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第1話 従属の日常

「…ちっ、またあの夢か…」


 悪態をつきながら俺は体を起こした。もう何度同じ夢を見たかわからない。しかし、現実は自分らしく生きるだの願いに生きるだのそんな高尚なことを考えている場合じゃなかった。生きるためにしたくもない仕事をし、雀の涙ほどの報酬をもらって粗末な食事をとって寝る。

 今の傭兵仕事もそうだ。だが、三食ついて寝床が用意されてる未成年向けの仕事など他になく、甘んじて受け入れるしかなかった。


「おいシリウス!!いつまで寝てやがる!!」


 怒声と共にずかずかと俺の寝床に土足で踏み入り、蹴り付けてくる先輩兵士。蹴り飛ばされた俺は吹っ飛ばされて床をゴロゴロと転がった。


「ぐっ…」

「隊長から補給用水の追加を命じられた、さっさと手伝え!!」

「はい…」


 手伝えと言われたが、実際のところ先輩兵士の命令は代わりにやれと同義だ。仕事を代わりにやらされ、さも自分がやったかのように上に取り入り、成果だけ奪っていく。夢の中で見た前世でも散々パワハラされ成果を奪われたのを何度も見ていたせいか、そこまでショックではない。ただ、いつまでこんなことが続くのだろうという絶望だけが頭の中ではぐるぐると渦巻いていた。


 入隊当初は俺も抵抗していた。成果を横取りするなら自分でやれ、俺はお前の奴隷じゃない等等…。もちろん口論にも発展し、暴力沙汰にもなった。しかし、俺が先輩兵士を倒してしまったことが隊長に伝わり、しかも取り巻きの先輩兵士の嘘の証言により俺が悪者に仕立てられ、懲罰として鞭打ちや食事抜きなどの制裁を受けてきた。


 ここの世界でも年功序列であり、年上の言うこと、目上の言うことが絶対と知り、ああ、夢の中で説明されたことは本当だったんだと思い知らされた。


 先輩兵士の後をついていき、井戸に着くと桶と運搬用の皮袋を乱暴に投げつけられた。


「ぐずぐずしてんじゃねえようすのろが!!さっさとやれ!!」


 罵声を浴びながら俺はロープにくくりつけた桶を井戸に放り投げた。黙々と作業をする俺をニヤニヤと眺める先輩兵士。もう一度泣いて降参するまで痛めつけてやりたい衝動を抑えながら黙々と作業を進めていった。


 作業が終わり、皮袋を渡すと先輩兵士は当然礼も労いの言葉もなかった。


「遅えよ!!グズが!!」


 それだけ言うと踵を返して皮袋を持っていってしまった。


 もううんざりだった。どれだけ働いても評価されない、ただただ自分勝手な連中に足を引っ張られる毎日。


 そんな時、朝見た夢の内容を思い出した。そういえば前世でも今の立場にしがみついてしたくもないことをして死んでから後悔していたな…。生きるために嫌々こんなことしてるけど今幸せなのだろうか…?このまま虐げられ続けることが転生してまで望んだことだったのだろうか?断じてそんなはずない。そう考えると自ずと別の考えが脳裏をよぎった。


 もう辞めよう、明日の生活なんてどうでもいい、こんな無益な事にこれ以上時間を使いたくない。夢の中でだって自分で気付いたんだ、選択肢は無限にあるって…。


 そう考えるや否や、俺は隊長のテントへと向かっていた。中では俺の成果を横取りした先輩兵士が隊長から労いの言葉を受けて笑顔になっていた。


「失礼します」

「何だ朝っぱらから…」


 そう言いながら俺が隊長のテントに入ると隊長から怪訝な顔をされた。


「申し訳ありませんが本日付で脱隊させていただきます」


 俺がそう言うと隊長は何も言わずにただ俺を見ていた。そして口を開いた。


「本当にいいのか?お前みたいな未成年を雇う組織なんてうちぐらいのものだぞ?」

「そそそそうだぞ!?ここで辞めたらどこに行ってもやっていけないぞ!?」


 便利な手駒がいきなりいなくなろうとしているからか動揺しながらも俺を引き止めようとする先輩兵士。これもまた前世で経験したブラック企業の糞上司の常套句そのものだった。


