表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/10

第3話 星の聖女の憂鬱

 山奥に戻ってきた後熊の解体作業や調理をしていたらあっという間に時間が過ぎていた。ジビエは癖があるらしいが、前世では熊を食べる機会がなかったので少し楽しみだった。採集した山菜や茸と熊肉とで鍋を作っても良いかもしれない。が、そこまでするのも億劫だったので今日は軽く塩胡椒を振って焼いて食べる事にした。


 翌朝目覚めた俺は近くの木に向かって指笛を吹いた。ガサガサと音がし、一羽の梟が羽ばたいて俺の腕に止まった。こいつは山奥に来てからすぐにテイムした野生生物で、余った食材などを分け与えて飼い慣らしていた。


「ホー…」


 眠そうな目で俺を見つめる梟。そんな梟に思考共有や視界共有の魔法をかけると、人間の肉体で見えている景色と梟の目を通じて見えている景色の情報が同時に脳内へと入ってきた。


 寝起きの梟にファウストに飛ぶように指示を送った後、俺は地面に魔法円を幾重にも描き、物理結界や魔法結界、ステルスなどの魔法を発動させた。そして魔法円の中心で目を閉じ、深呼吸しながら瞑想し、梟を通じて入ってくる情報だけに集中した。


 梟を通じて入ってくる情報では、昨日鍛冶屋の店主が話していたことは嘘ではないようだった。町の中心の広場に向かう大通りは聖女を待つ民衆でごった返し、それが教会までずっと続いていた。その様相はまるで前世のコミケやテーマパークの行列ないしは推し活を連想させた。勉学しかしてこなかった前世では到底縁のないものだなと思った。


 梟に思念を送り、街の広場の教会の近くの木の上に留まらせた。既に広場も騒がしく、住人たちが少しでも良い場所を確保しようと場所の取り合いをしていた。そんなお祭り騒ぎを冷めた目で見ながら俺は聖女とやらが現れるのを待った。


 鍛冶屋の店主が話していた時刻が近くなると、町の外れで歓声が上がった。しばらく待っていると広場に聖騎士でしっかり警戒された頑丈な馬車が到着し、教会の前で止まった。


 広場でも歓声が上がり、馬車の中から純白のゆったりとしたローブを纏った人物が降りてきた。フードを深く被っているため種族はわからない。ただ、聖女というだけあって性別は女性なのだろう。表情はよくわからないが、口をきっときつく結んでいるのは梟の視界を通じて読み取れた。


 教会の中からも初老の男が出てきて聖女らしき人物を中へと招き入れた。その初老の男を見ていると俺の心は少なからず怒りや憎しみが溢れ出した。男の名はライア司教、かつて魔法学園の教師であり、俺がいじめをしてきた人間に仕返しをした時に事情を聞かずにいじめっ子に加担して俺を退学させた張本人だ。あんな人でなしであっても歳取るだけで出世できるのなら世も末だな…。年功序列なんて廃止すればいいのに…。


 そのことはさておき、建物内に入っていった聖女がどこに案内されたか気になったため、梟に思念を飛ばして教会の周りを飛んでもらった。しばらく観察し続けていると、聖女らしき人物がライア司教に案内されて教会奥の尖塔の最上階の部屋に案内されているのが確認できた。ステラ国の戦争の象徴たる最重要人物だからこその建物内でも最も安全な場所を選んだのだろう。その部屋に聖女を残し、司教は退室して外から施錠した。呆れた、あれでは厳重警戒体制とは名ばかりの幽閉ではないか…?


 件の聖女は純白のフード付きのマントを外し、ベッドの上に置いた後ため息をつきながらベッドへと腰掛けた。腰まで届く流れるような純白の髪、頭頂部についたもふもふの三角耳、腰から伸びるもふもふの尻尾、全てを慈しむがごときエメラルドグリーンの瞳、膝下まで丈のあるスカートの左側にスリットの入った裾が広がった純白のローブ、ローブ越しでもわかるくらい膨らんだ胸、スリットの間からはオレンジ色の糸で何かの紋様が描かれた緑のレギンスがちらっと見えた。少女は狐の獣人だった。歳は俺と同じくらいと考えられる。聖女のイメージ通りと言えるほどの美人だった。


 そんな少女だが、部屋に入るなりずっと悲しげな表情をしているか、ため息をつくかしかしていなかった。これは、何か事情がありそうだ…。


 元々あまり興味がなかった聖女だったが、梟の視界越しに見たその様子だけでも好奇心が湧いてきた。もしくは、この感情は放っておけないとでも言うべきだろうか…?まるで人生を諦めていた時の俺と同じような感じが…。


