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第14話 そんなの、私死んじゃう……

 そのあと、美雪のもうひとつの目的であるお菓子の材料を買いに、輸入食品店に行った。


「美雪ってお菓子とか作ってたっけ?」

「ううん、全然。知ってるでしょ? 私が料理とかできないことくらい」

「おう。……だから聞いたんだけどな」

「……でも、ちょっとチャレンジしてみようかなって。うまくできたら、味見してくれる?」


 不安そうに言う美雪に、貴樹は軽く返す。


「毒じゃなかったらな」

「ひどっ! 毒を作る方が難しいよ!」

「そうなのか?」

「……もっと化学の勉強仕込まないとダメみたいね」


 そう言いながらも買う物をリストアップした手帳を見ながら、カゴに手早く商品を入れていく。

 そしてひとりレジに行って支払いを済ませて戻ってきた。


「こんなものかな。お待たせー」

「……今日って、俺がいる必要あったのか?」


 貴樹は素直に思ったことを聞いた。

 荷物を持たされることもないし、やっているのは美雪の雑談相手を務めていることくらいだった。


「まあまあ、どうせ暇なんだし良いじゃない」

「確かに、別に良いけどな」


 美雪は軽く手を振って笑う。

 確かに彼の言う通り、買い物だけなら美雪ひとりでなんの問題もなかった。

 ただ――。


(貴樹と一緒にいたいから。なんて言えるわけない……)


 そもそも美雪の一番の目的は買い物ではない。

 だから、彼がいないのは彼女にとってありえないのだった。


 ◆


「あれって、貴樹と清水さんだよね?」

「あ、ホントだー。あのふたり、いつも一緒にいるよねー」


 買い物にでも行っていたのだろうか。

 荷物を持った美雪と、その横をブラブラと歩く貴樹を見つけて、陽太が亜希に耳打ちした。

 普通なら男が荷物を持ちそうだが、あのふたりの場合、どちらかというと美雪がいつも世話を焼いている印象があった。


「美雪ちゃんって、誰から見ても貴樹くんラブなのに、なっかなか付き合わないよねー」

「もう家族みたいな感じなんだろうね」

「だねー。……アタシたちで手伝ってあげる?」


 亜希は陽太に目配せする。


「手伝うって、どうやって?」

「ふっふーん。アタシに任せてよ! バッチリ引っ付けてあげるから」


 そう言って亜希はにやりと笑った。


 ◆


「それじゃ、今日はこのあと用あるから帰るね。ありがとう」


 貴樹の家の前で、美雪は彼の部屋には入らずに手を振った。


「おう。今日は早く寝ろよ」

「わかってるって。――あ、そうだ」


 ふと思いついたように美雪が言う。


「どうした?」

「クリスマス、空けといてよ。今年も」

「へいへい。美雪さまの仰せのままに」


 茶化しながらも貴樹は頷く。

 ちなみに去年も貴樹の部屋で一緒にクリスマスイブの夜を過ごしていた。

 と言っても、テレビで歌番組の特番を一緒に見ていただけで、イブらしいイベントなど何もなかったのだが。


「ならよし。――じゃあね」


 満足そうに頷いた美雪は、買った荷物を抱えて機嫌よく家に帰っていった。


(いつもわざわざ「空けておけ」とか言わないのにな……)


 言わなくても自然と一緒に過ごすのがいつものことだった。

 美雪に彼氏でもできれば別だろうけど、どんな相手が告白してきても、今まで首を縦には振らなかったのだ。


 それなのに、彼氏でもない自分のところに毎日来ては、あれこれと言ってくる。


(いまいち何を考えてるのかわからん……)


 これだけ長い間、それこそ本当の家族以上に一緒に過ごしているというのに、美雪の考えがよくわからない。

 とはいえ、彼女に別の男ができるのは想像するだけでも嫌だった。

 この毎日がなんとなく居心地が良くて、それに甘えてしまっていることを自覚する。


(クリスマス……か。ちょっと勇気出してみるかな)


 ◆


 貴樹と別れてから、美雪は買ってきた材料でケーキを作るのを、母親の雪子に教えてもらっていた。


「えっと、次はメレンゲ……」

「卵白に少しでも油とか黄身が入ると上手くできないからね。あと、ハンドミキサーだとあっという間にできるから、メレンゲが立ちすぎないように」

「うん……。難しい……」

「美雪は成績いいのに、こういうのは苦手なのね。不器用だし、運動もからっきし」


 呆れたように雪子が言う。

 それに対して美雪は口を尖らせる。


「だってしょうがないじゃない。どうせ私はお勉強だけですよーだ」

「まあまあ、拗ねないの。それなのに急にケーキ作りたいだなんて、どういう心境の変化?」

「だってだって……クリスマスに貴樹に食べてもらいたくて……」


 それを聞いた雪子は、にんまりとした笑みを浮かべた。


「あらあら、ようやく?」

「うん……」

「あまりにもじれったいから、わたしが代わりに伝えようかって何度も思ったわよ。『うちの娘、貴樹くんのこと大好きみたいよ?』って」

「やめてよ! そんなの、私死んじゃうよ……」

「心配いらないわ。貴樹くんだって待ってるわよ」

「だといいんだけど……」


 美雪はメレンゲを立てながら、心配そうな顔で呟いた。


 ◆


「まぁ最初ならこんなものじゃない?」


 焼き上がったスポンジにデコレーションして作った小さめのホールケーキを見て、雪子は頷いた。

 生クリームが綺麗に付けられてはいないけど、それは慣れもあるだろう。


「そうかなぁ……。売ってるのと比べたら全然……」

「何言ってるの。プロは毎日いくつ作ってると思ってるのよ。こういうのは気持ちが大事なの。……ほら、せっかくなら味見してって持っていってあげたら? その、大好きな彼にね」

「……ええっ! 恥ずかしいよ……」


 戸惑いながら言う美雪の肩を叩く。


「初めて作ったケーキでしょ? それを一番に貰って喜ばない男はいないわよ。大丈夫」

「……う、うん。わかった」


 ケーキを4等分して、そのうちひとつを皿に載せる。

 それと水筒に紅茶を入れたものを持つと、美雪は緊張しながらも、いつものように彼の部屋に向かった。


「貴樹、いる?」


 いるのはわかっていたけど、一応彼の部屋をノックしてから扉を開ける。

 彼は椅子に座って漫画を読んでいたようで、顔を上げて美雪の方を見た。


「どうしたんだ? 夕方に来るって珍しいな」

「……うん。あのね、さっき試しにケーキ焼いてみたの。もし良かったら味見してくれないかなって」


 美雪はそう言って、彼の机の上に皿を置いた。


「へー、昼に買った材料で?」

「うん。ケーキなんて作ったの初めてだから心配だけど。……でも、最初は貴樹に……食べてもらいたいなって思って……」


 震える声で美雪は彼に伝えた。

 それを聞いて、貴樹は思わず美雪の顔を見た。

 少し頬を染めた彼女は、不安そうな顔で貴樹と目を合わせた。


「わかった。ありがたく貰うよ」

「うん。お茶も淹れてきたから」


 そう言って水筒からコップに紅茶を注いで、彼の前に差し出した。


「……でもフォークがないね」

「あ……! すっかり忘れてたよ。どうしよう……」

「ちょっと待ってて。家の持ってくるから」


 貴樹はそう言うと、すぐに部屋を出ていった。

 とりあえず食べてくれそうで安心した美雪は、彼のベッドに腰掛けて待った。


 程なく貴樹は戻ってきて、改めて美雪の作ったケーキと向き合った。


「それじゃ、いただきます」

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