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第九話



風が唸る。両者の立ち位置目まぐるしく入れ替わり、刃を交えて火花が散る。後方では白仮面の1人が額に黒ナイフを受けて血を流していた。既に絶命している。

生きている人間は2名。

一方は連邦の元軍人。もう一方は帝国軍暗部第九特殊連隊『死霊の影(レムレース)』の象徴である白仮面を被った男。

手数は互角。自慢のスピードも互角。技の巧みさは言わずもがな。ナイフとナイフのせめぎ合いに両者の体に無数の細かい傷が刻みこまれる。

ベンジャミンも白仮面の小隊長も冷たい汗を流す。もし、この2人が正々堂々を好む武人であったなら死力を尽くして戦える好敵手と巡り合えた事に喜びを感じていたであろう。しかし、今この場にいるのは武人ではなく、戦闘を『手段』として用いる暗殺者。殺し合いに愉悦を見出す事は無い。少なくともベンジャミンはそうである。

ベンジャミンは間合いを取り、『銃』を抜く。牽制にナイフを投げ、安全装置を外して銃を向けた。

白仮面の動きが止まる。前日の襲撃でベンジャミンが今持っている銃の威力は分かっている。自分が1アクションする間に3回は殺せる程の攻撃速度は厄介を通り越して、対応すら出来まい。


「……何か、言い残す事は、あるかい?」


静かに、それでいてハッキリと。ベンジャミンは問いかける。


「た、助けて……」


両手を上げて相手の良心に縋る様な視線を向けて来る。出来るならこのまま眼を反らしてしまいたいが。


「それは、出来ない、相談だ……」


今から自分はこの白仮面を殺す。

殺してあの若者2人に襲いかかる脅威を一時的に取り除く。

恨まれても、呪われても、復讐されても仕方のない、取り返しのつかない事を白仮面にしようとしている。

だから、せめて最後の言葉くらいは耳を塞がず聞いてあげたい。

そんな自己満足がベンジャミンの中にあった。

時間にして一瞬の長い逡巡の後、撃鉄を起こして狙いを定める。


「ヒッ――!」


恐怖に引き攣った悲鳴がもれる。

だが、既に感情を黙殺して引き金を引く準備を整えていたベンジャミンの心に響かない。


――ガゥンッ!!!


振動とも言うべき轟音が暗い森に響く。野鳥の眠りを覚まし、一斉に飛び立った。

何かが壊れた音がした。1人は崩れ落ち、1人は立っている。


立っている方は仮面の下でほくそ笑む。一拍遅れてベンジャミンの絶叫が響いた。銃を握っていた右腕が粉々に砕けている。血の出ない傷口を抑えて蹲る。割れた腕はまるでホムンクルスのそれのように粒子となって空中に霧散していった。


「なにが起こったかわからないだろう?」


白仮面は地面に落ちた銃を蹴り飛ばし聖霊石を嵌めこんだナイフを掲げた。


「魔導術式『因子分解』。この術式は相手を斬りつけた分だけ人体組織の結合度合いを原子レベルで緩める事が出来る」


勝ち誇った口調で白仮面は自身の術式について悠々と説明する。本来こういうものは隠しておくべきなのだが、ベンジャミンにもう逆転の目はない。

それよりも――

右腕を押さえて悶えるベンジャミンを観察して、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「しかし驚いたな。記録では『死亡』となっていた理由がやっと納得いったよ。君はホムンクルスだね? いや、傷口が再生しない所を見るとホムンクルスの劣化品をでも言うべきか?」



戦術魔導兵器『人造人間ホムンクルス』。その開発・改良までの道のりは深い血と泥の川が流れている。帝国は実験台として当時小競り合いをしていた連邦の捕虜を人体実験の材料として使っていた。

恐らくベンジャミン・メルストンもその検体の一つであり、何らかの理由で軍の施設を脱走したのであろう。データベースに記載されていた死亡という記録も倫理的観点を理由にすれば、強引ではあるが納得出来ない事もない。


「…………ッ、違――」

「ならば、その血の流れない体はどう説明する」


頭の中に機械的なノイズが走る。

違う。違う。違う。そんな筈はない。

根拠のない否定を並べても、この数年間の記憶が曖昧だという事実が事実を肯定する材料となっている。


「私は――、私は――」


――誰なんだ……?


