第十四話
1
領主宅に建造された格納庫の中に光が灯る。映し出されるのは重厚な鉄の塊。下部には移動用の無限軌道。上部には帝国では珍しい砲身が備え付けられている。小型の移動要塞。頭に浮かんだのはそんな言葉だった。
「これぞ我がホナーディ商会が手を尽くして手に入れた連邦でも最新鋭の兵器『戦車』です。砲塔部の自動装填装置は完成したばかりの技術です。次の狩りの際には是非ともご活用ください」
「これが……こんな物が本当に動くのか?」
重量数十トンにもなるであろう鉄の塊を目の前にしてトウランの町の領主であり、帝国より辺境伯の地位を与えられているマルク・イアウォイは息を飲んだ。帝国の魔導技術を持ってしてもこれほどの重量を動かすのは大量の魔力を必要とするであろう。それを本当にたった三人、しかも魔力を用いずに動くなど俄かには信じがたい話だ。
「試運転では滞りなく。お渡ししたマニュアルは読んで頂けましたか?」
「ああ、勿論だとも」
「では、こちらに御館様のサインを」
促されるまま書類に署名を記し、蝋を垂らす。蝋が冷えて固まらない内に家紋を刻んだ指輪を押し付けて印章を刻んだ。
「ありがとうございます。これで契約は成立しました。今後もホナーディ商会を御贔屓に」
「ふ。ふふ……。持つ者と持たざる者。貴賎の差がこんなにもハッキリとでる。いい国だね帝国は」
「部下の報告で使い手が入り込んだという情報があります。軍の犬かもしれません。その者を試運転の標的に使われてはどうでしょう?」
イアウォイは頭取の提案を鼻で笑った。
「そのような雑務、私がでるまでもないだろう。いつも通り偽の黒狗に始末させろ」
「かしこまりました。いつも通り刃向かう気力すら起きないよう徹底的な恐怖を演出いたします」
支配に恐怖は必要である。そして、その為の広告塔には黒狗の名こそが相応しい。
黒狗がエルニド戦役にて圧倒的な火力で敵を薙払ったのは噂としてのレベルではあるが、有名な話だ。軍事大国である帝国では本来、戦場で武功を上げた者をプロパガンダという意味を込めて『英雄』として祭り上げられる。だが、黒狗はその凄絶な戦い方と人道の禁忌に触れることを厭わない凶悪さから上層部が大々的に取り上げるのを避けた人物である。
民衆を恐怖で縛り付けるにはうってつけの人材であろう。
「その通りだ、ソルエン・ホナーディ。支配ってものが何かわかってきたではないか」
イアウォイ辺境伯は大笑いしながらホナーディ商会の若き頭取の肩に手を置いた。
「圧倒的な力で暴虐の限りを尽くし! 奪い、殺し、蹂躙する!! そしてその為に力を私は手に入れた! 支配というのは、こうでなくてはな!!」
手に入れたばかりの戦車を仰ぎ尚も高笑いを続ける。ソルエンはイアウォイの注意が戦車に向かっているのを確認してから一礼して退室する。先ほど触れられた肩をそっと払った。
あの男――イアウォイは愚かだ。
意味もなく民衆に力を誇示するのも、己の支配者という立場に酔っており、自分の立ち位置を確認しているだけだ。そして、そのことに自分自身も気付いていない。
だが、だからこそ自分たちの益となる。
彼は考えた事があるのだろうか。
いくら国境の町とはいえ、連邦でも古代文明から出土し、技術復元したばかりのものが何故、今この場にあるのか。何故そんな最新鋭の兵器を一商人でしかない我々が易々と手に入れることが出来たのか。そして、その貴重な技術を何故惜しげもなく、彼の様に玩具感覚で武器を振り回すしかしない者に与えるのか。
この男には考えも及ぶまい。恐らく根本的なところで想像力が欠如しているのであろう。
暗愚というのは実に御しやすいものである。
しかし、気になる。
先ほど死亡報告が入った焼死体。損傷がひどく身元の確認は取れなかったが、恐らくは現地で調達した暴力しか能脳のない捨て駒達であろう。例え捨て駒でしか無かろうと、商会の私兵を名乗る以上、彼らに刃を向けるという事は領主への反乱行為に他ならない。
このトウランの町において領主に逆らう者は存在しない。逆らう者は皆、黒狗を名乗る部下が処刑した。彼の殺し方は一度見れば常人ではまず逆らおうなどという気概はもてまい。
という事は外部から――?
