第十二話:一歩手前の招待
第十二話
気が付いてみれば明日は紗枝の学校の文化祭。月日が立つのは早いねぇ、爺さんや…なんて言っている場合ではない。
「俺たちがやる事ってもう無いよな」
「そうっすね」
文化祭一日前は来なくていいと言われていた。しかし、いざ帰ろうとしたら紗枝から電話があって呼ばれたのだ。
校門辺りで待機するのも目立つので結局敷地内に入ってもはや定位置となっているステージ付近へと集まる。既にステージではリハーサル等で使用されている為、この学校の生徒……すなわち女子生徒が結構いたりする。
「なんだか目立つっすね」
引き連れてきた男子生徒のうち一人がそういう。他の生徒も頷いている。
「そりゃそうだろ。ここは女子高だし、俺たちを呼んだ人物がいない…挙句の果てに理由もわからずじまいだ」
千穂は友達と一緒に遊びに行ってしまっている為いない。友達が出来た事はいいことだ、連日申し訳なさそうに参加できないと言って来る事も良しとしよう。
しかし、男子生徒どもが此処について千穂がいないことに気づくと『会長ドンマイです』と嬉しそうに言ってくることは絶対に許せない。
「あのー」
「はい?」
男どもを睨みつける視線をすぐさま取り消して生徒会長フェイスで微笑みかける。視線の先にはショートカットの可愛い女子生徒が頬をピンクに染めて立っていた。
「あ、あのっ、えーっと……大久保生徒会長が新戸生徒会長さんに生徒会室に来てほしいって言っていました」
「そうなんだ。わざわざ伝えてくれてありがとう」
「そ、そんな……と、とんでもないですっ。新戸生徒会長と話せて、私…嬉しかったですっ」
そういって女子生徒は走り去ってしまった。
「こほん、みんな……どうやら俺達のご奉仕は彼女たちの中で評判になっているようだな」
野郎共は首を何度も頷かせている。会長に続けと鼓舞している者までいる。
「何か手伝ってほしい事はないか、困っている人はいないかどうか探すように。俺はこれから生徒会室に行って来るからな」
「合点っす。ご武運を」
「お前らもな」
皆が敬礼をして俺を送り出す。俺も一度敬礼し、生徒会室へと向かうのだった。
既に俺の顔が売れているのか、それとも元から人気があったのか定かではないが女子生徒たちが挨拶をしてくれるようになった。
「失礼します」
「風太郎、いらっしゃい。本当は直接わたくしが案内しようと思っていたのですけど見ての通り忙しいのですわ」
縦ロールはそのままに髪の毛を後ろに縛っている。紗枝が持っているものは比較的大きめの段ボールだった。
「これが片付きましたら説明いたしますわ」
「じゃあ手伝うよ」
「そうですわね。お願いしますわ」
持ち上げるとそれなりの重量。きっと紗枝だったら重たいだろうな。
「これさ、何が入ってるの?」
「パンフレットとか学校紹介の書類ですわ。文化祭に配るんですの」
「ふーん」
「湯河原さんは?」
「湯河原は別の場所で動いてもらっていますわ」
そんな作業を続けて十分程度。ようやく箱も残り少なくなってきた。
「もう少しですわね」
「そうだな」
結構いい運動をしたもんだ。暑くなってきたんだけど紗枝はそんな素振りも見せていない。羨ましいものだなーと思っていたら実は疲れていたようだ。
落ちていた一枚の紙切れ(文化祭のお知らせ)を踏ん付けて派手に転んだ。
「……大丈夫か?」
「え、ええ…」
右足があらぬ方向に一瞬だったけど曲がっていた。立ち上がろうとする紗枝の肩を押して座らせる。
「な、何ですの?」
「間違いなく足を捻ってる。立たないほうがいい」
