第90話 わかったよ
「思い当たること……って言われてもな。どうせ全部知ってて言ってんだろ?」
貴樹は苦笑いしながら陽太の質問に返す。
美雪と比べれば、陽太とは中学からの付き合いであり相対的には短い。
それでも中学3年間同じサッカー部で切磋琢磨してきた間柄でもあり、彼の考えていることはだいたい予想できた。
「ははは、まぁそう言わずに。僕は後輩クンのことはある程度分かるけど、相手のことはそんな詳しくないからさ」
「俺だってそんなに知ってる訳じゃないって。そりゃどっちも美雪のいとこってことくらいは知ってるけどさ」
「ふぅん……」
陽太は探るような視線を見せたあと続ける。
「……じゃあさ、進展するように僕たちで手助けするってのはどう?」
貴樹にとってはなんとなく予想していた通りの提案だったが、それを悟られぬよう、少し眉間にしわを寄せながら考えるフリをした。
「……んー、それってどうなんかなぁ。いちお、美雪の従姉弟だしさ。俺が勝手に下手なことするとヤバいんだよな」
そのくらいで美雪に嫌われたりしないだろうが、それでも後でバレたときには小言のひとつやふたつ……いや、将来にわたって言い続けられてもおかしくない。そんな恰好のネタをわざわざ自分から提供することなど避けたいのが本音だ。
そして貴樹が黙っていても、すぐにバレるだろうことなど簡単に予想がつく。
しかし陽太も同じように予想していた返答だったのだろう。
あからさまにわざとらしく言った。
「えー。それじゃあさ、僕だけで動いちゃうけど良いの? ……それか、清水さんにも入ってもらおうよ。僕から話してもいいけど?」
「う……。あー」
言葉に詰まった貴樹は思考を巡らせる。
陽太なら面白がっていろんなことを画策するに違いない。
これまでそれに引っ掻き回されたこともある。そもそも思い返せば、自分と美雪のことにだって彼の介入があったのだから。
(まぁ、直接それがどうこうってわけじゃないけど……)
とはいえ、実際付き合うことになったのはもっと過去からのことだから、中学からの友人である陽太とは直接の関係はない。
それはそれとして……。
(陽太の考えが読めねぇ……。もともとこういうこと好きなヤツだけど、まだそこまで親しいワケじゃないだろうし……)
優斗が入学してきてまだ1カ月足らず。
同じサッカー部とはいえ、部員も多い部活のなかで学年も違うし、そんなに深い交流があるとは思えないからだ。
貴樹は思い切って聞いてみることにした。
「なんで陽太が動こうって思ったんだ?」
陽太はにやりと含んだ口元を見せながらもったいぶって答えた。
「んー、実はさ。ちょっと前、後輩クンから相談されたんだよね」
「相談? 何を?」
「亜希がさ、バイトしてるじゃん? そのバイト先の子とセッティングできないかって」
「バイト先……」
陽太の彼女である亜希は貴樹のクラスメートでもある。
亜希はメイド喫茶でアルバイトをしているから、「バイト先」というのはそこのことだろう。
となると、そのメイド喫茶でバイトしている女の子を紹介してほしい、という意味なのだろう。
そのメイド喫茶で働いている子を全て知っているわけではないものの、貴樹だって何度も行ったことはあるから、じっくり考えればそのうち何人かの女の子の顔は想像できた。
とはいえ、真っ先に出てきたのは玲奈だ。
ある種、美雪と因縁がある――過去にあったとも――同級生の彼女の印象が強すぎて、なかなかほかの子の顔が思い浮かばない。
玲奈は顔もいいし、バイト先での天職と思えるような雰囲気を見ている限り、彼女に興味を持つ男子はいくらでもいるだろう。
その様子を見ていた陽太は、貴樹の頭の中を予想したのだろう。
そのまま続けた。
「ま、貴樹の予想通り。一応、亜希にも話して、聞いてもらったんだけどね。……どうやら、あんまり男子に興味なさそう……って感じでさ」
「玲奈は……そうだろうなぁ」
いくら情報通の陽太でも知らないだろうが、自分と美雪は玲奈本人から彼女の幼少期のことを教えてもらっている。
父親から虐待されていたこともあって、男性に対しての忌避感があるのだろう。
アルバイト先ではそんな素振りは見せないけれども。
「逆に、玲奈も後輩クンのことを覚えていてさ。拗れるのも嫌だから、幼馴染の子とくっつくようになんとかしてくれって言われちゃってさ」
「あー……」
確かに玲奈なら言いかねない。
男性の怖さをよく知っているからこそ、はっきりと断りにくいのだということも気持ちとしては理解できる。
ただ、貴樹からすると、中途半端に期待を持たせるような言動よりはマシだと思うのだが、それも難しいのだろう。
それを考えれば、確かに優斗が別の彼女を作ってしまえばその心配も自動的に消滅する。
(陽太はそれに乗っかった、って感じか……。ま、半分以上は陽太の「趣味」だろうけどな)
となると、貴樹の協力の有無とは関係なく陽太は亜希と動くのだろう。
夕食前に瑞香と話をしていることもあって、ここで何もしないのも彼女に悪いと思ってしまった。
「……で、貴樹はどうする?」
改めて陽太に問われて、貴樹は「わかったよ、俺たちでできる範囲でな」と、首を縦に振った。