いずれにしても計画を前倒しにする必要がある。仮に敵がエルニドで猛威を振るったホムンクルスであれば、帝国内に持ち込んだ戦車の有用性を測るまたとない機会である。
「整備班及び、全軍に通達。明日の朝、1000に最終試運転開始。データを取り次第、本国へデータを移送する。その後は各自の判断で撤退、ポイントF29にて集結せよ」
「了解しました」
2
ミリスは白い乳鉢の中に計量した薬草を入れ込み、何度も何度も念入りに親の敵のようにすり潰していた。
独特の薬草が発する独特のにおいにもだいぶ慣れてきたレミンは帝国の医療技術とはまた違った手法を物珍しそうに眺めていた。
「君は医者だったの?」
「医者っていうより薬剤師って感じね。抵抗力・免疫力を高めて少しでも強い体を作る事に重点を置いているの」
「成程。着眼点が体質予防や体のバランスにあるわけだね」
ミリスはレミンの横顔を窺う。
「軍人で、女性である」と明かした彼女は近くで見ても本当に線の細い中性的な美少年にしか見えないというのに、まさか同姓だとは。サラサラの金髪。涼しげな翡翠色の眼。綺麗な白い肌。
まあ、見ようによっては美少女なのだろう。胸が残念ではあるが。
だがしかし! 彼女の意中の相手があの性格破綻者だとは……。世の中間違っている……。
とりあえず、それはそれとして――
「そろそろセンに薬を飲ませないと」
「帝都に連れていけば今よりもっといい治療が受けられると思うよ。領主の監視があるって言っても、彼の行いを軍上層部に告発すれば彼を斬る許可証くらい、発行出来ると思うし、僕とコルトの連名があれば帝立病院への割り込みくらいはできるはずだよ」
レミンの進言を吟味してゆっくりと頭を振った。
「ありがとう。けど、駄目なの」
「…………」
「以前の領主さまが健在の時に一度帝立病院で手術をして貰ってるの」
10時間を超える大手術だった。生まれつき心臓が弱く、10歳まで生きられないであろうと言われた弟セン・ネレイディアの心臓に魔力を生命力に変換する術式を刻んだ高純度の聖霊石を心臓の代わりにする事で命を繋いだ。治療費はかなり嵩んだが、先代の領主は支払いを無理のない長期的なもので良い、と言ってくれた。このことは感謝しても感謝しきれない。
しかし、すべての問題が解決したわけではない。生きられない者を長期的に生かすのであるから、当然ながらかなりの荒療治である。
一命を取り留めたといっても体への負担はかなりものだ。その上魔力の枯渇は即座に死を意味する。出来る事と言えば、これ以上悪化しないようにする為の現状維持だけである。
だが、それを知ってか知らずかセンは無茶ばかりするので姉としては頭を抱えるほかない。
「一生を闘病に費やすのは可哀そうだけど……。でも、生きてさえいてくれれば……私は……それだけで……」
「…………、そっか。君は優しいね」
きっと彼女は一生かけて弟の闘病を支えていくつもりなのであろう。
重荷を背負って逆境へと身を投じる。それは自分達軍人とやり方は違えど、れっきとした闘いである。コルトが彼女を助けた意味がわかった気がする。
『黒狗』コルト・アサギリは弱者を嫌う。
求める者があるのに、弱さを言い訳に戦おうとしない者。
現状に不満を持つのに自分を高める努力をしない者。
失いたくないものがあるのに覚悟を決められない者。
それらすべてを彼は嫌悪する。
だからこそ、彼は善意での人助けなど絶対にしない。
強者が弱者を虐げていたとしても、虐げられている側が現状を享受している限り、我関せずの姿勢を貫き通す。
