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第十七話



1


「進捗状況を報告せよ」


ソルエン・ホナーディの命令に部下の男は畏まり、慇懃に敬礼をした。


「第一陣は完了しております。本国へと提出する実験データの持ち出しは問題ありません。第二部隊の準備は現在6割ほど終了しております」

「急げ。帝国軍も気づき始めている。第二陣はわたしとともに最終試運転の後、データとともに退却する」


柔和な表情であくまで余裕は崩さない。だが、内心臍を噛んでいた。

事の発端は、あの男――マルク・イアウォイ辺境伯の私兵が潜伏していた帝国軍の斥候を勝手に拷問にかけて殺害したことにある。その所為でこの『実験場』を放棄せざる得なくなってしまった。

彼は自身の『支配者』であるということに酔っているが、ソルエンから見たら失笑ものである。自分の部下の手綱を握っておけなくて、何が支配者だ。


「ランバード少佐……」

「なんだね?」

「この作戦、本当に必要だったのでしょうか……?」


連邦軍第三情報部所属ソルエン・ランバード少佐に与えられた任務は兵器の性能実験であった。現地の人間に最新技術をばら撒き、帝国の一都市を巨大な兵器実験場として機能させる。そのために無能な領主に近づき、権力に擦り寄るだけのダニに技術復元したばかりで試運転すら済んでいない、いわばどれだけの戦術的効果があるか不明の最新技術をばら撒いた。

それにより期待すべき戦略効果は2つ。1つは言うまでもなく最新兵器のデータ収集。

そして、2つ目はいずれ起こる帝国との戦争。その攻略の足掛かりとすべく、民衆の心に反帝国を植え付けること。

天に聳えて雲を貫く大陸一の霊峰デウギリ山脈。足を踏み入れた者は生きて帰ることは叶わない死海と並ぶ人外魔境。故に帝国はこの国境の町を重要視しておらず、国境警備隊を置いていない。

故に侵攻ルートはここしかない。その道程は困難を極めるであろう。――――陸路を使うのならば。


連邦にはデウギリ山脈を攻略する手立てがある。そして、帝国軍最強の戦力であるホムンクルスを攻略する戦力があれば――連邦の勝利はゆるぎないものとなる。

本作戦はいわばその第一歩。足場固めに過ぎない。

だが、第一歩だからこそ、失敗するわけにはいない。この計画が頓挫すれば、連邦は最低でも1年の計画遅延を余儀なくされるであろう。


「本国の決定した作戦に不満でも?」

「い、いえ……。けしてそのような!!」


慌てて取り繕う部下を見て苦笑を禁じ得ない。図らずも彼が軍人になったばかりのころ感じていた感覚でもある。


「冗談だ。君は渡した技術が帝国に分析再利用されることを懸念しているのだろう?」

「……………、ハイ」

「心配することはない。あれは自身の快楽を優先するだけの俗物だ」

「しかし、軍に押収されてしまえば領主が技術を渡さなくても同じことだ」

「仮にその懸念が現実になったとしても、帝国には我々の技術を再現することは不可能だ」

「しかし、」

「ここでいつまで押し問答をしているつもりだ? 私は『急げ』と命令したはずだが?」

「……失礼しました。引き続き任務を続行します」


敬礼して退室する部下が不満を隠しきれていないことにソルエンは小さく笑う。


「若いねぇ……」


溜息をついた後、立ち上がって外を見た。この町の人間の心を映し出すような灰色の空の下で、町は大きく捻じれていく。


帝国は資源が少ないが故の、量より質を美徳とする国である。国是として掲げている『弱肉強食』も、暴力的で些か雅さに欠ける一方で、より質の高い人間をふるいにかけさせるといった目的をしっかりと果たしている。魔力の強弱で人生の優劣が決まる、聖霊石文明らしい思考だ。

だが、連邦にはそんな面倒な篩いは必要ない。何故なら連邦の文明の系統樹は帝国とはまるで違う道筋を辿っている。それにあえて名付けるならば機械文明。古代文明には魔力という概念は存在しないが故の平等な文明。技術複製には大量の鉄が必要となるが、連邦宗主国『ジャ・カルタ』付近には良質な鉄鉱石が採掘できる鉄鋼山が多数存在している。資源の少ない帝国には大量生産してばら撒くという方法論はとれまい。


「いや、違うな」


ソルエンは静かに首を振って、独り言ちる。


「仮にとれたとしても、帝国はそれをしないか」


機械文明は平等だ。魔力の強弱関係なく、手順さえ守れば誰でもトリガーを引ける。

それは強者と弱者のヒエラルキーの崩壊を意味している。『弱者が銃をもって決起する』、そんな味を覚えさせるわけにはいかない。帝国という国家の秩序のために、弱者は強者に虐げられなければならない。