履いていた物を脱がせて靴下も取り去る。足首に少しふれただけで紗枝の顔がしかめっ面になったのでほらなと呟く。徐々に腫れてきているようだ。
「こりゃ保健室行きだな。保健室ってここから近いのか?」
「別にわたくしは大丈夫ですわ」
再び立ち上がろうとする紗枝を再び座らせる。
「安心しろよ。残りは俺がやっておくからさ」
「でも…」
「さ、じゃあ運んでいってやるから動くなよ」
おんぶは駄目だ。紗枝のスタイルは平均的高校生より数段上でけが人相手によからぬ事を考えると言う駄目人間になりかねない………となると、一度でいいからやってみたかったあれで行ってみようと思う。
「よっと」
「あ、あの…」
いわゆるお姫様だっこ。小さい頃は近所のおっちゃんたちによくされていたもんだ。まぁ、肩を貸せばいいとかそういう野暮なことはなしだ。
「恥ずかしいですわ」
「大丈夫、俺も恥ずかしいから」
保健室に到着するまで誰にも会いたくないもんだと廊下に続く扉を開ける。
「……皆様どうしたんでしょうか?」
「え、えーと……」
紙コップを肩耳にあてたこの学校の生徒さん達がかなりの数いた。
「大久保生徒会長が殿方と一緒になって襲われないかと……皆で警戒していたのです」
集まっていた面子の中でも比較的真面目そうな女子生徒が真面目ぶった表情で……その割には顔を真っ赤にしている……答えてくれた。
「あ、あなた達……早くお散りなさいっ」
羨ましそうな視線を投げかけていた生徒たちはその言葉に従って何処かに行ってしまった。でもまぁ、逃げ込んだ教室の中からこちらを見ているからあまり意味がないと思う。
「最悪ですわ」
「悪いな…出来るだけ人に見つからないよう保健室に行ってみる」
「……お願いしますわ」
こういう時に限って運は俺に味方してくれない。女子生徒たちが一列きれいに並んだ廊下の真ん中を(保健室はこちらと言う板を持った生徒もいた)通る羽目になった。
「……」
「……」
もちろん、紗枝はおろか俺も顔が真っ赤である。中には写真を撮る者もあらわれていた。多分、この学校の新聞部とかそこら辺だろう……うちの学校と同じような顔をしているから間違いない。
「お疲れさまでした~、はい、みんなかいさーん」
俺が保健室にたどりつくと同時に生徒たちは文化祭に向けての作業に再び取り掛かり始めたようだった。
「……すごいな、ここの生徒たちは」
「恥ずかしい真似をさせて申し訳ありませんわ」
「気にするなよ」
保健室に入り、近くの椅子に座らせようとすると紗枝の手が俺のシャツを掴んでいた為に離れなかった。
「紗枝、手を放してくれ」
「あ……はい」
「あら生徒会長さんじゃないの。男を連れてどうしたの?」
人のよさそうなおばさんだ。恰幅が良く、理想の保健室の先生だったりする。
「あの、足を捻ってしまったようなんです」
「あらあらそうなの?じゃあこっちで面倒見るわ」
「お願いします。僕はまだ用事があるんで失礼します」
「風太郎っ」
「何?」
もしかして支えていた手が胸を触っていたとかそんな事を言うのだろうか……。
「な、なかなかいい乗り心地でしたわ」
珍しくぷいとそっぽを向いた讃辞である。いつもならズバッと言ってくれるのにな。
「乗りたいときはいつでもどうぞ、生徒会長さん」
冗談言ってみたつもりだったんだが紗枝は顔を真っ赤にして俯いてしまった。うーむ、反応ないと恥ずかしいんだけどな。
結局、俺たちがなぜ呼ばれたのか聞きそびれてしまった。紗枝は夕方俺の家にやってきて病院にまで行ったと説明してくれた。しっかり夕飯を食べて帰ったところを見るとよほど気に入ってくれたようだ。家にまでわざわざ来ていたというのに聞き忘れていた俺も馬鹿だけどな。