第49話 どうしたの急に?
午前中、宿題を済ませたあと、ふたりで歩いて駅前に来てはみたが、目的地は決まっていなかった。
結局行くあてもなくて、そのまま駅近くのショッピングモールに足を踏み入れた。
「あ、そうだ。ブーツ見ていい?」
ぶらぶらと一階を歩いているとき、靴売り場に差し掛かると、美雪は思いついたように聞いた。
普段はどこに行く場合でも、通学でも使っている黒いローファーを履いていたけれど、寒いのが気になっていた。
「良いぜ。どんなの考えてるんだ?」
ふたりは足を止めて、ちょうどシーズン物として店頭に並べられているブーツに目を落とした。
「特には……。ねぇ、私にどんなのが似合うと思う?」
「ブーツって種類が多いからなぁ……」
パッと見ただけでもショートからロングまで種類も豊富で、色も様々だ。
ピンク色とかのカラフルなものや、ベルトがいっぱい付いているようなブーツもあったが、流石にそういうのが自分に似合わないことは、美雪も重々承知していた。
「普段から履くつもりなのか?」
「ん、そのつもり」
「そうか。あんま長いのは履きにくい?」
「どうだろ? 履いたこと無いから」
美雪はぱっと目についた、ふくらはぎ程もある長いロングブーツを手に取った。
そして、据え付けられたスツールに腰掛けると、片足を差し込んでファスナーを閉める。
「んーむ……。ピッチリ感がすごい……」
履きなれないからなのか、包まれている感じがすごくて、足首も窮屈に感じた。
「最初は短めのほうが良いんじゃないか?」
「そうかも……」
「手入れしやすい方がいいのかな……」
貴樹はそう考えて、コートには似合うと思ったけれど、雨の日に手入れが大変そうなスエード調のものは避けて、素直にブラックのショートブーツを考えた。
「俺なら、こういう短めの黒かな。ブラウンも良いけど、黒のが何でも合うだろうし」
「試してみる」
そう言いながら、値段を見ながらいくつか候補のブーツを見繕って、試し履きをしてみる。
ファスナーも付いているし、ショートブーツなら脱ぎ履きもそれほど大変ではなさそうだった。
そのなかで、履いた感じがしっくりくるものを履いて、店内を少し歩く。いつもの靴より踵が高いから違和感があるが、慣れれば大丈夫そうに思えた。
「これがいいかな。変じゃない?」
「ああ、いいんじゃないか?」
見慣れないからまだ違和感が少しあるけれど、いつものローファーよりはコートに馴染んでいる気がした。
「ん、ありがと。じゃ、これ買うー」
美雪は靴を元のに履き替えると、それを持ってレジに向かった。
貴樹もそれについて行き、支払いをするのを眺めていた。
「おまたせ」
ブーツの入った紙袋を手に下げて、満足そうに笑顔を見せる。
「んじゃ、次どうする?」
貴樹が聞くと、美雪は首を傾げて少し考えてから、答えた。
「本屋……かな?」
「本屋? なんか目当てが?」
「んー、料理の本見たいかなって」
「ああ、まぁ基本は知っといてもいいかもな」
貴樹も合点がいったようで、そう頷く。
料理を覚えたいという美雪だが、いつも自分が付きっきりで教えるわけにもいかない。それに貴樹も母に教わっただけで、基本から詳しく知っている訳でもなかった。
「ん、そう思って」
「確か本屋は3階だったかな。……ほら、持っといてやる」
美雪の買ったブーツを代わりに持とうと、貴樹が手を差し出す。
「え、どうしたの急に? このくらいなら自分で持てるよ?」
今までそんなことを言われた経験がなかった美雪は目を丸くした。
「まぁ……。一応彼氏だから、持ってやるよ……。それに、本探すとき邪魔だろ?」
貴樹は少し目線を逸らして照れながら答える。
それが何故だか可愛く見えて、美雪は口元をにんまりとさせる。