「なっに、してんやがんだ貴様ァ―――――ッ!!!!」


万華鏡で姿を消して背後から忍び寄っていたラグナの姿が露わになる。


「いかんね。いかんよ」


白仮面は激高して斬りかかって来るラグナを一笑すると振り向かずに振り下ろされる手首を固定投げ飛ばす。


「姿を消して背後をとっているのに掛け声の上に姿を現してしまうとは。折角の奇襲が台無しだよ」


空中で円を描く体を捻り着地。踏ん張って踏み込んだ。


「万華鏡・残剣!」


魔力を刀身に。万華鏡により質量ある残像を作り出したラグナは相手を幻惑しながら懐に飛び込む。まるで山嵐の様に、ラグナの周りを剣の残像が軌跡をなぞる。


「ほう? 共和国の剣鬼の術式か」


守りを固めながら、斬撃を打ち込む。白仮面は一歩、二歩と退きながらラグナの無数の直剣を巧みに偏向していく。

ナイフで守勢に回っても折れないのは一重にラグナの剣戟が軽すぎるからである。

軽い剣で怒りのまま正面からぶつかっても詰め切れないのは道理であった。

だが、敢えて白仮面は頭をラグナの剣の軌道に曝す。


「――――――ッ!?」


ピタリと。魔力を流し込んだ光刃は白仮面の額を割る寸前で止まる。同時に彼の周りを包んでいた無数の剣も消えた。

沸騰した頭が一気に冷えた。人を刺したあの夜の感触が掌から鮮明に、鮮明に蘇る。


「やはりな。君は純粋な腕は私よりも数段上だが、恐らくは人を殺した経験があるまい」


無言。答えずラグナは距離を取る。

だが、彼の額から流れる冷や汗が白仮面の仮説を肯定していた。

仮面の下で薄く笑う。

なんと。なんと。なんと乙女の様にウブで嬲り甲斐のある獲物であろうか。

もし、これが任務でなかったのなら因子分解で手足を潰し、ダルマにしてからジワジワとその命を刈り取っていってやるというのに。仮面の下の顔が醜く歪んだ。


「せめて断末魔くらいは楽しませてほしいものだ」


攻守が入れ替わりナイフの連撃がラグナを強襲する。まだ切り替える事の出来ないラグナは襲い来る刃を辛うじて躱すものの白仮面の素早い動きを前に翻弄される。

下がる。防ぐ。下がる。避ける。下がる。

やがて無酸素運動の限界時間に達した白仮面は呼吸を整える為に後ろに飛ぶ。

間合いを取り、互いに出方を窺う。ジリジリと迫る焦燥を押し殺し主導権を奪い合う。

相対する白仮面とラグナ。

2人の戦力は拮抗している。しかし、ラグナは詰め切れないでいた。

相手の白仮面は『任務の達成』という明確な目的を以ってこの戦いに挑んでいる。

だが、ラグナは迷いばかりで明確な意思を見いだせないでいる。

殺さず制圧するには力が及ばない。殺したくない。殺されたくない。守りたい。色々な思いがごちゃ混ぜで混沌としている。


俺は一体、どうしたらいいんだ……!?



