第83話 大丈夫なの!?
(知らない天井ってこういうことか……)
貴樹がぼんやりとした視界で見上げた天井は、白く、そしてカーテンを吊っている吊り棒がいくつも垂れ下がっているものだった。
その光景からすぐにこれが病院かなにかだということに気づく。
それと同時に、ズキッと頭が痛んで、片手でその部位を押さえた。
手に伝わる感触からは、頭にはなにかネットのようなものが被せられていて、痛むところには直接触ることができなかった。
痛みはあるものの、身体の何処かに異常があるようには感じられなくて、 首を動かして周りを見た。
と言っても、窓の外の青空と、ベージュのカーテンでベッドが仕切られているのが見えるだけだ。
記憶を辿る。
確か障害物競走を走っていたところまでは覚えている。
ただ、その途中からの記憶は残っていない。
(ヘマったんかな……?)
よくわからないが、何かあったからこうして病院に寝ているのだろう。
たぶん美雪が見ていただろうから、後で会うことができればきっと教えてくれるだろう。
「あーあ。俺の負けか……」
賭けは負けなんだろう。
もしかしたら、記憶にないだけで勝ってゴールしているという可能性もないわけではないけれど、たぶんそうではないだろう。
勝ち誇る美雪の顔が目に浮かぶ。
ただ……それでもこうしてひとりで寝ているよりは、そのほうがまだいいと思いながら、もう一度目を閉じた。
◆
次に目が覚めたときは、 頭の痛みはまだあるけれど、前よりはだいぶマシに思えた。
その代わりに、お腹が空いた、というサインが体から発せられていた。
目を開けて時計を探すと、ベッド脇にあるテレビ台の上に小さな時計が見えた。
「2時か」
その時計を信じるならば、午後2時だということがわかる。
太陽の高さからしても、それほど大きなズレはないだろう。
となると、昼食を摂っていないのだから、お腹が空いていても仕方ないと思えた。
「……よっと」
上半身を起こす。
それと同時に少しだけズキンと痛む。
頭と、左腕と。
腕のほうはそれまで気づかなかったけれど、よく見れば青いアザができていた。
ただ、そのくらいなら大したことではない。サッカーをしていた頃には日常茶飯事だったから。
中学校の頃は、新しいアザを作るたびに、朝起こしにきた美雪から指摘されていたのを思い出す。
枕を立てかけて背中を預けたあと、他に異常がないかを確認する。
手も足も、特に問題なく動くようだ。
この感じなら、骨折をしているようでもない。
腕に点滴のチューブが付いているわけでもないから、ベッドから降りることもできるだろう。
……勝手なことをすると怒られるかもしれない、と思って何もしなかったけれど。
――と、そのとき。
「坂上さん、失礼します……」
カーテン越しに控えめな声で呼ばれたあと、返事をする前に、その隙間から知らぬ女性が顔を出した。
白いナース服を着ていたから、すぐに看護師であることはわかった。
「はい」
遅れて貴樹が返事をすると、彼女――名札に「山下」と書かれていた――は満足そうに頷く。
笑顔が似合う女性ではあるが、自分の母親くらいの年令に見えるのは残念だったけれども。
「目が覚めてたんですね。どうですか? 変なところはないですか?」
「はい。頭と腕が少し痛いですが、他には……」
「わかりました。寝ている間に一通りは検査してますけど、何かあったらすぐ言ってくださいね。後で先生には来てもらいますから、詳しくはそのときにお願いします」
「わかりました。……俺、しばらく入院する感じですか?」
とりあえずそれだけは聞いておきたくて、看護師に訪ねた。
すると、彼女は軽く首を振った。
「あまり私の口からは軽々しく言えませんけど、たぶんすぐに退院ですよ。念のためMRIを撮ってからになりますが」
「そうですか、ありがとうございます。あと、お腹が空いたんですが……」
「急だったので病院食はありませんけど、その冷蔵庫に付き添いの方がお弁当と飲み物をを入れてくれてますよ」
彼女はテレビの下にある、小さな冷蔵庫を指さした。
「あ、そうなんですね。ありがとうございます」
貴樹は礼を返しながら、腕を伸ばして冷蔵庫を開けた。
するとタッパーに入ったままのおにぎりやおかずが見て取れた。ペットボトルのお茶もある。
恐らく、体育祭に持ってきてくれた雪子さんの弁当なのだろうと想像した。
「では、何かあったらナースコールで呼んでくださいね」
看護師の山下はそう言ってカーテンを閉めた。
それを見送ってから、貴樹はベッドサイドに腰掛け直して、冷蔵庫の中から弁当とお茶を取り出す。
ペットボトルからお茶をひと口飲み込むと、喉にすーっと冷たい感触が伝わってきて気持ちいい。
あまり意識はなかったけれど、喉が渇いていたことにそれで気づき、そのままごくごくと半分ほど飲んだ。
「ふーっ……」
そしてひと息ついたあと、タッパーを引き出しテーブルに載せて蓋を開けると、から揚げの匂いが鼻腔をくすぐる。
「いただきます」
誰も見ていないけれど、一応手を合わせてから箸を手にする。
そして、真っ先においしそうなから揚げに箸を伸ばしたとき――。
勢いよく病室の扉が開く音がしたと思ったとたん、「ジャッ!」と音を立ててカーテンが開けられた。
「――貴樹! 大丈夫なの!?」
それは聞きなれた声だけれども、急いでいたのか大きく肩で息をしている美雪だった。




