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第一三話



3年前まではこの辺りも観光地として栄えてたの。町の中心に連邦を撃退した記念として町の中心に時計塔を建てたり、すごく賑わってた。けどある日、前領主が倒れてそのままお亡くなりになって、前領主の息子が新しい辺境伯に任命されてから私達の生活は一変しました。何をするにも高い税金をかけられて、生活すら成り立たなくなってきて。

その癖、あいつらは自分達が利権を貪る事しか考えてなくて、私兵を雇い入れてやりたい放題。直訴に行った人達や、逃げようとした人達は、みんな黒狗をはじめ、領主の私兵に殺されました。

それだけならまだ良かった。けど、更に黒狗は私達を集めてその人たちの家族まで手下にリンチにさせた後、私達の前で生きたまま焼き殺したんです……!


そこで領主は選ばせました。抵抗か。それとも服従かを。

………………抵抗を選べるひとなんていませんでした。今でも、焼き殺された人たちの悲鳴が耳にこびりついて、離れません……。

最近では町の外にあんな化け物がうろつく様になって……、もうこの町は駄目なんだと思います……。



デウギリ山脈。トラヴァス大陸でもっとも高いとされる山脈群であり、形成している山々は天をも突き抜ける程の高さを誇っている。トウランに隣接するこの地は東の果ての死海と並び称される魔境と呼ばれ長らく人の手が入っていない。

足を踏み入れれば誰一人として戻ってきた者はいないという言い伝え通り、帝国から派遣した調査員は例外なく行方不明となっている。故に緊張状態の帝国、連邦の両国はこの領域を絶対不可侵領域と定めた。


麓の薄暗く陰気な雰囲気の樹海にてコルトは探知用の術式を刻んだ聖霊石を設置する。

設置して一分もたたないうちから早速反応があった。


反応は……オレンジ。


「……フン、やっぱりかよォ」


反対側にあった歪みとは比べ物にならない強力な反応である。這い出る異形もそれに応じて強力なものになっているであろう。反応から中心部の位置を逆算。歪みのある座標の目星をつける。

無数の炎剣を召喚し、一斉にデウギリ山脈の方向に飛ばした。


「手応えなし、か……」


いや、それどころか妙な力が作用して飛ばした炎剣をかき消された。

それなりに魔力を込めた源流魔導を相殺ではなく、打ち消したとなれば考えられる可能性は一つ。


「反魔領域……」


魔導を行使する際に発生する魔力圏に干渉して魔力を分解してしまう力場。それが反魔領域。そうであれば調査団が誰一人戻って来なかったことにも説明がつく。魔導を使用できない一般兵を皆殺しにするなど、ここの異形共には簡単な事だったであろう。

もし、デウギリ山脈が反魔領域の中に歪みが発生しているのならば、ホムンクルスですら立ち入る事は出来ない。


ホムンクルスは聖霊石を核に造り出された戦術魔導兵器である。

彼らの核である高純度聖霊石に刻まれた術式は二つ。

ひとつは源流魔導。『火』『水』『雷』『地』『風』の五つの中から本人と最も相性の良い属性の紋が刻まれる。

もうひとつが肉体の構成術式。

粒子で構成されている身体データに欠損、異常がみられた場合、即座に最適値に修正する事。余談ではあるが、これにより魔力が続く限り無限の再生能力を有するが、同時にそれは『不変』という事を意味し、空腹を感じなくなる代わりに、満腹感を得ることが無くなるなど、『生きている』という実感が湧かなくなる。そして、精神のバランスを取る為に煙草や酒などの嗜好品を一層好むようになる傾向がある。


ホムンクルスはその性質故に反魔領域へと足を踏み入れると、身体を構成している粒子が分解される。対策としては反魔領域を中和する術式を刻んだ聖霊石――通称『抗反魔石』――を所持する事。

『抗反魔石』事態は時間制限付きの使い捨てならば、安価な低純度の聖霊石でも十分作成できるが、問題は術式の方である。

反魔領域はそれぞれ魔力干渉を行う波長がそれぞれ違うのである。それぞれの力場の波長を正確に分析し、その力場に応じた抗反魔術式を刻むのは精密作業である。

共和国。連邦。帝国。

この三国の中でも抜きん出た魔導術式を持つ帝国でも一握りの者でしかこの作業をこなせないであろう。


「レミンの出番だな」


彼は一連の作業を行える帝国屈指の技師である。そうでなくては人間の身でありながらバケモノで構成された部隊に属する事など出来まい。彼の体調が回復するのを待ってから再び歪みの破壊任務に赴こう。それで自身に課せられた『歪みの破壊』という任務完了である。