――プロテクト解除。第三級情報開示許可申請―――――オール・グリーン。第三級機密情報ロック解除。我ら皆、星の記憶のもとに。


「――そうか。そういう事だったのか……。私は――――!!」


「ベンさん! ベンジャミンさん!?」


ミストは割れた腕を押さえ、蹲るベンジャミンのもとへと走る。

怪我の具合を見た瞬間、血の気が引いた。傷口から血が流れず代わりに光る粒子が宙を舞っている。あの夜襲ってきたアイツと同じ――ホムンクルスだ。

僅かな逡巡が足を止める。が、すぐに迷いを振り払うように勢いよく首を左右に振ると重症のベンジャミンに駆け寄った。


「急いで傷の手当てをッ!」

「…………………………………、」

「ベンさん!?」

「いや、気にする事は無い。どの道、この体は、もう……もたない……」


ベンジャミンの言葉を前に、血が凍る。まただ。また、巻き込んでしまった。

誰にも迷惑をかけない様に理不尽な追放にも応じたというのに。自分達が――いや、自分がベンジャミンの好意に甘えてしまった結果、最悪の事態を招いてしまった。

これでは疫病神ではないか。

零れる涙をベンジャミンがそっと拭う。


「……君が、気に、する必要は、ないんだよ」

「でも、私の所為で……ッ!!」

「どっちにしても、私はdaniafirnbanv――」


ベンジャミンの言葉が急に通じなくなる。まるで何かに妨害されているかのように、何を言っているのかわからなくなる。


「そうか。ここで、干渉してくる、のか。フェイトめ、何処、までも、我らの邪魔を、して、くれる……」

「何を、言っているの?」

「今は、わからなくて、いいよ。それよりも、今は、ラグナを、助けなくては……!!」


直ぐ傍に落ちている銃に視線を落とす。手を伸ばして鉄の塊を握り締めた。

激しく動き回り、手数と素早さで断ち回る白仮面。ラグナとの立ち位置が目まぐるしく入れ替わる。オマケに敵の術式の所為で左腕が脆くなっている。こんな安定しない状態で撃っても当たりはしないだろう。普通なら。

しかし、今この場にはミスト・クリステンセンがいる。彼女の能力があれば、ラグナが死ぬ事は万に一つのも有り得ない。そして、自分は現時点で白仮面達に力及ばない彼らをサポートする為に、送り込まれたのだから。


「……ミスト、支えて、くれないか?」

「……はい」


足元の覚束ないベンジャミンの横でしっかりと支える。


「君の、力を、頼りにさせて、もらう……」

「え? でも、私なんかに出来る事なんて……」

「…………、一つ言っておくよ。『自分なんか』などという言葉は使わないことだ。それは逃げだよミスト・クリステンセン」

「………………、でも」


ミストが巻きこんだ。その所為でラグナは闘いの中へと飛び込んだ。

誰よりも大切な幼馴染は自分の所為で、当たり前にその手の中に在る筈の平穏と安寧を失ってしまった。私さえ、私さえいなければ!


「君が『自分なんか』と言う事によってラグナが必死に守ろうとしているものを踏みにじっている事に気付きなさい!!!!」


声を荒げて反駁の声を封殺した。それもミストにとって最も刺さる言葉で。


「君にそんな顔をさせる為にラグナは茨の道に足を踏み入れた訳じゃないんだ。自身の平穏と安寧。それを天秤にかけても尚、彼は君を選んだ。彼がそう望んだからだ。その気持ちを無視してはラグナがあまりにも報われない」

「……………」

「生きるんだ、ミスト。誰になんと言われようと胸を張って、前を向いて生きるんだ。悲しんでくれる人間がいるうちは、人は死んではいけないのだよ」


自分は彼の傍にいていいのだ。そう言って貰えた気がした。温かいものが、胸に溢れて来る。

他者に対して陰湿に、残忍に。奪い合い絶望に追い込むのが人間。

だが、しかし。

人が人と分かち合い。他者に対して優しく、温かくなれる。これも確かな人間の一面なのだ。

そのことを忘れないで、心に刻んでおこうと思う。心が折れそうになった時も、再び立ち上がれるように。

強く、強く生きたい。


「はい!!」


嗚咽を飲み込んで顔を上げる。前を見詰める眼差しには一点の曇りもない。

ベンジャミンは銃口を白仮面に向ける。

最早、体の細胞を固定しておく事すら難しく、粒子化が始まっている。

視界は酷いノイズに浸食され精密な照準を定める事すらままならない。

だが、それでも。


――当たる。


ベンジャミンはそう確信していた。

ミスト・クリステンセンがそう望み、世界を書き換える限り。

自分が外す事など有り得ない。


震える指先でトリガーは引かれた。



――タァン!!


二度目の炸裂音の後、白仮面は糸の切れたマリオネットの様に倒れた。


「え?」


状況を理解できないのは斬り結んでいたラグナである。

自分は斬っていない。人を斬った時のあの嫌な独特の感触が手の中にない。

だったら誰が――?


