第23話 ぜーんぶ丸く収まるじゃない……!
それから電車に乗って高校の最寄駅に着くまで、美雪はずっと唸っていた。
誰が告白しても即答で断る美雪が、それほど悩んでいることが貴樹からも気になった。
(……まぁ、友達というか、世話してる弟みたいにしか見てないとか、せいぜいそういう理由なのかもな)
とはいえ、いつまでも考え込んでいる美雪を見かねて、貴樹が聞いた。
「……そろそろ諦めたらどうだ?」
「うん……」
結局考えてはみたものの、答えは見つからなかった。
そもそも途中から「付き合う」という言葉の定義を考え始めてしまった。
付き合っていても、キスもしていないカップルだっているだろうし。
――じゃあ、なんだろう?
いつも一緒にいる? ――Yes。
どう考えても、私たち以上に一緒にいるカップルなんて、そんなにいないと思う。
相手のことを大切だと思ってる? ――Yes。
きっと、貴樹もそう思ってくれてると信じてる。
相手のことが好き? ――|Yes, definitely!
……貴樹がどうかはわからないけど。
……身体を許してもいいか? ――恥ずかしいけどYes。
でも、どこまでいったら「付き合ってる」ことになるのか、よくわからない。
今の関係で言えば、見る人からすれば「付き合ってる」のと同然とも思えた。
――じゃあ、今は「付き合ってる」の? 「付き合って」ないの?
……わからない。
ただ、自分がずっとずっと待っているのは――彼からの一言だけだった。
駅から学校に向かう小さな坂道を、ふたりは無言で登る。
陽太は「朝練があるから」と言って、先に学校に行ってしまった。
だんだんと落ち着いてきた美雪は、ひとつの結論を出した。
(……付き合ってるかどうかって、キッカケというか、そういう節目があるんだよね、きっと……。それは告白だったりとか。ふたりが「今から付き合うぞ」って合意っていうか。私たちはソレがないから……)
そうと分かれば、答えは自ずと決まる。
(じゃあ、やっぱり貴樹が告白してくれたら、ぜーんぶ丸く収まるじゃない……!)
自分のことは棚に上げつつ、とりあえず彼のせいにしてみて、美雪はうんうんと頷いた。
◆
教室に入ると先に亜希が来ていた。
「おはよう、亜希ちゃん」
「うん、おはよう。写真見たよー。よく撮れてたし、アタシも満足だよー」
「あはは……」
美雪は照れながらも引き攣った笑いを浮かべた。
「それで、ケーキはどうだった?」
「うん、すごくおいしかったよ。大満足!」
「そうなんだぁー。アタシも早く行きたいなぁ」
羨ましそうに言う亜希だったが、ふと小声になって美雪に耳打ちした。
「ところでね……。噂聞いたんだけど、隣のクラスに今日から転校生が来るって話があるんだよ」
「そうなの?」
「朝、センセーが話してたの聞こえたんだー」
「へー。こんな中途半端な時期に……」
隣のクラスならあまり関わることもないけれど、どんな子が来るんだろう?
そもそも男か女かもわからないけど。
「アタシが知ってるのはそれだけー」
「うん、ありがと」
美雪は自席に戻る。
宿題のチェックは、昨日彼の部屋に押しかけたときに済ませてあるから、今日は平和だ。
そんな彼をちらっと見ると、自分の席でぼーっと外を眺めているだけのようだった。
(どうやったら告白してくれるんだろう……?)
ずっとそれを考えているけれど、答えは出ない。
それが分かればこんな苦労なんてしていない。
メイド服着て行ってもダメ。……ただ、それは意地でも続けてやるつもりだった。
かと言って、他の女に興味を持っている素振りもないし、理解不能だ。
(もしかして、そもそも女に興味がない……? ううん、私の下着見てたくらいだから、そんなこともないハズよね)
美雪が頭を悩ませていると、あっという間に始業のチャイムが鳴って、朝のHRが始まった。
◆
その日は、休み時間の度に、教室が騒がしかった。
隣のクラスの転校生の噂話があちらこちらから耳に入る。
どうやら転校生はなかなか可愛らしい女子のようで、男子達が様子を見に行ったりしている様子が目に入った。
特に興味もなかった美雪は、放課後になるまでいつも通り授業を受けて、帰路に着こうとしていた。
「貴樹ー、帰るよ」
「へーい」
いつものように軽く貴樹に声をかけると、眠そうな返事が帰ってくる。
美雪はバッグを背負って、彼と一緒に教室を出ようとした。
「――あ」
そのとき、目の前の廊下を歩く女生徒が目に入った。
茶色いショートカットの女子。
制服が少し違っていて、すぐに転校生だとわかった。
――ドクン。
心臓がひとつ、大きく脈打つ。
まさかだった。
土曜日に見かけた彼女が、転校生として現れるなどとは。
「玲奈……」
美雪は蒼白な顔で、小さく呟いた。
それが聞こえたのか、聞こえていなかったのか。
しかし、玲奈はふいに美雪のほうに顔を向けた。
「…………! もしかして……美雪?」
美雪と目が合った玲奈は、目を見開いて驚きを隠せない様子だった。
ただ、美雪は彼女の目を見続けることはできなかった。
少し目を伏せて、小さな声で答える。
「……転校生って……玲奈だったのね」
「そうよ。あ、貴樹君も一緒なのね、相変わらず……」
玲奈は顔を伏せた美雪から、彼女の後ろにいた貴樹に目線を向けた。
「ああ。小学校卒業以来だな。……こっちに帰ってきたんだな」
「12月の初めにね。……みんな知らない子ばっかりだから、昔のクラスメートとして、色々教えてよね」
「あ、ああ……」
貴樹がそう答えると、玲奈は改めて美雪に視線を落とす。
美雪は顔を伏せたままで、玲奈のほうを見ることはなかった。
小さく「ふぅ……」とため息をついた玲奈は、苦笑いを浮かべた。
「……今日はこれくらいで、また今度ね。それじゃ」
玲奈はくるっと向きを変えて、小さく片手を上げた。
そしてそのまま廊下を歩いていく。
美雪は彼女の足音が聞こえなくなるまで、そのまま顔を上げようとはしなかった。
「……帰ろう」
「うん……」
貴樹が彼女の背中に声をかけると、美雪はほんの僅かに頷いた。
それから、ふたりが家に着くまで美雪はずっと無言だった。
別れ際、貴樹が声をかける。
「それじゃ、また明日な。……あんまり気にするなよ。昔のことだから」
「……うん。バイバイ」
元気のない声で答えた美雪は、自分の家の玄関の扉を開けた。
それを見届けてから、貴樹も隣の自宅に帰る。
「……大丈夫……じゃないよな、あの様子じゃ……」
貴樹は美雪の様子がどうにも気がかりだった。
普段は元気にしている彼女だが、稀に沈み込んでしまう時がある。
そういう時はいつも、子供の頃のこと――虐められていた経験がきっかけだ。
(玲奈は……そのなかでもたぶん、一番。……美雪は会いたくなかっただろうな……)
自分ができるのは、少しでも美雪の力になることくらいだ。
あの頃のように。
これまでずっとそうしてきたように。
そう思いながら、貴樹は部屋に戻ってベッドに腰を下ろした。




