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第34話 私がここに転校してきたのは……

 ――その日の放課後。


「ねぇ、ちょっといーい?」


 亜希は廊下を歩いていた玲奈に声をかけた。

 ちょうど美雪たちのクラスの横を玲奈がひとりで歩いているときだったから、声がかけやすかったのだ。


「ええ、なにかしら?」


 玲奈は自分を呼び止める声に気づいて立ち止まると、教室の入り口の近くに立つ亜希のほうに顔を向ける。

 そのついでに教室の中をちらっと見るが、美雪たちはもう帰ってしまったようで、残っている気配はなかった。


 小さくため息をつきながら、改めて亜希に向き合った。


「急に声かけてごめんねー。転入してきたって聞いてさ。アタシ、亜希って言うんだ。……それで、美雪ちゃんのトモダチ」


 唐突に美雪の名前が出てきて、玲奈は眉をピクリと動かした。


「暇だから大丈夫。そう、美雪の……。あの子、何か言ってた?」

「ううん、なにも。言ってたのは、貴樹クンのほう」


 その話を聞いて、なぜ急に接点のない亜希が声をかけてきたのか、頭のいい玲奈はすぐに理解した。


(……なるほどね)


 玲奈から見ても、今の美雪と貴樹の関係はまだ良くわからない。

 ただ、いつも一緒にいるように見えるから、少なくとも仲が悪いというようなことはないのだろう。

 小学校の頃は、大人しかった――自信なさそうにオドオドしていたというべきか――美雪を、彼ひとりが庇って、気にかけているように見えた。自分にとっては、正直邪魔だと思っていたくらいに。


 もしそれがそのままなら、急に転校してきた自分を監視しているということなのだろうか。


(今も変わらず、美雪の騎士(ナイト)なのね。――今更そんなつもりはないんだけど)


 ただ、誤解は解きたいけれども自分から話しかけられなかったこのタイミングで、向こうからアクションを起こしてくれたことには感謝した。


「……ええと、亜希ちゃん……でいい?」

「うん、いいよー」

「色々教えて欲しいの。……私、美雪とは同じ小学校だったんだけど、あんまり仲は良くなくて。そのあたりのことって聞いてる?」

「んー、少しだけ」


 亜希は貴樹からそのあたりについて聞いてはいたから、素直に答える。


「そう。……あなたが知ってるかわからないんだけど、私が知ってる美雪はね、ほとんど誰とも話したりしない子だったの。貴樹君とだけは普通に話してたけどね」

「へー、意外。美雪ちゃん、明るくて誰とでも仲良くしてるんだけどねー」


 玲奈の話に、亜希は美雪の顔を思い浮かべながら話す。

 美雪は貴樹に対してはいつも母親のように小言を言ってるけれど、他の友達に対しては和やかで、誰とでもすぐ仲良くなれるようなタイプに思っていたからだ。


「私から見たらその方が意外かな。前は全然、そんな雰囲気じゃなかったから。……でも、この前ちょっと見たけど、亜希ちゃんの言うほうが合ってるのかな。だから驚いたの。貴樹君はそんなに変わった感じはしなかったけど」


 直接美雪と話をしたのはまだ一度だけだ。

 ただ、何度か見かけたときの感じだと、亜希の言うように、社交的な感じはした。

 つまり、自分の知らない間に、大きく彼女が変わったということだ。


(やっぱり……直接話さないとわからないよね……)


 そう思うけれども、自分から一歩を踏み出すのは怖かった。

 たぶん、いじめられた方は絶対忘れていないだろうし、話すことで更に美雪を傷つけるかもしれない。

 ただ、これを解決しないと、自分が抱えたままの重石が消えることがないことも、玲奈はわかっていた。


(そのために、ここに来たんだもの……)


 わざわざ調べてまで、彼女がいるこの高校に転入してきたのだ。

 改めてその意思を自分で再確認して、玲奈は亜希に言った。


「亜希ちゃん、お願いがあるの――」


 ◆


「……来たぜ」


 その翌日の放課後、貴樹は校舎の裏にひとりで出向いた。

 亜希に言伝(ことづて)られて、玲奈と会うために。


「ごめんなさい。貴樹君とは一度話をしておきたくて」

「いいぜ、元々俺が亜希に頼んだんだしな」


 貴樹はそう言って、校舎の壁に寄り掛かった。

 ここに美雪はいない。

 彼女は亜希に誘われて、今頃は帰り道にあるカフェでお茶をしているはずだ。


「……今日もちょっと見かけたけど、美雪ってかなり変わったわよね」

「そうだな。中学校に入った頃からかな」

「ふぅん……。それって……もしかして、私がいなくなったから?」


 玲奈は思い切ってそう聞いてみた。

 貴樹は少し考える様子を見せたが、やがて口を開く。


「――まぁ、一部はそうだろうな。俺も直接聞いたことないからわからないけど」

「そう……。それで貴樹君は、私がまた美雪を虐めたりするんじゃないかって、疑ってたりする?」

「それは思ってない」


 貴樹がそう即答したことに、玲奈は目を丸くする。


「え、なんで……?」


 伝えるかどうか、貴樹はしばらく逡巡したあと、ゆっくりと話し始めた。


「正直に言うと、最初はそう思ってたよ。それに美雪はだいぶトラウマ抱えてるみたいなんでな。……この前に玲奈の顔見た瞬間に倒れたくらいだ」

「……! そう……なのね……」


 玲奈はその話に衝撃を受けたのか、顔を伏せて小さな声で呟く。


「……でもさ、いつまでも子供じゃないんだから、そういう訳にはいかないじゃん。だから悪いけど、玲奈の中学の時のこともちょっとだけ調べたんだ。……そしたら、俺の知ってる玲奈とは、だいぶ違うんじゃないかって思ってさ。だから、亜希に頼んだんだ。本当のところ、どうなんだって」


 その話を聞いて、顔を上げた玲奈は貴樹の目をまっすぐ見た。


「……なるほどね。それなら話が早いかも。貴樹君には先に言うわ。……私がここに転校してきたのは……縛られた過去と決別するため。……だからといって、消えて無くなるようなものじゃないけれど」

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