悪人か善人かと問われれば彼は間違いなく悪人なのであろう。
それだけに驚いた。郊外の歪みで襲われているミリスを助けたのはコルトだ。
彼女は「何が何でも死ねない」という眼をしていた。
あの時彼女は失いたくない者の為に闘う意思を固めていたのだ。
きっとコルトはこう思ったのであろう。死なせるには惜しい、と。
「そりゃ助けるよね……」
「え? なに? どういうこと?」
「な、なんでもないよッ! それより薬はいいの?」
焦る様に捲し立てられミリスは時計を見る。「そうね。そろそろ時間ね」と独り言のように呟くと腰を上げて薬瓶を手にして部屋を後にする。
話を逸らせた事にほっと(無)胸を撫で下ろしたのもつかの間。慌ただしい足音を立ててミリスが戻って来た。
「センがいないっ!!」
「え?」
「また脱走かぁぁぁぁっ!!」
叫ぶや否や慌ただしく雨具を手に取り外に行く準備をし始める。外は結構な雨だ。
体の弱いミリスの弟には少々つら過ぎる。
「ボクも手伝おうか?」
「ありがと、助かるわ!」
了承を得てレミンも外へ向かおうと速足で玄関へ向かう。ドアノブに手をかけようとしたその時、ドアを蹴ったかの様な荒い音が響いた。
レミンはやや怯えた表情のミリスを後ろに下げて、変形弓を取り出して魔力で具現化した矢を番える。扉の向こうにいる人物は随分殺気だっている。扉一枚隔てていてもプレッシャーがビリビリと伝わってくる。少しでも気を抜けば気当たりで動けなくなってしまうかも――ってちょっと待て。この気配はもしかして、もしかしなくても……。
『開けろゴラァッ! 緊急事態だってんだよ!!』
随分ドスのきいた声だが、聞き間違えようはずがない。コルトの声だ。
台詞がまるで別れたがっている彼女の家に無理やり押しかける迷惑彼氏のようである。
ミリスはあからさまに迷惑そうな顔をしている。
「まさか町で何かやらかしたんじゃないでしょうね」
「いや、コルトの場合やらかしたとしても匿ってもらうんじゃなくて、むしろ嬉々として喧嘩の真っただ中に飛び込んで行くと思うよ」
「苦労してるのね」
「まあね。もう慣れたよ」
『悠長に話してねェでさっさと開けろ愚図でノロマな阿呆共! テメェの弟が熱出してんだよ!』
ミリスとレミンは顔を見合わせた後、レミンは鍵を、ミリスは氷枕を作るべく台所へ走った。ドアの向こうにいたよく知る男はお馴染みの不機嫌な顔をして男の子をおんぶしていた。凶悪無比で帝国軍内でも恐れられる黒狗を知る者であれば腹を抱えて笑うか、自分の目がおかしくなったか疑うであろう。
例外なく必死に笑いを噛み殺すレミン。彼女の脳天にコルトは無言で拳骨を落とした。
3
帝都アル・シオン。魔導技術で知られる帝国の首都であり帝国のあらゆる技術の粋が集まる工業都市でもある。全般的に灰色で無機質な街並みと工場群が融合しており、夜になると光り輝くネオンサインが船乗りたちから密かな人気を誇っている。
そんなアル・シオンの中に在る軍本部にてヒューイ・フォッカー准将は副官の持ってきた聖霊石に魔力を込める。ガンダラ地方にある軍支部からの中継でトウランに派遣した白鴉――レミン・メルストンの姿が映し出された。
「状況はどうだい?」
《酷いものですね。領主は領民を武力で弾圧して、殺して楽しむといった猟奇に浸っています。『黒狗』を名乗る偽物の存在もあって、領民たちの恐怖は煽られるばかり……。これじゃあ、歪みを破壊してもキリがありませんよ。それに……》
