第46話 ……私、ココがいい
「今日は勉強もう終わりにしよ」
ケーキを食べたあと、宿題の続きをしようとした貴樹に、美雪はそう言った。
これまでの美雪なら「冬休みの宿題が全部終わるまで遊ぶの禁止!」と言うような気がしていたので、それが意外だった。
「どうしたんだ? まだ結構残ってるぞ、宿題……」
「ごめん、なんか調子出なくて。こういうときは、やめとこうかなって……」
「……わかったよ」
午後、なにか様子がおかしいと思っていたことにきっと関係あるのだろうか。
「それで、これからどうする?」
「んー」
代わりに何をするのかと貴樹に聞かれて、美雪は考え込む。
特に何かやりたいことがあったわけでもなかったからだ。
「……私は、貴樹と一緒ならなんでもいいよ?」
それは美雪の素直な気持ちだった。
クリスマスは特別だけど、それは昨晩一生忘れ得ぬ記憶として刻まれていた。
だから、今日もこうして大好きな彼とふたりで過ごせるだけで満足だ。
「それじゃ、まだ見てない秋アニメあるから見てみる?」
「普段そういうの見ないけど……。うん、良いよ」
美雪は二つ返事で頷く。
何事も勉強だと思えば、これからはやったことがないこと、見たことがないものにも挑戦してみよう。
……できれば貴樹と一緒に。
(今までそういうの避けてきたから、こんな自分になっちゃったのかな……)
そんなことを考えているなんて思いもよらない貴樹は、録画してあったアニメの第1話の再生を始めた。
「……私、ココがいい」
美雪はコタツに座る彼の膝を割って、コタツと彼の間に強引に座ると、彼の胸に背中を預けた。
ちょうど貴樹が座椅子代わりになるような格好だ。
(背中があったかい……)
包まれているような彼の温もりが気持ちいい。
もちろん、足はコタツに入れているから、それも暖かくて。
体だけでなく、心まで暖かくなるようだった。
アニメはオープニングから始まって、淡々と物語が進む。
主人公は長い時を生きるエルフの少女のようで、人とは時間感覚が違うことから、様々な出会いと別れを繰り返していく……そういう話のようだ。
「……なんか、哀しいね」
最後の辺りでは、勇者との死別が描かれていて――つい、自分もいつか貴樹とこうして別れる時が来ることを想像してしまった。
どちらが先に死ぬことになるのかわからないけど、同時に事故死などでない限り、きっとどちらかが遺されるのだろう。
「……美雪って涙脆い?」
「う……。せめて想像力が豊かって言ってよね」
気付くと、美雪の目には涙が浮かんでいた。
自分が先に逝くなら残る貴樹のことが心配だし、逆なら涙が涸れないくらい泣くに違いない。
だって、こうして想像しただけでも涙が出てくるのだから。
ふと――後ろから腕が回されて、美雪は抱きしめられていた。
「貴樹……?」
「あ、ごめん。なんとなく……」
「ううん、いいよ。嬉しい」
小さく肩を震わせる美雪が辛そうで、少しでも和らぐかと思ってのことだった。
今回は別に哀しいことがあったわけではないけれど、できるだけ美雪には笑顔でいて欲しくて。
だから、これからも彼女が哀しい顔をしているときは、こうして抱きしめようと思った。
「続き見るの、やめる?」
「いや、見るよ」
貴樹が確認するが、美雪はそのまま見ると答えた。
哀しいシーンがあるのはそうだけれども、見ていて面白いとも思えたから。
それも含めてひとつの作品として。
――結局、4話まで見て今日は終わりにした。
外を見ると薄暗くなりかけていて、そろそろ陽が沈むような時間だ。
「ふー」
美雪が貴樹に背中を預けたまま、両手を大きく上げて背筋を伸ばすと、少し癖のある黒髪が貴樹の顔に触れる。
貴樹がふいにその髪の末端を手に取って、鼻に付けて匂いを嗅いだ。
「――え、なに⁉︎」
一瞬、美雪は驚いたような声を出したが、そのまま気にせず続けた。
「……いや、なんとなく。美雪の髪の香り、なんか落ち着く」
「変な匂いじゃないよね? 多分シャンプーの匂いだと思うけど……」
「俺は好きな匂い……というか、いつも部屋にうっすら漂ってるな、この香り。美雪の匂いだったのか……」
思い返してみれば、いつも部屋に戻ったとき、この匂いを薄めたような香りがしていたことに気づく。
特に自分のベッドに彼女が寝たときは、枕にも香りが残っていた。
「まぁ、長いこと同じシャンプー使ってるから。私もこの匂い好きだし」
「……なんか、いつの間にか、美雪にマーキングされてたんだなって今気づいたよ」
「そ、そう……?」
自分では全然意識したことがなかった。
というよりも、自分の匂いなんてわかるわけがない。慣れすぎてしまっていて。
ただ、彼の部屋に匂いが残るほど、いつもこの部屋に来ているってことなのか。
(でも……ちょっと嬉しいかも)
彼に自分の匂いが好きだと言ってもらえて。
多少強引にでも毎日通った甲斐があったのかもしれない。
美雪はそう思いながら、彼が髪を触っている感触にうっとりと身を任せた。




