この後、主犯格2人を始め、関わっていたすべての生徒達に鉄拳制裁が降されたのは記すまでもないだろう。


ND1062.

各国を震撼させたエルニド戦役から3年。世界は概ね平和だった。



祖国に比べてこの自治区はやや気温が低い。

ここに来るまでは雪など見た事ない程温暖な地域に住んでいた彼らには寒さに少しばかり堪えたがそれでも3年前の『エルニド戦役』を死にかけながらも生き延びて、今も生きていられる事は凄い事だと思う。

腕相撲という名の闘いを終えた後の少年は退屈な授業に飽きて欠伸を噛み殺しながらぼんやりと外を眺めていた。


「ラグナ」

「…………」

「ラグナ・マクレガー!」

「うぇ!? は、はい」


教師に睨まれて慌てて立ち上がる。周りからはクスクスと噛み殺した笑い声が聞こえてくるがラグナには気にしている余裕はなかった。


「魔導技術の基本原理を説明しなさい」

「えー、ちょちょちょとーっと待って……」


茶色い寝癖頭を掻き毟りながら慌てて教科書を捲る。が、一向に目的の項目は見つからない。


「(321ページ)」

「お、おう」


横の友人がページを教えてくれたのでそのページを捲り、読み始めた。


「えー、魔導の基本原理」


今から約1000年前。ND.0001。

魔導の都の創始者『メイア・エルニド』によって確立された新技術。

地中から採取される『聖霊石』に紋を刻み構築式を記憶させ、誰もが持つ『魔力』を注ぎ込む事で人智を超えた異能の力を行使することができる。

これによりかつて名もなき辺境国であったエルニドは魔導の聖地として未曾有の繁栄を極めることとなる。


「はい、そこまで。ここで問題。一般的に聖霊石の純度が一定以上の超えると『源流魔導』と呼ばれる高度な魔導を扱えるようになるが、現在に至るまで実用化に至ってない。何故かわかるか?」

「え~っと……、得る能力のフィードバックに生身の人間が耐えられないから?」

「正解。それともうひとつ基本的な理論として聖霊石との相性の問題もある。聖霊石は1つ1つ魔力の波長があり持ち主の波長が近ければ近いほどいいとされる。純度が低いものならある程度合わせる事が出来るが、高純度の物となると扱える人間が限られてくるというのが現状ですね」