「ベンさん!!」


ミストの悲鳴にも似た声で我に返った。

すぐさまラグナも彼の近くに駆け寄る。


「――――ッ!? ホムンクルス!?」

「いや、違……、う……」


否定の言葉は力ない。全身の粒子がベンジャミンの体から乖離していく。

こうなっては助ける術は存在しない。


「ベンさん! ベンさん、しっかり! 死んだら駄目だ!!」


ホムンクルスであった事は少なからず驚いたが、彼はこんなになるまで自分達を守る為に戦ってくれたのだ。その心を疑う程、ラグナは愚かではない。


「気に、する……、事は無い……。こう、なる事は……、システムに……」

「ああ、治癒魔導の石さえ持ってれば!!」

「しっかりしてくれ、傷は浅い! ミスト、ベンさんを家の中へ運ぶぞ!」


立ち上がりベンジャミンの家へ運び込もうとした次の瞬間、ラグナとミストは自分達の目を疑った。


「そんな、家が……、ない!?」

「嘘だろ!? どういうことだ!!」


そこに確かに存在していた筈のベンジャミンの家は何処にも見当たらない。代わりに巨大な彼気があるだけである。


「ふ。ふふ……。それは、そうだよ……。あの家は、君達をサポートする為にkiokugahoshino準備したもの……、くっ干渉が……」

「なんでもいい! 誰か! 誰か、助けてくれ! 死にそうなんだ!! 誰かいないのか!? 頼むから、誰か返事をしてくれ! 誰かァァァァァァァァァ!!!!」


ラグナは喉が張り裂けるほど叫ぶが返ってくるのは夜の静寂だけだった。

それを見てベンジャミンは微笑んだ。

大丈夫だ。命の尊さを理解いて、人の為にこんなにも涙を流してくれるこの2人ならば…………。

フェイトの思惑を超え、システムに支配されたこの世界を――――――。


青い雪が舞い、消えて行く。何も残さずに消滅していくベンジャミンが思い出すのは本当に自分が死んだ日に亡くした家族の事。


目を閉じるとその先にはかつての妻の姿があった。

君のもとに帰って来たよ。随分長い旅だったけど終わらせる事が出来た。

もう、何処にも行きはしない。温かさに身を委ね、ベンジャミンの意識は溶けていく。

大いなる流れ――星の記憶に抱かれながら、1人の男がその人生に幕を下ろした。



「あれ?」

「アァ?」

「何だろコレ……」


ガンダラ地区に歪みの破壊に向かっていたレミンは不意に涙を流した。

突然の相棒の異変にコルトは怪訝な顔をする。


「どーしたァ?」

「ごめん……。なんだか……、止まらなくて……」


拭っても、拭っても溢れて来る涙にレミンは困惑した。


「ご、ごめん。ごめんね。早く任務を終わらせたいのに、こんな……。ボクの事は置いて行って。落ち着いたら直ぐに追いつくから……」

「………………、」


コルトは羽織っていたコートをレミンに被せて、街道の脇へと引っ張っていった。


「コルト……?」

「休憩だ」


後ろを向いて煙草に火を付ける。


「え? でも、……早く任務を済ませたいんじゃ……」

「…………オレが疲れたんだよォ」


携帯灰皿に灰を落とし、煙を吐く。

ああ。普段冷たい癖に、どうして君は……、


「嘘が下手だね……」


ホムンクルスは戦闘に特化した存在だ。体力の消耗や負傷などはデータ欠損と認識され即座に最も戦闘に適した状態へと最適化するようにプログラムされている。

つまり余程弱っていない限り、ホムンクルスが疲れるなどというのは有り得ないのだ。


「うるせェ」


自覚していたのか、誤魔化す様に乱暴に煙草を灰皿の中に突っ込んで蓋をした。


「しばらく、オレは何も見えねえし、何も聞こえねえ」

「…………、うん」


泣き顔を見られまいと止め処なく溢れる涙を両手の甲で隠す。

この涙の原因は分からない。しかし、コルトの不器用な優しさが、凄く嬉しい。


「ありがとう、コルト……」

「何も聞こえねえって言っただろーがよォ」

「うん……、そうだね……」


背中あわせに立つコルトとレミン。

何も話さない2人の時間はただ、ゆっくりと過ぎ去っていった。


やっと続き書けました。お待たせしてすみません。

待って頂いた分、楽しんで頂ければ幸いです(汗)


ところでちょっと聞きたいのですが、サブタイトルってつけた方が分かりやすくていいですかね?

よかったら意見、もしくは感想お待ちしております。

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