第40話 貴樹が言ったからだよ?
玲奈と別れて家に帰ってから、美雪は貴樹の部屋で腰から下を布団で温めながら、彼に膝枕をしてもらっていた。
「……と言う感じ?」
美雪はメイド喫茶での玲奈との話を、かいつまんで説明する。
「……そうか。……良かったんじゃないか。もう心配はないだろ」
「うん。まぁ、スッキリかって言われたら、まだよくわからないけど。……あ、手が止まってるよ?」
美雪は頭を撫でてもらっていたが、いつの間にか貴樹の手が止まっていることを指摘する。
「悪い悪い」
「むふふ、いっぱい褒めてもらうって約束だもん」
手が優しく動き出したことで、美雪は目尻を下げる。
仮に玲奈とのことが解決していなかったとしても、こうして彼が癒してくれるなら正直些細なことにも思えた。
だって、ずっと心の奥底に残っていた嫌な思い出も、貴樹が本当に過去のことにしてくれたのだから。
「よしよし、美雪はよく頑張ったよ。もう心配なことはないか?」
「……んー?」
彼に聞かれて記憶を探る。
このたった1ヶ月の間で色々なことがあった。
そのなかでも美雪にとって一番なのは、やっぱりこうして彼に甘えられる関係になれたことだ。
そして今日のこともそう。
「うん、今は何もないよ」
「そうか。……もうすぐクリスマスだな」
安心した貴樹は、カレンダーに目を向けた。
「だね。終業式終わったら、ケーキ作るからね」
「まさか美雪がケーキ作るようになるとはなぁ……」
料理や家事などが苦手な美雪が、そういうことを自分からしようというのが、貴樹にとっては意外なことだった。
そんな彼女がメイド服を着てくるというのにも。
貴樹の言葉に、美雪は膝の上で一瞬眉を顰める。
しかし彼からは目線を逸らして呟いた。
「……女の子はね。……す、好きな男の子には、そういうことしてあげたいって思うものなの」
◆
クリスマスイブの日は午前中が終業式だった。
昼前に高校から帰り、ふたりでバーガーのチェーン店で軽く昼食を取ってから、美雪はケーキを作るからと言って、自宅前で別れていた。
そして3時ごろ、いつものように貴樹の部屋がリズミカルにノックされる。
「おまたせー」
「お、結構早いんだな」
貴樹は待っている間、冬休みの宿題をしていたが、予想より早い時間に彼女が現れてその手を止めた。
「ん、スポンジは昨日焼いてたからね。今日はデコレーションしただけ」
「そんなもんなのか……」
「だね。――宿題やってるの、偉いね。褒めてしんぜよう。……よしよし」
椅子に座ったままの貴樹の後ろに立った美雪は、自分の胸の高さほどの彼の頭を撫でる。
しばらくされるがままだったが、ふと机の横に置いてあった包みを手に取って、肩越しに手渡した。
「ん? なにこれ?」
「プレゼント」
「え、今? そういうのって普通もっと後じゃない?」
キョトンとしている美雪だったが、渡されたものはしっかりと胸に抱いていた。
それはまだ付き合うことになる前に、貴樹が準備しておいたものだった。
……クリスマスに告白するつもりで。
ただ、その予定は崩れてしまったが、それは些細なことだった。
「その方がいいんだろうけど、今渡した方がいいかなって。……開けたら意味わかるよ」
「ふーん……。じゃ、開けるね?」
そう言いながら、紙袋の口のテープを丁寧に剥がして、中を覗き込んだ。
「これ……マフラー?」
「おう。出かけるのに寒いから」
「ん、すっごく嬉しい。ありがと」
美雪は顔を綻ばせながら、紙袋を片手に彼の頭を後ろから胸に抱く。
コート越しとはいえ、その柔らかい膨らみが後頭部に伝わる感触があり、貴樹も少し照れた。
「む、胸が……」
「減るもんじゃないし、今更だよー。……じゃ、出かけようよ!」
彼を解放したあと、紙袋からマフラーを取り出したあと、すぐにタグを外して首に巻いた。
薄いピンク色のふわっとしたもので、顎まで隠れて暖かく見えた。
「んふふ、あったかいね」
そう言って機嫌良くとびきりの笑顔を見せた。
◆
「プランは?」
「まぁ、やっぱりイルミネーションかな」
並んで電車に乗りながら美雪が聞くと、貴樹はそう答えた。
今向かっているのはこの地域でも中核の街で、世界遺産のお城があることでも有名だった。
駅の近くでショッピングなどをしながら、イルミネーションを見て帰るという計画だ。
「そういえばニュースでやってたね。今年からのイベントだって」
「ああ。それで気になってて。せっかくなら美雪と行きたかったから」
「そっかそっか」
美雪は満足そうに頷いて、少し彼の方に肩を寄せた。
駅に着くと、だいぶ薄暗くはなってきていたが、まだ夕暮れ時だった。
イルミネーション自体はもう点灯していたけれど、先に近くの大きなショッピングモールをブラブラとすることにした。
「なんか見たいものとかあるか?」
「ううん、特には」
アパレルショップを横目にしながら、『美雪に似合いそうだな……』などと思いながら、カラフルな冬物の服やコートを眺める。
ふと、美雪がいつも好んでダッフルコートを着ているのが気になった。
「なぁ、美雪って前からいつもそのコートだけど、他のとか持ってないのか?」
「持ってないことはないけど、これが気に入ってるから」
「そんなもんかー」
「ん。……貴樹、覚えてないの?」
逆に聞かれて、貴樹は何のことかと考えを巡らせたが、全く心当たりがなかった。
「悪い。全然何のことかわからん」
「ひどっ! 減点! 小学校のとき、これと似たコート着てて、貴樹が『それ似合ってる』って言ったからだよ? 私がずっと同じの着てるのは」
口を尖らせて美雪が非難する。
貴樹には覚えがなかったことだが、美雪の記憶力からすれば、間違いないのだろう。
「覚えてない。……今も似合ってるとは思うけどな」
「むむぅ……。まぁ良いよ。今度違うの着て見せてあげるから」
「楽しみにしとくよ」
彼が覚えていなかったことにはがっかりしたけれど、それは大したことじゃない。
少しでも彼の気を惹くのが目的だったのだから、それが達成された今となっては。
「そろそろ外出る?」
「おう、そうだな」
時計を見ると18時。1時間ほど店を回っていたことになる。
もう外は真っ暗のはずだ。
美雪は彼の腕に掴まるようにして、ショッピングモールを後にした。




