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第56話 他の子に取られるよりは……

 立ち上がった美雪は、躊躇しながらも、意を決してクロゼットを開けた。

 そして、一着の服を取り出す。……フリフリのフリルが付いたメイド服を。


 それを目にした瑞香は、なにを意味しているのかわからなくて、目を(しばたた)かせた。


「……えっと、美雪……さん? これ、メイド服ですよね……?」


「……それ以外の何かに見える?」


「見えません。……これと、付き合う流れに何か関係が?」


 瑞香はまだいまいちよくわかっていない様子だった。

 とはいえそれも当然だ。

 いきなりメイド服を見せられただけで理解できる人がいるわけがない。


「あのね。……毎朝これ着て起こしに行った」


「……は?」


 何を言っているのか理解できなくて、瑞香は間の抜けた声を上げた。

 美雪は自分でも言っていて恥ずかしくなり、頬を真っ赤に染める。


「だ、だからっ……! 彼がメイドさんが好きみたいだったから……これ着たら、ちょっとは気にしてくれるかな……って……」


「……は、はぁ……」


 瑞香は、とりあえず意中の彼が興味をもつような格好で気を惹いた、ということは理解した。

 しかも、眼の前の美雪がこの格好をすれば、確かにかなりの破壊力があることはよく分かる。


(……しかも、毎朝その格好で起こしに行った……って……)


 そんなことをされてなびかない男がいるとは思えない。

 そう考えると、ちゃんと結果も出しているし、美雪の作戦は成功したのだろう。


 ただ――。


「……美雪さん、すごすぎます……。私にはとても無理……」


 こんな恥ずかしい格好をして、優斗に会うなどできるはずがないと思った。


「わ、私だって恥ずかしいよ……。でも、他の子に取られるよりは……」


「確かに……。でも……」


 それはその通りだけれども、それでも恥ずかしいものは恥ずかしい。

 美雪は瑞香をなだめるように言った。


「まぁまぁ。別にこうしろって言ってる話じゃなくない? 私はこうしたよ、って話だけでしょ? 優斗がどうなのかわかんないし……」


「あっ、そうでしたね……」


 美雪の言う通り、瑞香が聞いたのは「どうやって付き合う流れになったか」ということだ。

 元々、瑞香が同じことを真似しろという話ではなかった。


「……でも、瑞香のメイド服、似合うと思うなぁ」


 美雪はポツリと呟く。

 自分とは違って、瑞香は長い黒髪で、線の細い美人系だ。

 どちらかというと長めのスカートのメイド服を着れば、さぞ映えるだろうと思えた。


「うう……。優斗がそういうの好きって分かってたら、着てみてもいいんですけれど……」


 確実に結果が得られる確証があれば、多少恥ずかしいのは我慢してでも着ることはアリだとは思えた。

 とはいえ、空振りになる可能性があるのであれば、ただの黒歴史を作るだけだ。


「それはきっと大丈夫。メイドさんが嫌いな男の子なんていないよー」


「そ、そうなんですか……?」


「うん。貴樹が言ってた。……男のロマンだって」


 半信半疑で聞き返した瑞香に、美雪は彼の言葉を借りて力説した。


「……まぁ、それはそうとして、もしかしたらゆうくんは特殊な男の子かもしれないし、私が確認してみるけど?」


「確認なんてできるんですか……?」


 それができるのであれば間違いないのだが、瑞香には手段が想像できなかった。

 まさか美雪がメイド服を着て彼に会う、というわけでもないだろう。

 ……もしそれなら、優斗が美雪に惚れるのは間違いないと思えて、むしろそれは勘弁して欲しいことだ。


「うん。さっき、ゆうくんの進路の話、聞いてみようかって言ったでしょ? ちょうど良い場所があってね」


 ◆


 ――その日の午後。


 美雪は優斗に連絡を取って、ふたりで進路相談をしようと待ち合わせをしていた。

 場所は駅前だ。


 普段あまり履かないジーンズに、上はいつものダッフルコートを羽織っていた。

 もともと、美雪はそれほどスカートを履くタイプではなかったのだが、貴樹と出歩くときは基本的にスカートを履いていた。

 それはもちろん、少しでも女の子として見てほしかったのが一番の理由だ。

 ただ、今回は目的があったから、地味な格好をあえて選んだのだ。


「美雪姉さん!」


 美雪が待っていると、走ってきたのか、少し息を切らした優斗が元気よく声を掛けた。


「や、元気だねー」


「はい。……でも部活引退してから、だいぶ(なま)りました」


「あはは、それ、貴樹も言ってたなぁ。……行こっか」


「はい」


 美雪は先導して、話をするために目的の場所に向かう。

 しばらく歩くとすぐにそのビルにたどり着いた。

 それはいつもの(?)、メイド喫茶だ。


「……えっと、ここで……ですか?」


「うん。……ゆうくん初めて?」


「はい……」


 戸惑いを隠せない優斗に、美雪は軽い調子で返した。

 美雪も初めてのときは戸惑ったが、何度か来るうちに慣れてしまったことを思い、彼の様子が微笑ましく目に写った。


「すぐ慣れるよ。……ここ、私の友達も何人かバイトしてるんだよね」


 そう言いながら、美雪は先導して階段を上り、メイド喫茶の扉に手をかけた。

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