そこまで説明し終えてタイミングを測ったかの様にチャイムが鳴った。


「時間ですね。それでは今日はここまで。明日はいよいよお待ちかね、魔導の実践訓練をしたいと思います。それじゃあ日直」


お馴染みの日直の号令を経て鞄の中に教科書を詰め込んでから隣の席の金髪の少女に駆け寄った。


「悪い。助かったよ、ミスト」

「ラグナ、ボーっとしすぎ。どうしたの?」


金髪の少女――ラグナ・マクレガーの幼馴染『ミスト・クリステンセン』はぶっきらぼうながらも気遣うように尋ねた。ラグナはしばらく思案したあと、肩を竦めながら言う。


「……いや。もう3年になるのかって思ってさ」

「…………」


エルニド戦役を経て、ラグナ達生き残りのエルニド人が帝国の眼を掻い潜り、共和国に亡命してから3年の月日が流れた。

戦火のドサクサで自分達の兄貴分の『レオン・ナイトレイ』とはぐれ、「何故自分だけ生き残ってしまったのか」と思う事もこの頃はなくなって来た。

あれから帝国は大人しいもので小競り合いはあるものの大きな侵攻は行っていない。

この3年間、世界は概ね平和だった。

だが、誰もが不安に思っている。

帝国は共和国の豊富な聖霊石資源を、共和国は帝国の技術力を互いに虎視眈々と狙っているのは有名な話だ。

難民受け入れによって食糧問題が浮上する事を承知で自分達エルニド人を共和国が受け入れたのも、ひとえに『魔導の聖地エルニドの人間だから』の一言で説明がついてしまう。

両国が一触即発のこの状況で共和国はエルニドの魔導技術を使い軍備を増強する一方で、帝国側にはまるで動きは無く、嵐の前の静けさの様に大人し過ぎるのだ。

先ほどの授業の時も『源流魔導』の話は出ても、帝国の『人造人間ホムンクルス』の話は一切出なかった。

皆口にはしないが、怯えている。


「今日、空いてる?」

「いや、残念ながら今日は剣術の稽古。今日こそあのジジイから一本取る!」

「…………」


意気込むラグナをミストはジト目で睨む。

そして、深いため息をついた。


「なんだよミスト。溜息つくと幸せが逃げるぞ?」

「……ねえ、ラグナ。約束、忘れてる?」

「約束?」


ミストの言う『約束』に思い当たる事がないのか、ラグナは首を捻る。

が、一向に思い当たる節がない。


「忘れたんだ……」

「お、おう。すまん……」

「もういい。…………バカ、キライ」


さっさと先に行ってしまうミストをラグナは茫然としたまま見送るしか出来なかった。


「一体なんだってんだよ?」



「あそこがターゲットの居る集落……」


遥か彼方に見える町の明かりが見える。

それを見詰める人影は3つ。

黒いツンツン頭に攻撃的な眼つきの青年は皮肉気な笑みを浮かべていた。


「エルニド自治区。3年前、エルニド戦役で行き場を失った奴らが共和国に亡命した事で与えられた土地。ククッ、害虫共を殲滅すんのは中々難しいな」

「コルト、分かってると思うけど、暴れちゃダメだよ」


3人の中で一番小柄な金髪の少年――レミン――は黒髪の青年――コルト――を嗜めた。


「ふん、わかってるさレミン。今回の任務は『対象の捕縛』を内々に遂行せよ。本国の命令には逆らわねえよ」

「それじゃあ作戦開始は2時間後に――ッ!? 待って」

「どうしたァ?」

「反応ヒット。ライブラリ照合。検索中―――――――――バイタル反応一致。これは……、拙いよ。あそこに元共和国騎士アイレス・ニーソンがいる!」

「…………、マジかよ。そいつは面倒だな」


言葉とは裏腹にコルトは好戦的に笑う。


「おい、新入りィ。対象の捕縛はテメーに譲ってやるよ」

「…………」


先ほどから一言も発しなかった長身の青年は唇を嚙みしめる。


「どうした? まさか同胞に酷い事は出来ねえ、とか言うんじゃねぇだろうな?」


嘲るようにいうコルトに対して青年は遂に一言も発する事なく、一度だけ頷いた。


「コルトはどうするの?」

「オレは邪魔者を始末する。『剣鬼』のアイレス。久々に戦り甲斐のある獲物だァ。ふ。クク、ハハハ……!」



古びた道場の中で摸造剣を振るった。か細い音を伴い空気が裂けた。

更に連続で剣を振るっていく。

振るう。振るう。振るい続ける。

一撃、一撃を切り離しているのではなく、数多の太刀筋が連動して、律動を刻み、冴えが増す。

運足、重心移動、体捌き、理合、呼吸、刀法、残心。

どれをとっても非の打ちどころがない。

だが、それでも何かが違う。

技・体術共に目を見張るものがあるが、心が動かない。

人間的な感情が何一つ、伝わって来ない。

剣には人の心が映る。達人の域に近づけば近づくほど刀身は鏡の様に研ぎ澄まされる。

今日のラグナの剣はまるでメトロノームの様だ。

ただ、型を忠実になぞるだけの剣。


「心が曇っておる」

「…………」


禿げあがった頭に長い髭。年を勘定に入れると不自然なほど真っ直ぐ伸びた背中の何処か仙人を思わせる師の言葉をラグナは黙って受け入れた。

当たりである。

彼はミストの言った『約束』が気になり、稽古に身が入らないでいた。


「心の淀みは剣を鈍らせる」

「……すみません」

「……気になっている事があるようじゃな」

「……………………わかりますか?」

「伊達に年はとっておらん」


剣術の師であり、エルニド戦役で親を亡くしたラグナにとって親にも等しい存在であり、かつて兄貴分であり親友でもあったレオン・ナイトレイが師事した『アイレス・ニーソン』は笑いながら言う。


「いや、なんていいますか――ミストを怒らせてしまったみたいで」

「ふむ?」

「あいつが言うには俺は何か『約束』を忘れてるらしいんですけど、」

「何を忘れているか分からんと。そう言う事じゃな?」

「はい。……俺は何を忘れているんでしょうか?」

「んなもんワシが知る訳無かろうが」

「…………ですよね」

「ワシに聞くより悩んどるヒマがあったらさっさと嬢ちゃんに謝ってきて訳を聞いてこんかい!!」


バキッ! と、尻を蹴り飛ばして道場からラグナを追いだした。


「な、何するんですか!?」

「やかましいわ! 心に淀みを抱えたまま剣を学ぶなど垂るんでおる! お嬢ちゃんに訳を聞いて謝ってこんか!」

「ヒイイイイイイ!」


アイレスの剣幕にラグナは一目散に駆けだした。

その背中が見えなくなるのを確認してから、アイレスは誰もいない背後を振り返った。


「これで話しやすくなったじゃろ。何者じゃ?」

『…………………………』


姿を現したのはフードを目深に被った青年。

アイレスは道場に置いてある聖霊石で鍛えた特注の剣をとり、青年と対峙した。

警戒レベルを最大まで引き上げる。

気配の消し方は達人級。かつて共和国騎士最強の一角とされ、『剣鬼』と渾名される程の実力を持ったアイレスでも手に余る相手であると勘が告げている。もし、眼の前の青年がラグナのいる状態でも構わず仕掛けて来ていたのならアイレスかラグナどちらかが死んでいた。

それほどの遣い手だ。


「何用じゃ?」

「元共和国騎士『剣鬼』のアイレス、だな?」

「…………いかにも。お主、何者じゃ?」


フードをとり顔が露わになる。

恐らく20代前半――いや。もしかするともっと若いかもしれない。

全身黒ずくめで逆立っている黒髪。

攻撃的な眼は狂気と殺意でぎらついていた。


「名を名乗れ!」

「…………、黒狗」

「――――ッ!? 帝国の人造人間ホムンクルスじゃと!?」


高純度聖霊石と魔力の波長を合わせる為の後天的な改造を施され源流魔導のフィ-ドバックに耐えうるだけの強靭な肉体を得た生物兵器『人造人間ホムンクルス』。

黒狗は中でもその凶暴性故に最凶と名高いが、それがまさかこんなに若い男だとは予想していなかった。


「クク、ハハハ……」


黒狗と名乗った青年の手に粒子が纏わり付き収束して巨大な太刀が現れる。

アイレスは黒狗から感じる威圧感プレッシャーに押しつぶされそうになりそうになるが気勢を張ってそれに耐えた。


「クク、フフフ……。さァ、殺し合いの時間だァ。楽しませてくれよ共和国の剣鬼さんよォッ!!」


黒狗。

その二つ名に違わぬ通り獣染みた動きで、コルトは巨大な太刀を閃かせアイレスに斬りかかった。



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