「んふふ、わかった。ありがと」
美雪は嬉しそうにしながら、彼に手提げ袋を手渡して「さ、行くよっ」とくるっと背中を向けた。
◆
「こんにちは。ふたりとも相変わらずね」
――そんなタイミングで声がかけられて、ふたりは振り返った。
「あ、玲奈……」
「よお」
そこには、小さめのバックを背負った玲奈がひとりで立っていた。
申し訳なさそうに玲奈が聞く。
「デート中? ごめんね、声掛けて」
「ううん、いいよ。玲奈はどうしたの?」
「ちょっとバイトの面接にね」
逆に美雪が尋ねると、照れくさそうに玲奈は答えた。
「へー、バイトするんだ……。どんなところ?」
「うん。……そこなんだけど」
そう言って指さしたのは、先ほど通り過ぎたばかりの場所だった。
そう、メイド喫茶の方を。
「え……。そうなの? それじゃ、亜希ちゃんと一緒かぁ」
「時給良いし、ちょっと着てみたいって思ってたから。似合うかはわからないけど……」
美雪は改めて玲奈を見て、彼女がメイド服を纏った姿を想像してみた。
「似合うと思うよ。玲奈なら……人気出そう」
真面目なタイプには見えないけど、もともと顔もスタイルも良いのだから、心配はなさそうに見えた。
「ありがと。美雪もきっと似合うと思うけど……こういう仕事には向いてないかな? あ、気を悪くしないでね」
玲奈は思ったことを素直に口にした。
まだ小学校の頃の美雪のイメージが強く残っている玲奈からすれば、社交的な仕事が向くようにあまり思えなかったのだ。
「うん。私には無理……。恥ずかしすぎるよ……」
「ふふ、だよね。……でも美雪のそういう格好、私も見てみたいわ」
「あはは……」
美雪は乾いた笑いを返した。
貴樹の前ではもう見せていたが、流石に彼以外に見せることはできそうにない。
「……それで、お父さんのことは、大丈夫?」
美雪が控えめに聞くと、玲奈は苦笑いを浮かべる。
「ええ。お母さんとも相談したけど、次会ったらすぐ警察呼ぶわ」
「そっか。大変だね……」
「ふふ、この前は恥ずかしいところ見せたわね。……それじゃ、あんまり邪魔したら悪いから、またね」
「うん。それじゃ」
小さく笑って手を振りながら、玲奈はひとり歩いて立ち去った。
それを見送ってから、美雪が呟く。
「すごいなぁ……。バイトか……」
バイトすれば遊ぶ小遣いになるけれど……。
とはいえ、よく考えてみれば、特定の趣味を持たない美雪にとって、小遣いで足りなくなることもない。
「まぁ、大学入ってからだろ、バイトは。美雪は睡眠時間がな……」
確かに彼の言う通り、そもそも時間がない。
バイトする時間があれば、今は彼と少しでも一緒に居たいと思った。
◆
「――それじゃ、今日は帰るね。また明日、宿題のチェックに来るから」
結局、ショッピングモールをぶらぶらして帰ったあと、美雪は夕方そう言い残して家に帰っていった。
「ああ。またな」
「ん。……あ、そうだ。お正月って予定ある?」
不意に美雪が尋ねると、貴樹は少し考えてから答えた。
「……いや。別にないと思う」
「そっか。なら、ふたりで初詣行こ」
「良いけど……。意外だな。美雪そんなのあんま気にしなかったのに」
今まで、年末年始も一緒にいることはいつものことだが、正月は人が多いからあまり出かけたりせずに、家でのんびりしていることが多かった。
「……ま、まぁ良いでしょ、たまには。――あ、3日は親戚の家に行くから、ごめんね」
貴樹の疑問に、美雪はなぜか視線を泳がせつつ、話を変えた。
怪訝に思いながらも、とりあえず気にしないことにする。
「ああ、それじゃな」
「ん、バイバイ」
片手を振りながら帰る美雪を見送る。
――とはいえ、『また明日』を待たずして顔を合わせることになるのだが、それはまた別の話だ。




