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第9話 鉱山村の苦難

「おらっ!!さっさと運べっ!!」


 野営地を片づけて霧雨の谷を抜けた後ガルメアにこっそりと忍び込んだ俺たちの視界に入ってきたのは大量の魔鉱石が積まれたトロッコを押している人々の苦悶の表情とそんな彼らを鞭打ちにしている兵士たちの姿だった。

 元々は栄養をしっかり摂り鍛え抜かれていたであろう村人たちの体は痩せこけ、目の下には隈ができていた。


「シリウスさん、これは一体どういう事でしょうか?以前私がここに来た時はあんな酷い扱いは受けていなかったのに…」

「わからん。俺だって村の存在は知っていたが一度も来た事がなかったからな…。鉱山ってこういう環境が当たり前だったんじゃないのか?」

「違います。村の皆様は以前は決まった時間に働き、この時間は以前なら仕事に出ることは皆様していなかったんです」

「戦争のせいさ」


 俺とアリアが話していると後ろからくたびれた様子の女性の声がした。俺たちが後ろを振り向くと片腕の無い60代の女性が金槌を担いで立っていた。行商人の変装をしている状態だが少し事情を聞いてみたくなったのでいつもの口調で尋ねてみた。


「戦争?俺は傭兵にいたが最近では招集がかかるような大きな戦争なんか聞いてなかったが?」

「あたしだってわからんよ、けど、国が大勢の兵士を寄越して村のみんなを馬車馬のように働かせるとなれば余程大きな戦争でもする気なんじゃないか?で、戦争するのなら武器も防具もいるだろう?だからみんなを働かせて朝早くから夜遅くまで採掘させてるんじゃないかと思うよ?あたしもこの時間は以前はゆっくりご飯食べてる時間だったのに今から工房に出勤だよ。はあ…」


 ため息をつく女性。この人も元々は筋骨隆々で逞しい体つきをしていただろうに疲弊しきって儚げに見えた。


「おいゲルダ!!こんな所で何油を売ってやがる!!」


 今度は前方から怒鳴り声が響き、がっしりとした体格の兵士達が足音を響かせながら近づいてきた。


「今日のノルマは剣50振りと鎧50着だ!!納品が滞ってるんだぞ!?片腕の無い老耄でもその程度作れるだろうが!!早く工房に行け!!」

「はいはい、そのつもりでこうして出勤してるんだけどね」

「口答えするな!!誰が口を聞いていいと言った!!」


 そうしてゲルダに掴みかかろうとした兵士。しかし、次の瞬間兵士は後ろに吹っ飛んだ。ゲルダの目の前にはアリアが立ち塞がり、中腰の体制で兵士の鳩尾に掌底を打ち込んで仮面の下から兵士達を睨みつけていた。


「馬鹿!!何してるんだ!!」

「すみません、でもどうしても我慢できなくて…」

「だからと言って村に来たばかりの俺たちがこんなことしたら余計問題が大きくなるだろう!!」

「ですが…」


 そうした問答を俺とアリアがしている間にも残りの兵士たちは抜剣していた。


「貴様!!国に逆らうのか!?」


 兵士達が剣先をアリアに向けて怒鳴った。


「もういい、やめな。その子が手を上げたことに対する詫び賃はあたしが出す。今のやり取りで業務の開始が遅れた分は定時後工房に残ってやっておくから」

「ちっ、次は無いからな…」


 そう吐き捨てると兵士たちは村の中心へと戻っていった。ゲルダは俺たちの方を見ると、こう告げた。


「これでわかっただろう?この村に何しに来たか知らないけど用事が済んだらさっさと出ていった方がいい」


 それだけ言うと彼女は鍛冶場へと歩いていってしまった。くたびれきったその背中を見ていると遣る瀬無い思いが拭いきれなかった。


「いいんですかシリウスさん、あんな横柄な兵士たちの好き勝手を許して…」


 アリアがそう疑問を呈したが俺はゆっくりと首を横に振った。


「俺たちに何ができる?」

「でも…」

「俺は国外逃亡をする前にアリアを故郷まで送り届ける、アリアは故郷に帰る。当初の目的はそれだろう?目的を見誤るな」


 その話は終わりだと言わんばかりに俺は会話を打ち切り、村の中心へと歩を進めた。村の中を歩くと流石鉱山村というだけあって至る所に鍛冶場があった。どこに行っても兵士の姿があり、少しでも仕事をさぼっている人がいれば容赦なく鞭打ちにしていた。


「痛い痛い痛い!!」

「やめてください!!」

「うるっせえ!!仕事さぼってるのが悪いんだろうが!!嫌なら働け!!」

「お願いです、食事も睡眠も取れてなくて今にも倒れそうなんです、休みをください!!」

「休みをくれてやるのはノルマを達成したらだ!!仕事のできねえやつが何休もうとしてやがるんだ!!」


 鞭が体を打ちつける音、村人たちの悲鳴が響いた。俺は目を逸らし、アリアは痛ましげな表情をした。


 村の中心の近くの宿屋に入ると、みずぼらしい格好の主人がロビーの清掃をしていた。主人は俺たちの姿を見るとくたびれきった表情で声をかけた。


「ようこそ、宿泊されますか?」

「はい、2名でお願いします」

「承知いたしました、少々お待ちください」


 そう話すと主人は奥のカウンターから鍵を取ってきた。


「こちらには何日滞在予定ですか?」

「今のところ1週間を予定してます」

「そうでしたか、やや長めのご滞在ですが、その姿からしてこの村で行商や商品の仕入れをされる予定でしょうか?」

「そうですね、他国でも魔鉱石は一定の需要がありますから」


 俺が話を合わせると宿の主人は少し考えてから目を伏せて言った。


「悪い事は言いません。魔鉱石の買い取りなど考えない方が良いです」

「どうしてですか?」

「採掘された鉱石は全て国が没収して武器や防具にされているんです。元々採掘した鉱石は売上の一部を税金として納め、残りのお金で村人の衣食住を整えることに使っていたのですが主要生産物を国の管理下に置かれてしまいそれまでの豊かな生活が送れなくなったんです。

