第43話 私からのプレゼント
翌朝――。
先に目が覚めた美雪は、まだぼーっとする頭で昨晩のことを思い返していた。
(……夢じゃないよね……?)
そう思えるほど夢みたいな夜だった。
お互い初めてで、貴樹に身体を見られるのもすごく恥ずかしかったけれども、本当に気を遣ってくれていたのが嬉しくて。
やっぱり彼で良かったと改めて思う。
「んふふ……」
貴樹の顔を間近で見ていると自然と笑顔が溢れ、つい額をコツンと彼にぶつけた。
それを感じ取ったのか、彼がもぞっと身動ぎする。
「……おはようございます。ご主人さま」
今はメイド服を着てはいないけれども、彼の耳元でそう囁くと、ゆっくりと目が開いた。
「あ……。おはよう、美雪」
「うん、おはよう」
美雪は応じながら、そっと彼の頬に口づけをした。
そして、抱きまくらのように彼に抱きつこうと足を絡めかけて――膝に違和感が伝わる。
「……むむ? なんか……朝から元気……」
「いや、朝だからだって! そもそも……」
(美雪が朝からこんな……。ヤバいって……!)
心のなかで続けながら、貴樹は焦った。
初めての行為からまだ一晩明けただけで、脳裏にその時の彼女の姿が焼き付いている。
それでいてこんな状況なのだから、元気にならない訳がない。
「そもそも……?」
「せ、生理現象だって! すぐ治まるから……」
「そ、そーなんだ。ふーん……」
そう答える美雪の顔が、心なしか赤い気がした。
(可愛すぎんだろ……!)
初々しい彼女が愛しくて、胸が高鳴り、目が離せなかった。
美雪はそんな貴樹に構わず、そのままギュッと身体を寄せて、耳元で呟いた。
「……ねぇ、枕元見てよ」
「――え?」
ハッとして、貴樹は自分の枕の奥に視線を向ける。
そこにはいつの間にか、小さくて細長い箱が置かれていた。ピンクのリボン付きの。
「私からのプレゼント。大したものじゃないけど」
貴樹は片手を伸ばしてそれを手に取ると、軽く箱を振ってみた。
小さくカタカタという音がして――。
「……ボールペンとか?」
「惜しい。……開けていいよ」
促されて、仰向けになったまま、包装紙を留めるシールを剥がす。
本当は体を起こしてからにしたかったけれど、美雪が横から抱きついたままでは、それはできそうにない。
包装紙を取ると、中から小箱。
そしてその小箱をそっと開けた。
コトッ!
「――いてっ!」
中からこぼれ出たものが、ちょうど貴樹の首のあたりに落ちた。
「あはは、大丈夫?」
「おう。……シャーペン?」
改めて手に取ったそれは、青い軸のシャープペンシルだった。
しっかりとした造りで、それなりの値段がしそうで。
「うん。貴樹にはもっともっと勉強頑張ってもらわないとね」
「マジか……」
第一声では、ついそう答えてしまったけれど、すぐに「……ありがとう」と言った。
「2年になるとき、成績順でクラス決まるでしょ。多分今くらいなら同じクラスになるとは思うの。……貴樹と別のクラスなんて嫌だもん」
「そんな話もあったなぁ……」
通っている高校は、1年では文系理系が分かれていなくて4クラスある。今ふたりが同じクラスなのは偶然だ。
2年になると文系2クラス、理系2クラスに分かれる。そして、それぞれ1年のときの成績上位者と下位者のクラスに分かれるのだ。
美雪はもちろん優秀者のクラス確定だろうが、貴樹も今の成績を維持できれば、恐らく同じクラスになれそうではあった。
「……私が勉強教えてるのって、実はそのためでもあるんだよ?」
「そうなのか。全然知らなかったよ」
最初からそのことを見越して、美雪は貴樹を鍛えていた。もちろん、それだけではないとしても。
「クラスが別れたら、宿題とかも違うからね。進む範囲も変わってくるし。どうしても教えにくくなっちゃうから……」
「確かにな。同じ教科でも違う先生のこともあるし」
「うん。だからもっとビシバシ鍛えるからね。むふふ」
そう言いながらも、美雪は嬉しそうに笑う。
付き合う前であっても、同じクラスになりたいと思っていたけど、今なら尚更だ。
2年になるとすぐに修学旅行もある。
クラス単位で行動することも多いのだから、どうしても同じクラスになりたかった。
「……でね、実はもうひとつプレゼントがあるの。こっちが本命……」
そう言いながら、美雪はリボンを手に取ると、自分の頭にカチューシャのように結び直す。
さっき貴樹が解いたプレゼントに結ばれていたものだ。
――そして照れながら笑った。
「も、もうひとつってのは、私……じゃダメかな?」
「…………」
「――な、な、なんか言ってよ! バカ貴樹!」
突然のことに驚いた貴樹が何も言えずにいたら、美雪は頬を真っ赤にしつつ、彼の胸を軽く叩いた。
「あ、いやぁ……びっくりして」
「うー、ほんとは昨日言おうって思ってたけど、そんな雰囲気じゃなかったから」
「うん……。それじゃ、ありがたく」
貴樹はそう答えると、美雪の体を抱き寄せて強く抱きしめながら、唇を重ねた。
「んん……」
美雪は鼻にかかった声を小さく上げて、伝わってくる彼の想いをしっかりと味わっていた。
(ほんと、夢みたい……)
さっき目が覚めた時にも思ったけど、これが夢でないことを願う。
「……でもこのプレゼントは大事にしないと怒り出すからね? ……ワレモノだし」
彼女自身も自覚していたけれど、精神的な強さには自信がなかった。
彼が側にいてくれたから、今もこうして元気に過ごせているけれど、もし……そうじゃなかったら……。
「……それは充分わかってるって」
それを知っている貴樹は、美雪の言葉にしっかりと頷いて、リボンを付けたままの頭を優しく撫でる。
「……貴樹にプレゼントって、久しぶり」
「そういやそうだな」
小学校の頃は、ちょっとした文房具などをプレゼント交換していた記憶があった。
ただ、中学校に入ってから特別なことはしていないから、4年ぶりだ。
「それじゃ、起きる?」
「おう」
貴樹の返事を待ってから、美雪は大きく伸びをして身体を反らした。