「なんだね?」
《これを見てください》
レミンはフォッカーに見えるように黒い鉄の筒を見せてきた。
《銃です。試しにコルトが撃ってみましたが、6連発撃っても暴発がなし。充分に正式採用レベルです》
帝国でも銃はあるにはあるが、最新モデルでも先込め式の2連発。しかも暴発率が少々高い為、軍部でもまだまだ研究中の技術である。
とてもではないが、田舎貴族が手にできる様な技術ではない。
いや、寧ろこれは――だとしれば、内偵に向かわせた部下が皆殺しにされた事も頷ける。
「そういうことならば、是が非でも令状を取らねばなるまい。だが、相手は腐っても貴族だ。対応を間違えばこちらが不利に立たされる」
《承知しています》
帝国の政治闘争にて貴族と軍部は対立している。
貴族は主に平民で構成される軍部に政治干渉される事を好まず、軍部は権威主義で私腹を肥やす貴族を邪魔者と見なす。
イアウォイ辺境伯は察するに貴族派の人間。軍部の判断で貴族を粛清する権利を得る書類の発行には骨が折れるであろう。
「黒狗は動きそうかい?」
《あー、いえ……。幸いと言うか何といいますか……。黒狗は今のところ能動的に動く気配はありません。最悪、彼が動かなくてもボク一人で片付けて見せます。ボクなら暗殺として片づける事も出来ますから》
「ふむ……」
悪くない提案であるがリスクが大きい。まずは正攻法を試してみるのが無難だろう。
レミンの本音としてはこれ以上コルトの立場を悪くしたくは無いのであろう。
令状なしに貴族を斬ったとなれば問題にしてくるであろう。お飾りとはいえ、皇帝陛下を貴族派が抱きこんでいる以上、どう弁解しようがコルトが悪者になってしまう。
「引き続き証拠集めを。明日の朝までには令状を発行してみせよう」
トウランで起きていた事をすべて告発すれば民衆の支持を得る事は可能だ。何人かの貴族派の有力者に賄賂を贈り、頭を下げれば、たかが辺境貴族のボンクラ息子の1人の首を差し出させる事は可能だ。
一礼してレミンは通信を切る。フォッカーは渋い顔をして背もたれに体を預けた。深い溜息をついたその顔は隠しきれない疲れが滲み出ている。
腐っているな……。
貴族派は基本的に民衆の命を消耗品程度にしか見ていない。
確かに軍部でも国を守る為に森を見て気を見ず、といった命令も出さざる得ないこともあるが、それでも貴族派の様に無意味に死なせる事は言語道断だというのが暗黙の了解である。
この歪な仕組みがこのまま続けばいずれ帝国は崩壊する。
人体で例えるならば皇帝は心臓、貴族は内臓、軍部は血管、平民は手足である。
伝統と言う名の内臓脂肪が邪魔をして軍部の動きを圧迫する。これでは手足は腐ってしまう。
今の帝国には、劇薬が必要なのだ。
「彼らには早いうちに舞台からご退場願わなくてはね……」
既に十分な戦力は確保し終えている。貴族派は皇帝を擁立している自分達が優位だと信じて疑わないであろうが、彼らは気付いていない。民衆を疎かにしている自分達が裸の王様であることに。
白と黒。責任の所在を明らかにし、正義を名乗って処断する。
既に舞台は整いつつある。出世を重ね、人造人間を配備し、エルニドを併合した。ここまではシステムの定めたシナリオ通り。しかし――
「フェイト、待っているがいい。私は貴様の操り人形で終わりはしない……!」
そして、その為には鍵の少女の確保を急がねばなるまい。
ヒューイ・フォッカーの眼は野心と怒りの炎が静かに燃え上がっていた。