 かつて豊かな生活を送っていただけにそうした生活を失うことに対して絶望する村人も多く強制労働するくらいなら死を選ぶことにした村人も何人もいます」

「村の皆さんは村を出ようと思わないのですか?」


 俺と主人との会話の間に割って入るようにアリアが口を挟んだ。宿の主人はアリアの方を向き直り、目を伏せてゆっくりと首を横に振った。


「出たいのではありません、出られないのです」

「どういう事ですか?」

「村に大勢いる兵士たちを見たでしょう?採掘した魔鉱石を村人たちがちょろまかさないか、手を抜いてる人や脱走者がいないかを監視するために派遣されてきているのです。彼らは国王の勅命を理由にここでまるで暴君のように振る舞っています。彼らの命令に逆らった者は国王に逆らうのと同義、故に反逆者として処刑して構わないというのが彼らの主張です」

「ひどい話です…国王はそれを知っているのですか?」

「知ったとして私たち村人の待遇を改善するとは思えません。むしろ兵士たちの監視があるから武器や防具の安定供給ができると考えるのではありませんか?」

「では私が兵士たちを倒したらどうですか?」


 アリアがそう尋ねると宿の主人は苦笑しつつも首を横に振った。


「冗談はよしてください。あなた1人であれだけ大勢の兵士を倒すなど無謀です。できたとしてもそんな事をされますとあなたが国家への反逆者として手配され、もうこの国にはいられなくなりますよ?」

「ですが、追い払えば皆さんは以前と同じ生活に戻れませんか?」

「もっと大勢の兵士たちが派遣されてくるだけです。それまでに我々が村を出たとしても採掘や鍛治職人で生きてきた多くの村人が生活していけるような仕事があるわけではありません」

「でも…」

「もういい、行くぞ」


 なおも言い淀むアリアを制止し俺は彼女を引き連れて部屋へと向かった。部屋の扉を閉めて鍵をかけると旅装と仮面を外したアリアは納得がいかなかったのか先ほどのやり取りを追求してきた。


「シリウスさん、どうして助けようと思わないんですか?」

「宿の主人も言っていただろう?兵士を追い払ったって村人達は大半が他の土地では住めない、脱出させられたとしてもまた別の人々が強制労働させられるだけだ。最初から分かりきってるイタチごっこなんだよ」

「私は納得できません!目の前に苦しんでる人々がいるのに見て見ぬふりをするなんて…」

「下手に手を出して事を大きくしたら指名手配されるのは俺だけじゃなくなるぞ?国から追われるのは俺だけでいい、アリアまでそんなふうになる必要はない」

「ですが…!」

「理想論だけではやっていけない、それがこの世界だ。人を助けるのは良いことだが自分を犠牲にしてまでするのは本末転倒だろう?ましてや権力者を敵に回して自分の命を危険に晒してまでここの村人を兵士たちから解放したとしてそれで彼らを救えないことも分かりきってるだろう?」

「それは…」

「人を救うってのは口にするのは簡単だが、短絡的な思考で動いたって付け焼き刃な対策にしかならないんだ。目先の苦しみを解決したとして本質的な問題が残るなら本当の意味で救ったとは言えないだろう?」

「じゃあ、私たちは何もしないで宿の主人さんが言うようにさっさと村を出るのが正しいのですか?」

「無事にエウレアに辿り着くという当初の目的のためならな」


 俺はそう言うと部屋に置いてあった水を飲みながら窓の外を眺めた。アリアはしばらく黙っていたがやがてポツリと言葉を漏らした。


「私は嫌です、ここの人々を見捨てるなんて…」

「そう思うのはアリアの自由だが聖女がこんな辺境で兵士たちと戦うなんてしてたら確実に追手が増えるぞ?今はまだ国の上層部に見つかっていないからここまでは無事に辿り着いていたが」

「ですが、自分の身を守るためだけにこの村を放置するなんて…」

「安易に手を差し伸べたとしてもそれが必ずしも救いにはならんぞ?」

「どういうことですか?」

「救いの手を差し伸べたら人々は最初は感謝する。だが、その後もそうなるとは限らない。一部の人たちはいつしかそれを当然と思うようになり、救いの手が期待通りでなかったら不平や文句を言うようにもなるだろう。それでも助けたいと思うか?」

「それは…」

「感謝されたくて人を助けようとするなら優しさを履き違えているんだ。時に手を差し伸べないことも優しさだ」


 話は終わりだと言わんばかりに会話を打ち切ると俺はベッドに横になり眠った。だからか、アリアの口からこんな呟きがあった事など知るはずもなかった。


「私は諦めませんから…!」

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