後の事は自分の知った事ではない。

弱肉強食が帝国の国是であり、この世界の絶対的な真理である。

例えこの町で強者として君臨している者達が地位に甘えているだけの有象無象でも、現状を嘆きながらも何もせず、強者におもねるばかりの寄生虫よりは遥かにマシである。

帝国には弱者は必要ない。



調査の帰りにコルトは思わず足を止めた。

家が燃えている。紅蓮の炎から黒い煙を吐き出し、天を焦がしている。

火事だというのに周りには野次馬1人存在せず、人の気配すらない。

巻き添えを嫌って何処かへ逃げたのであろう。そしてこそこそと様子を窺っている視線がいくつも感じられる。

そしてその傍で行われている光景を目の当たりにして、不機嫌な表情はより一層険しくなった。網でグルグル巻きにして捕えた得物を鈍器を持った数人がかりで袋叩きにしている。その傍らに消し炭になった人間らしき物体が2つ転がっている。

少し離れたところでは傭兵風のガラの悪い男が数人。ニヤニヤと嫌な笑みを浮かべて傍観を決め込んでいた。恐らく奴らはミリスの言っていたホナーディ商会の私兵であろう。


「よお、兄ちゃん」


ガラの悪い男が気安くコルトの肩に手を回す。


「旅行者だろ? 一緒にどうだい? スカッとするぜ?」


酒臭い息にコルトはうんざりした顔をしたが、ガラの悪い男はそれに気付かず相変わらずの浅ましい顔でリンチされている男を肴に酒を呷る。

この男は運がいい。普段のコルト・アサギリならば肩を組んだ時点で斬り捨てているところであるが、ナーバスになっている今のコルトはこの男の相手をする事すら億劫である。


「…………、オレが旅行者だと何故わかる?」

「ヒャハハ! この町の人間はどいつもこいつも眼が死んでるからなァ! なにをするにも俺達の思いのままさ!」


さして興味なさげにリンチされている男を観察した。あの服には見覚えがある。確かチンピラに絡まれている所をレミンが助けたあの男だ。


――面子を立てる為の報復か。レミンは早々に引っ込んじまったからこの男に白羽の矢が立ったんだろうな。


リンチしている男達は誰も彼も自分の意志など持ち合わせていない様にひたすら事務的に殴り続けている。その眼には仕方がない、という自己弁護の念だけがありありと見てとれた。唾棄すべき光景である。彼らは気付いていない。自分達の行動が他ならぬ自分達自身の首を絞めている事に。異形が発生する門である『歪み』は人の負の感情に反応して発生する。人々の悲しみ、怒り、憎悪、虚無。それらの感情が渦巻けば渦巻く程、門は巨大に、そして這い出る異形は力を増していく。