 梟に指示を出し、ありがとう、もう戻ってきて大丈夫だと思念を送った後で俺は視界共有と思考共有の魔法を解除し、ファウストへと転移した。教会の裏手に歩いて行き、手頃なレンガを拾ってレンガにかかっている重力を魔法で反転させた。重力を反転させたレンガは地面から遠ざかろうとどんどん空高く浮き上がっていった。上昇し続けるレンガにぶら下がってあっという間に尖塔の屋根の上にたどり着き、屋根へと飛び移った。


 聖女はしばらく部屋に篭っていたが、窓を開けてベランダへと出てきて町の景色を眺めていた。ローブが風にはためく音が屋根の上にまで聞こえてきた。


「はあ…」

「聖女ともあろうものがため息か…民衆はこれ見たら何と言うだろうな…」

「誰ですか?」

「名乗るほどのものじゃないさ」


 そう言いながら俺は屋根をするすると伝ってベランダへと下りた。


「あなたに何がわかるんですか…!?」


 むっとした表情で聖女は俺を睨みつけてきた。


「わかるわけないだろう?戦争のための偶像として女の子を祭り上げる政府の愚策なんて興味ないし」

「………」


 さらりと答える俺を無言で睨みつけた後聖女は視線を俺から外し、遠目で町を眺めながらもう一度ため息をついてポツリと呟いた。


「私だって好きでこんなことしてるんじゃありません…!」


 その呟きには彼女の苦悩や苦労、ないしは怒りや悲しみといった感情が渦巻いているように感じられた。


「その辺の民衆よりかは恵まれてるだろう?衣食住は保証されるしどこいってもチヤホヤされるし。何なら民衆の前で笑ってるだけで一生働かなくたっていい身分じゃないか?」

「行く先々で私のために死地に行く、私のために戦ったと聞かされ、怪我人を治療し、救えなくて目の前で死んでいく人を常に見る事になってもですか?」

「だったら辞めれば良いじゃないか」

「良いわけないです!私が怪我人の治療を放棄したら誰が傷ついた人々を癒し、治療するのですか!?治癒魔法を使える人が人を癒すのは責務ではないのですか!?」

「責務…か…。そう考えるなら偶像として祭り上げられてこんなところに閉じ込められてないで町や戦場に出向いて一人でも多くの患者を救ったらいいんじゃないか?少なくとも今こうして閉じ込められている間にも死んでいく人はいるぞ?」

「できるわけありません!国や教会に逆らって一生涯逃げ回るなんてそんな事…」


 そう言いながら聖女は視線を落とした。普段ずっと押さえつけている感情が溢れ出しているのか聖女の目には涙が浮かんでいた。


「だからといって、この先も国や教会の偶像にでもなっていたいか?行く先々で人の死を見せられることが一生したいことなのか?」

「嫌です…そんなの嫌…」


 未来を想像してボロボロと涙をこぼす聖女。聖女の泣き顔を見ていると良心の呵責に苛まれる。どうしてたった一人の女の子にここまで固執するのか自分でもよくわからなかった。しかし、今目の前にいる少女はかつての俺のように自分の意思を押し殺して他人の人生を嫌々生きているような気がしたからこそ今の生き方以外にも無限の選択肢が存在することを教えてあげたかった。


「どんな道を選ぶかは君次第だが、今世の人生は一度きりだ。後悔のない選択をするためにも今一度自分自身に問いかけてみると良い。さてと、見たかった聖女の姿も見ることができたし、俺はそろそろ山に帰るか…」


 そう言って転移の魔法陣を展開させ始めた俺の袖を聖女が掴んで止めた。


「待ってください、私も連れていってくれませんか?」


 その申し出に俺は拍子抜けした。


「へ…?え……?」

「このままここに残っていても私の人生を変えるきっかけなんてもう来ないと思います。でしたら、初対面のあなたについていって運命に委ねてみたいんです!」

「良いのか?あれだけ人の治療に固執していたのに」

「確かに一時人の治療ができなくなることは残念ですが、この国の人々は私に依存しているところも多かったんです。聖女のために世界と戦えなんて言って洗脳してくる国や教会の言葉を鵜呑みにし、自分で情報を精査して考えることもせず、選択する機会を捨ててきた彼らにもまた非はあります。私が行方をくらます事によって、彼らがおかしい事に対しておかしいと考えられるようになるなら私は行方をくらました方が良いのかもしれません」