「もう決めた事ですので」

「そうか、であれば仕方がないな、代わりならいくらでもいるしな」


 隊長が脱隊を渋るようならどうしようかと思っていたが、意外にあっさりと解放してくれたため俺は一礼してテントを出た。俺も所詮は使い捨ての駒か…。

 テントを出ると俺の後ろを追いかけるように先輩兵士がついてきた。


「な、なあ、考え直そうぜ?俺が嫌だったら謝るからよ?それともあれか?お前を虐げた事まだ恨んでるのか?器の小さい奴ぐふっ!!!」

「黙れ、クズ野郎」

「なっ!!お前元とはいえ先輩に何てことをごっ!!」


 雇用契約を切った今目の前の男を見ても何の情も湧かなかった。自分の保身のことしか考えてない忌まわしい相手の顔面と土手っ腹に拳をめり込ませる度に溜飲が下がる気がした。

 当然激昂した元先輩兵士は俺につかみかかってきた。体格差により悠々と持ち上げられる俺の体。本来ならこのまま地面に叩きつけられるだろう。


 しかし、そうはならなかった。ボキッという痛々しい音と共に先輩兵士の腕がありえない方向に捻じ曲がり、血が吹き出し、俺は地面へと悠々と着地した。

 体格差や年齢差を無視してでも俺がかつて先輩兵士を倒せた理由、それは転生してから幼い頃に魔法を習得していたためだ。今俺がしたことは瞬間的に自分の体にかかる重力を10倍にし、先輩兵士が片腕で実質500kgの物体を持ち上げようとしている状況を作り出したのだ。


「あああああああっ!!!!!」

「黙れ」


 絶叫しながら地面を転げ回る先輩兵士を見ながら俺は呟いた。その瞬間、先輩兵士の声が消えた。今度は魔法で音を操作し、先輩兵士の声を可聴域よりも低くしたのだ。


「散々虐げてきた人間に虐げられる気分はどうだ?」


 冷ややかな目で質問を投げかけながら俺は先輩兵士の尻を蹴飛ばした。無様に転げ回る先輩兵士に近づいては胴体に蹴りを入れ、転がっていった先に転移して蹴りを入れ、先輩兵士のちっぽけなプライドがへし折れるまでそれを繰り返した。


 しまいには俺が近づく足音だけで先輩兵士は声にならない声を上げながら無事な腕で這ってでも逃げようとし、俺が正面に立つと涙目になりながら土下座をし始めた。何かを口走ってるようだが俺の魔法がまだ効いているため内容がわからない。仕方なく魔法を解除してやると先輩兵士の声が聞こえるようになった。


「すみません、許してください、私が悪かったです、見逃してください、何でもしますから!!」


 人って追い詰められるとどんな身勝手な人でも最後はこうなるのだろうか?それともプライドをへし折ったからだろうか?いずれにしてもそのような無様な姿を晒す相手をこれ以上痛めつける気にもならなかった。


「何でもすると言ったな?じゃあ隊長にはこう伝えろ、俺の脱隊を思いとどまるよう説得したが無理だった、原因はお前がこれまで俺の成果を横取りしてきたこと、虐げてきたことだと正直に言え。腕の怪我は俺を襲って自滅したと正直に言え」

「ま、待ってくれ!!そんなことしたら俺の立場が!!」

「ならもう一戦やるか?」

「はい、隊長には嘘偽りなく言います!!」

「あと、有り金全て寄越せ、慰謝料がわりだ。落とした事にでもすれば誰にも追及されないだろう?」

「そ、そんな…」

「何でもすると言ったよな?」

「ひ、ひいい!!」


 無事な手でお金入りの巾着袋を渡してきた先輩兵士から巾着袋を受け取り、懐に入れると俺はもう用はないとばかりに歩き出した。


「あ、そうだ、後もう一つ。少しでも事実を歪曲したり俺と敵対する事になったら今度は容赦しない。お前もお前に協力する者もまとめてこの世から消えてもらうからそのつもりでいろよ?」

「ひ、ひいいい!!」


 怯えながらあたふたと逃げていった元先輩兵士の背中を最後に俺は忌まわしい思い出しかない傭兵軍との縁を切り、あてもなく歩き出した。

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