「面倒くせェ……」

「あ?」


目障りな奴ら全部この陰気な町ごと焼き払ってしまおうか。

そう考えたその時だった。


「やめろッ!!」


小柄な少年がリンチにしていた大人を突き飛ばす。コルトは黒い双眸を僅かに細めた。

今割って入った少年にも見覚えがある。ミリス・ネレイディアの家で見た――確かセンといったか。


「やめろよ! 大勢で1人を寄ってたかって殴って恥ずかしくないのかよ!?」


その糾弾はその場における誰よりも正しい。だが、不条理に捻じ曲げられた道理が簡単にまかり通る場において正しいだけの正論に意味は無い。


「う、うるさい! 仕方ないだろ!」

「弱い人間はこうでもしないと生きていけないんだ!!」


そうだ。と口々に自分達を肯定する言葉が添えられる。

コルトは彼らに嘲笑した。『弱い』なら何をしても許される。本当にそう考えている奴らはとてつもなく卑しく、醜い。


「チ~ビ~!!」


傭兵風の男は嘲笑を乗せてセンの胸倉を掴み吊りあげた。


「調子に乗るんじゃねえぞゴルァッ!! 俺達に楯突くとどうなるかわかってるんだろうなぁ!!」


恫喝の声に周りにいた大人は委縮するが、センは一歩も引かず睨み返した。


「調子に乗ってんのはそっちだろタコ助!」

「タ、タコ助!?」


コルトは喉を鳴らして静かに笑った。掴みかかった男の頭は見事なまでのスキンヘッド。

その上、怒りで顔を真っ赤にしているその様は成程。確かにタコである。


「このクソガキが!!」


センの腹に拳がめり込み、2、3発続けると動かなくなった。リンチを行っていた大人たちは我先にと蜘蛛の子を散らすかの如く逃げていく。


「クッソ! 殺してやる殺してやるぞ!」


スキンヘッドは小銃の口をセンに向けて撃鉄を起こした次の瞬間。


「や……め、ろ……」


最期の抵抗とばかりにリンチに遭っていた青年はスキンヘッドの腰に巻き付く。

スキンヘッドは邪魔だ、と怒鳴り台尻で青年を殴りつけた。

怒り心頭のスキンヘッドは最早見境がない。殴りつけられ力なく横たわった青年に銃口を向けた直後――――視界が回った。

視点がやけに低く、地面に転がっている事に気付く。

そして視界に入るのは首がなく痙攣して倒れる自分の体……。

男は絶命するその瞬間まで自分が死んだ事に気付く事は無かった。



「フン……」


首を刎ねたコルトはゴミを見る様な眼でスキンヘッドを見下ろした後、瞬く間に怯んだ残りの私兵達を斬り殺していった。そして逃走を試みた最期の1人の膝を壊して地面に転がした。耳をつんざく絶叫を聞くに堪えないと言った様子で喉を踏みつけた。


「あ、が……ッ!?」

「動けない奴を嬲るのは楽しいよなァ。わかるぜソレ。オレも同類だからよォ……」


鍔のない大太刀を肩に担ぎ、恐怖を摺り込むようにゆっくりと言う。逃げようともがく男に嘲笑を向ける。


「もっとだァ。もっともっと……、オレを楽しませてくれよォ」


瞳孔が開き、端正な顔は凶悪に、醜く歪んだ。


「生きたまま焼かれる人間の悲鳴をなァッ!!」


紅い焔は男の体を包み、まともな人間なら耳を塞ぎたくなるような凄絶な悲鳴が響く。炎は更に大きくなり骨も残さずその身を飲み込んでいった。

散った煤を踏みつぶし、コルトは狂笑を上げる。


「そこに……、だれか……いるのか……?」


半死半生の男は震える腕を虚空にかざす。

遺言を託すべき相手を手探りで探す様に、その腕は何度も何度も空を切る。

最早、まともな判断力も残されていないのであろう。


「ああ、ここにいる」


コルトは片膝をつき、彼の手を取った。青年は腫れあがって原型を留めていない顔の力が少しだけ抜けた気がした。


「親父、と妻は……無事、で……か……?」


弱ェ癖にこの期に及んで他人の心配か……。


視線をそっと横に流す。高温で焼かれた消し炭は既に誰だか判別する術はない。


「ああ、どっちも重傷だがテメェよりマシだ」

「よか……た……」


安心した途端、彼の表情は穏やかになっていった。この感じは何度も見てきた。

現状を受け入れて死が加速した者の顔である。既に複数個所に致命傷を負わされている。

この傷では助かるまい。むしろこの状態で今まで耐えていた事の方が驚愕に値する。

彼の命を取り留める手段があるにはあるが、この絶望しか残されていない状況で命だけを繋いでも。

生きるためには活力が必要だ。だが、それを根こそぎ奪われてしまえば、その先に広がるのは死にも勝る苦しみだけだ。


「最後に、……つだけ、……たのむ……。私の、家族を…………て……」

「…………………………了解した。トルキア六家アサギリが第一子コルト・アサギリの名において誓おう」


長い逡巡を経て、帝国の黒狗ではなく、かつて人間だった頃の名で誓いを立てる。

例え偽りの誓いであったとしても、抗った者が自身の命が尽きる瞬間に願い出た事だ。

ましてや彼は、エルニド人でも、コルトの嫌いな現状を嘆くばかりで弱者でもない。安心して眠る為には優しい嘘は必要である。


「あ……、り………とう……」


そう言って静かに息を引き取った。開いたままの眼を閉じて煙草を添える。

そして、静かに火を放った。炎は死者達を包み、埋葬していく。


「礼なんざ、受け取れるかよ……」


舌打ちをした後、「ガラにもねェ……」と口の中でぼやいた。

この町に来てから調子が狂いっぱなしである。


「イラつくぜ……」


殴られて気を失ったセンの体に触れた。脈はあるが、熱が高い。

ミリスがセンを病弱だと言っていた。弱っている今の状態でこの場に転がしておけば、肺炎か何かでしぬであろう。


コルトはおもむろに舌打ちした。


「弱ェ癖に……、テメェみたいな奴が一番ムカつくんだよ」


雨に濡れない様に羽織っていたコートをセンに被せて、そっとセンを背中に乗せた。

ミリスの元に送り届けるべく足を進めた。



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