「山奥での生活は過酷だぞ?」

「承知の上です」

「後でやっぱり無理と言われても困るぞ?」

「はい、それでもここを離れたいです」

「そこまで決意が固まったなら俺からはもう止めない」


 そう言いながら俺は部屋の中心に転移ポータルを出現させた。行き先は当然山奥の野営場所だ。


「旅立つ準備ができたらそこのポータルを潜ってくれ」

「わかりました」


 聖女がベッドの上のマントやその他諸々の旅装を整理し始めたところ部屋のドアがノックされ、閂が外され、ライア司教が中に入ってきた。


「アリア様、食事の準備が…!?何だこれは!!シリウス、貴様の仕業か!?」

「ようクソジジイ、また会ったな」

「貴様ぁ!!目上の人間になんて口の聞き方だぁ!!」

「尊敬されたいならされるような振る舞いをしろよ老害。一度でも貴様が人から尊敬されるようなことをしてきたのか?性悪ジジイの分際で」

「黙れ黙れ!!貴様のような暴力小僧にっ!!」


 喚きながら火の玉やら雷撃やらありとあらゆる攻撃魔法を用意してきた司教。魔力量や威力だけで見るならば脅威だろう。だが、安全なところでみみっちく地位にしがみついてる哀れな小物には当然戦闘経験や実戦経験なんてものはない。

 俺が指を鳴らすと司教の用意した攻撃魔法の術式は尽く破壊された。


「術式の完成前に魔力を飛ばして魔力の流れに干渉すれば不発となる。魔法の初歩だぞクソジジイ、あと、丸腰の人間相手に魔法ぶっ放しといてどっちが暴力に走ってると言えるんだクソジジイ?いや、暴力クソジジイの方が正しいか…?」

「うるさい!うるさい!!うるさい!!!」


 癇癪を起こしたかのように司教は杖を構えてきた。術式の構築速度を魔法具で底上げする魂胆なのだろう。先端のクリスタルに魔力が集まっているのが視認できた。


 俺は転移でそんな司教の背後に移動し、足払いをかけて司教を転倒させた。司教の魔法のベクトルが上方向にずれ、天井に火の玉が当たって爆ぜた。


「まったく、物騒なもの聖女の部屋に持ち込むなよ、あと、その癇癪癖以前にもまして悪化してないか?引退して更年期障害と痴呆の検査したらどうだ?」


 呆れながら俺は司教の杖を奪い取り、転移ポータルの魔法陣に捨てた。


「なっ!!返せ、貴様っ!!」


 杖を奪われてさらに逆上した司教は魔法の行使すら忘れて俺につかみかかってきた。そんな司教の腕を掴み、流れるような所作で司教を背負い床に叩きつけた。骨が折れないように加減したが、それでも痛かったのか司教は起き上がらなかった。何とも情けない話だ。生きるためだけに俺が傭兵をしてた頃はこうして投げ飛ばされるのなんて日常茶飯事だったのに…。他人を蹴落として地位を得る人間が足元を掬われた時どれだけ無様かを目の前の光景がありありと語っていた。


「準備できたか?」

「はい、私は大丈夫です、ごめんなさい司教さん、聖女の役目は私には合いませんでした」


 アリアに声をかけると旅支度が終わったらしく両手いっぱいに荷物を抱えていた。


「じゃあそのポータル潜ってくれ。防御結界展開中の領域の真ん中に出るはずだから転移先に危険はない」

「わかりました」

「ま、待て!!聖女に脱走されたら私は降格処分どころじゃない!!クビにされる!!頼むから思いとどまってくれ!!」


 司教の言葉を聞いた俺はこいつどれだけ歳を取っても本当に自分のことしか考えてないんだなと心底軽蔑した。こいつには俺の言うことなど響かないだろうなと思いつつも俺は司教との対話を試みた。


「行かせてやれよ、彼女も偶像として祭り上げられ、人の死を間近で見てきてずっと苦しい思いをしてたんだ。自分のせいで人が死ぬという罪悪感に苛まれながらな…。たまたま癒しの力を持って生まれただけであって彼女にも彼女の望む人生があるし、それは国も教会も勝手に決めてはいけないものだ。彼女の人生は彼女だけのものだ。お前の身勝手な保身で彼女の人生を振り回すなよ」

「黙れ黙れ黙れ!!!貴様が余計なことしなければこんな事には!!!」

「まあ、対話が通じるとは思ってなかったけどここまでとはな…」


 そう言いながら俺は指を鳴らして転移ポータルを破壊し、空間の繋がりを遮断した。保身に走っていた愚かな司教の出世が閉ざされた瞬間でもあった。


「おのれぇ!!許さんぞ!!」

「自分勝手に生きてきたことのツケだろ?これでもお前が俺にしたことの復讐はまだしてないんだからそれだけでもありがたいと思えよ?人を苦しめたものには必ずその因果が巡る。俺が直接手を下すまでもない。残りの人生精々頑張れよ?」


 それだけ言うと俺は転移魔法を発動し、アリアが待つ山奥へと戻っていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