「自らの生まれを鼻にかける割には品がないな……」


皮肉気に笑った後、背もたれに体を預けて嘆息する。次の瞬間、領主邸からけたたましいほどの音量で警笛が鳴り響いた。


2


空間の境界を超えた近似値の世界。

喧騒とは程遠い静寂が場を支配していた。近くて遠い。何処にでも存在しているが、何処にも存在していない。始まりと終わりがループしているこの空間で白い影は静かに笑う。


《黒狗がトウランの歪みに介入するか……》


チェスの駒が映し出され、ルークが一歩前に進む。同時に何もない白亜の空間に窓枠が現れコルト・アサギリの姿が映し出された。


《どうにも今代の黒狗は少し甘いようだ》


黒狗は残忍かつ戦闘狂。そして冷酷無比でなくてはならない。そのためにエルニドの原理主義者にトルキアの主導者である『六家』の人間を皆殺しにさせた。唯一『黒狗』としての役割を持つ『コルト・アサギリ』を残して。

それによって彼は『魔王』として目覚める――予定であった。

本来ならば、このトウランの混乱は『黒狗がトウランの人間を皆殺しにする』ことで事態の収拾を図り、それにより彼は世界への憎悪をより一層加速することになるシナリオだった。

だが、今代の『黒狗』の残忍さは敵に対してのみに表れている。


《やはり、彼の最後の良心は彼女か……》


コルトの映った窓枠の対照に『レミン・メルストン』が映し出される。

彼女という心の拠り所があるからこそ、黒狗は幾許かの正気を保っていられるのであろう。だが、それでは困る。

黒狗は『カゼノアサギリ』の適格者であるラグナ・マクレガーに『倒されるべき悪』でなければならない。役者が勝手な行動をするようならば舞台は成立しないのだ。

監督は舞台を成立させるために、早々にシナリオに修正を入れなくてはならない。

自分の描く未来に、レミン・メルストンの存在は必要ない。


《ミスト……、君に伝えたいことがあるんだ》


君の目の前には、この世界はまだ果てしない未来が広がっているように見えるのだろうね。

ラグナと共に無邪気に笑っているミストに対して手を伸ばす。


《未来はね、決まっているんだよ》


3


「マジだぜ、ヤッてないのはお前だけだって。なんなら今夜行ってみ?」

「マジかよー。けどなー、俺どっちかっていえば嫌がる生娘をヤるの方が好みなんだよなー」

「ならよぉあの町外れに住んでる薬師の女とかどうよ? ミリス……だっけか?」

「ああ、あの女はダメだ」

「あん? なんでだよ?」

「あの女はうちの領主サマのお気に入りだ。なんでも先代領主にしていた借金を盾に関係迫ってるらしいぜ?」

「うーわ、やり口がゲスいぜ♪ さすが俺たちのボスだ」


領主邸の門に立っている見張りの男たちは雑談しながら退屈な勤務時間を潰していた。

先ほど血相を変えた同僚が駆け込んできたが、彼らは危機感など微塵も抱いていなかった。どうせこの町で領主に逆らえるものなどはいない。その認識が彼らの警戒心を麻痺させていたのである。


「でよー、さっきアンドレさんがその女の家に――っておい、こら待て」


脇を通りすぎようとしていた黒髪の青年の前に立ち道を塞ぐ。青年の攻撃的な眼はやたらと門番2人の神経を逆なでした。


「テメエ、その髪と目……トルキアの猿か? ここはてめえらの様な獣くさい田舎者が来る場所じゃねぇんだよ。おら、とっとと回れ右してお家に帰れ」


黒髪。黒い切れ長の眼、鼻筋が通り、顔全体が細くて小さいといった俗にいうしょうゆ顔は少数単一民族トルキア人の特徴である。

彼らはエルニド魔導原理主義者による民族浄化政策により狩り尽くされたが、生き残った僅かなトルキア人は帝国に亡命して息を潜めるように生活している。そんな亡国の流民である彼らのヒエラルキーは特別な才能でも持たない限り帝国内では最下位に位置し、侮蔑の対象となっている。それは、このトウランの町でも例外ではない。


