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第29話 ――ふわっ!?

 バーガー店を出たあと、美雪は貴樹に連れられて、駅前のショッピングモールにある映画館の前に来ていた。


「ふぅん……。とりあえず貴樹の考えを教えてよ」


 なぜ映画館なのかを確認したくて、美雪は聞く。

 これまで、貴樹の部屋で映画を見ることはあっても、映画館に来たことはなかったからだ。


「あ、いや。……まだ美雪をあんまり歩かせるのはどうかなって思っただけ。映画ならゆっくりできるし」


 その話に美雪は目を丸くしたあと、にんまりと笑みを浮かべた。


「うんうん、気が利くね。褒めてあげよう」


 そして、自分よりだいぶ背の高い貴樹の頭を、少し背伸びしてヨシヨシと撫でた。

 貴樹は照れながらも、空いた方の美雪の手を掴んで歩き出す。


「ま、まあ……行こうぜ」

「だね」


 ◆


 そんなふたりの後を、こっそりと尾けている人影があった。それもふたつ。


「……なんか、雰囲気変わった?」

「みたい。これは……もしや」


 陽太の意見に亜希も賛同する。

 たまたま陽太たちがショッピングモールで買い物をしているとき、店の前をあのふたりが通りがかった。

 普段ならいつものことで終わりだが、笑顔で並んで歩く様子にビビッと来て、示し合わせて後を尾け始めたのだった。


 そのうち映画館の前で楽しそうに話し始めたのを見て、ふたりの関係に進展があったのではないかと予想していた。


「あっ、手繋いだよー」


 亜希が呟いたのを聞いて、陽太は急いでその様子を写真に収めた。

 その写真をふたりで確認しあって、小さく頷き合う。


「バッチリだね」

「美雪ちゃんにも、やーっと春が来たんだねー。にっひっひ……」


 魔女のような不気味な声で、亜希が白い歯を見せた。

 それを苦笑いしつつも、流石に映画館の中までは尾けられずに、尾行はそこまででいったん断念した。


 ◆


 ふたりが選んだのは、シリーズもののアクション映画だった。

 スパイ組織に所属する主人公がド派手なアクションで奮闘するというもので、ふたりで過去作品を見たことがあったのが決め手だった。

 アクションなら眠くなりにくいというのも理由のひとつだ。


 2時間半を超える大作を見終わったあと、美雪は満足げな顔を見せた。


「あいかわらず、スケールがすごかったねっ!」

「あれ、どれだけお金かけてるんだろうな」

「それはわかんないけど……」


 とりあえず、すごい! としか感想が出てこなかった。

 映画館で見るという補正も大きいとは思う。


「――このあと、何か希望ある?」


 貴樹が聞くと、美雪は少し悩んでから答えた。


「……貴樹の部屋でゆっくりするのはどう?」

「そりゃ、構わないけど……。そんなので良いのか?」

「うん、出歩くのはクリスマスに取っておこうよ」


 ――そうか。

 確かに今年のクリスマスもあと少しなのか。

 ふと、貴樹はだいぶ前に美雪にその日予約されていたのを思い出す。


「……クリスマスの日、空けとけって言ってたよな、確か」

「うん、よく覚えてたね」

「そりゃ、すっぽかしたら後で何言われるかわからないからな。――なんか考えでもあったのか?」


 あの時はまだ付き合ってはいなかったから、どういう意図で美雪がそれを言ったのか気になった。


「……あったというか、なかったというか? ま、まあもう何でも良いでしょ。――まさか、私と過ごしてくれないとか、無いよね?」


 しかし美雪ははぐらかすように言う。

 それまでになんとか付き合って、イブの夜にふたりきりになりたかったなどとは、恥ずかしくて言えなかった。


「元々そのつもりだったし、良いけどよ。……それじゃ、いったん帰るか」

「うん」


 当初の計画通りに恋人として過ごせそうなことが嬉しいし、あとはケーキをしっかり作るだけだ。


 ……それが今では一番の心配ごとだったが。


 ◆


「……で、なにいきなり布団に潜り込んでんだよ」


 貴樹の部屋に帰った途端、美雪はもぞもぞと彼の布団にすっぽり収まった。

 それを見て、呆れた貴樹が指摘する。


「だって寒いもん。部屋があったかくなったら出るよ」

「……その前に寝てる気しかしないけどな」

「かもねー」


 貴樹は冷えた部屋のエアコンのスイッチを入れてから、美雪の目の前――ベッド脇に腰掛けた。

 すると美雪は彼の背中をぽんぽんと叩く。


「……ねえねえ、抱き枕抱き枕」

「抱き枕って……もしかして俺のことか?」

「他に誰がいるのよ。早く早く。寒いからぎゅーさせて」

「まぁ、良いけどよ……」


 貴樹もやけに積極的な美雪にねだられて、悪い気はしなかった。

 付き合うことになった途端、彼女がこれほど甘えてくるようになるとは思っていなかったのだが。


 貴樹もベッドに入って、彼女の横に仰向けになると、美雪はすぐ猫のように擦り寄ってきた。


「あったかいー」

「俺からは美雪の方が温かく感じるけどな」

「あはは、くっついて温かくならないわけないよ」

「そうかな……」


 耳元で笑う声が心地いいと感じる。

 しばらく彼女から一方的に抱きつかれていたが、貴樹も身体を美雪の方に向けて、彼女と向き合った。

 すると、美雪は彼の下側の腕を持って、よいしょと自分の頭の下に敷く。腕枕をさせるように。


「……えへへ」


 そして頭を乗せて、嬉しそうにはにかむ。

 その笑顔があまりにも可愛くて。


「……なあ」

「なに?」

「今日の美雪、可愛すぎんだろ」


 貴樹が素直に思ったことを吐露すると、美雪は目を瞬かせる。


「……そ、そう? 褒めても何も出ないよ?」

「ああ。……前から可愛いとは思ってたけど、今日はマジで可愛い」

「…………」


 美雪は何も答えず……いや、答えられずに、代わりに顔を真っ赤に染めた。


「……そういうとこも可愛い」

「――ふわっ⁉︎」


 貴樹は戸惑う美雪の背中に手を回して、強く抱きしめた。

 そして――。


「……ん」


 目を閉じ、どちらからともなく口付けを交わす。


「――はあぁ……」


 ほんの数センチしか離れていないところに、頬を染めた美雪の蕩けた顔が見える。

 彼女のこんな顔を見たのも初めてだった。


「……おやすみ」

「うん」


 息がかかるほどの距離でそう言い合って、ゆっくりと目を閉じた。

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