ナイフをチラつかせ、怯えるさまを楽しもうと顔を覗き込むが青年は怯えるどころか、虫けらを見るような蔑みの眼差しで自分たちを見てきたのだ。


「なんだその眼はッ! 今ここで薄汚ねえ血を断絶してやろうかぁ、臭ぇトルキア野郎!!」


次の瞬間。ナイフを持っている腕が地面に落ちた。


「あ……腕、落ち――」


反射的に落ちた腕を拾おうと屈んだ男を延髄から貫く。断末魔の悲鳴もあげず絶命した相棒を目の前に門番の男は事態を理解するのに数秒を要した。

地面に滴り落ちるドス黒い血は瞬く間に水溜りを作っていく。


「奇遇だな。オレもお前達の腐ったハラワタの臭いにウンザリしていたところだ」


手には巨大な曲刀が握られており、刃筋からはドス黒い血が滴り落ちている。


「た、たすけ――」

「三下、テメエに聞きたいことがある」

「ヒ、ヒィ……」


喉元に剣を突きつけ見下す。コルトに門番の男は恐怖に喘ぐだけであった。

それでもかまわずコルトは質問を続ける。


「オレは気が短い、答え方には気をつけろ。この町の領主にテメエ等の持っている連邦の技術を渡したのは誰だ?」

「し、知らな――!」


最後まで答える前に指を切り落とす。痛みにのた打ち回る門番の胸ぐらを掴み、強引に持ち上げた。


「人の忠告を素直に聞かねェ奴はオレは嫌いだぜ?」


薄ら笑いを浮かべるコルトに門番の男はしばし痛みを忘れて圧倒された。


「最後のチャンスだァ。よーく聞け。この町の、領主に、連邦の、技術を、渡した奴は、誰だァ?」


よく聞き取れるように文節ごとに区切って尋問をする。


「ホ、ホナーディ商会だっ! 奴らは黒狗を名乗る奴らをと一緒に渡した武器を使ってこの町で暴れまわるように指示してきた!」

「そうかい」


聞きたい答えを得てコルトの顔が喜色に歪んだ。視線の先には騒ぎを聞きつけた領主の私兵が武器を片手に集結して、銃口を向けて引き金に指をかけている。

吊り上げた門番の男の体で射線を遮った。銃声とともに門番の男に衝撃が走り沈黙する。

弾除けに使った男の遺体をゴミのように私兵達の前へと捨て、薄ら笑いを浮かべるコルトに銃を撃った私兵たちは戦慄した。

人間は簡単に死ぬ。だが、残された肉塊は意外に耐久性が高い。領主の私兵達が持つ小銃程度ならば盾として使える。そして、何よりも惨い形の死体は彼らの死への想像力を掻き立てる。一度恐怖の泥濘に足を取られれば後はねずみ算式に伝染していくのみである。


数多の鬼火が灯篭のように並び、暗い夜空を埋め尽くす。

その幻想的な様子は、見るものを魅了すると同時に、底知れない恐怖を思い起こさせる。


「オレの狙いは大雑把だからなァ。死ぬ気で避ければ助かるかも知れねぇぜ!?」


絨毯爆撃。鬼火は一斉に降り注ぎ、爆風があたり一帯を薙ぎ払う。


「アッハハ♪ アハ、アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!」


圧倒的な飽和攻撃の後、黒狗の哄笑が響く。その形相はミリスに見せた慈しみの表情は欠片もなく、ただ殺戮を楽しむだけの戦闘狂でしかなかった。


4


「な、なんなのだあのバケモノは……、まさかホムンクルス……?」


一、二歩下がり腰が砕ける。

二階の窓から様子を伺っていたトウラン領主マルク・イアウォイは戦慄した。


「終わりだ……。誰か! 誰か、いないのか!? ソルエン! ソルエンは何処だ!?」

「お呼びですか?」


領主のヒステリックな声にソルエンはいたって冷静に応じる。


「ど、どうするのだ!? 帝国が、ホムンクルスが、私を殺しにくる……ッ! わた、わたしはどうすればいいのだ!?」

「貴方ほどの方が何を恐れるのです?」

「何?」


『恐れている』という言葉を聞いた途端、自らのプライドを刺激されて気分を害したのか、イアウォイは先ほどまでの弱きはなりを取り繕い、立ち上がる。


「わ、私が何を恐れているのだと!?」

「はい。失礼ながら、私にはあの男相手に異常なほど恐れているように見受けられます」


ワナワナ肩を震わせ、顔を怒りで紅潮させる。小物ほど、小さなプライドを必死に守りたがるものだ、と内心嘲笑いながら偽りの笑顔の表情を張り付けて、声のトーンを柔らかくして語りかけた。


「何を恐れる必要があります? 貴方には力がある。血筋も申し分ない。支配者として、あのような力しか誇るべきもののない卑賤な者に領主様が劣る理由など、何一つありはしないのです」

「…………、たしかに少々取り乱していたようだ」


暗愚な領主を嘲笑いながら、悪魔は優しく囁きかける。背中を押すためではなく、背中を突き飛ばす為に。


「相手がホムンクルスであろうと関係ありません。むしろこれはチャンスです」

「どういうことだね?」

「貴方様が帝国最強の兵器であるホムンクルスに勝利すれば、お館様の勇名は帝国全土へ轟くことになるでしょう。そして、あなたはこう呼ばれるのです『英雄』と。そして支配者たるお館様が帝国のすべてを支配する」

「…………、『英雄』。英雄か。素晴らしい響きだ。優れた者が相応の地位に就く。そして帝国を総べる支配者は、この私こそふさわしい。戦車を準備しろ。私自ら出陣しよう」

「ご武運を」


鷹揚に戦車の格納庫へと足を進めるイアウォイを見送るとソルエンは歪んだ笑みを浮かべる。

帝国最恐のホムンクルス『黒狗』コルト・アサギリ。

図らずも最高の性能実験の相手が飛び込んできてくれた。


「さあ、最後の実験の始まりだ」


連邦と帝国の戦争の縮図。大陸を牛耳る三大国の内、二国の代理戦争が、今人知れず静かに始まろうとしていた。


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