第12話 ――ゆ、ゆ、夢じゃない!?!??
――その日、美雪はひとりで小学校からの帰り道を歩いていた。
長く伸ばした黒い髪は、少し癖があるからウェーブがかっていて。
後ろから見ると、それがランドセルで綺麗に左右に分かれていた。
「…………」
無言で歩く彼女は肩を落としていた。
今日テストの結果が帰ってきたときは、いつもどおり学校で1番だったのに喜んだ。
けれど、そのあと消しゴムが筆箱からいつの間にか無くなっていたことに気づいて、一気に気持ちが沈む。
たかが消しゴムとはいえ――貴樹にもらって大切に使っていたもので、自分が無くすはずもない。
たぶん……クラスの誰かが盗って……どこかに捨てたとかなんだろう。
家に帰ると、母の雪子にテストの結果を話して、すぐに自室に向かう。
そして、ベッドに寝転がって、ただ時間が経つのだけを待っていた。
外が薄暗くなってきた頃――。
窓から見える隣の家の部屋に明かりがついたのを見て、すぐに美雪は部屋を飛び出した。
いつものように隣の家に入れてもらって、その明かりの見えていた部屋の扉を3回ノックする。
「……入っていい?」
恐る恐る声をかけると、中からすぐに返事が返ってきた。
「美雪? うん、いいよ」
美雪はすぐに扉を開けて、部屋に入る。
中にはクラスメートの男子がひとり。
彼はサッカークラブの練習が終わったばかりのようで、少し汚れたウェア姿だった。
「…………あのね……」
部屋に入ったのは良いけれど、美雪はなかなか話しかけられずに俯く。
「どうしたの? ……あ、そうだ。今日のテストって、やっぱ今回も1番だったの?」
「うん……」
「やっぱそうなんだ。すごいよなー。僕、頑張ったけど真ん中くらいだったもん」
貴樹が素直に感嘆する顔を見ていると、美雪もだんだんと気分が晴れてきたように感じた。
「……貴樹に謝らないといけないことがあって。前に貰った消しゴム、失くしちゃったの。ごめん……」
美雪がそう告げると、貴樹は少し顔を顰める。
怒られるかと思って一瞬身構えた美雪に、貴樹は答えた。
「……どうせ、玲奈とかだろ? ほんと、あいつら懲りないよな。……えっと、確か……あった。ほら、これあげるから、そんなこと気にするなよ」
「あ、ありがとう……」
言わなくてもわかってくれていたことが嬉しくて、ぱあっと笑顔を弾けさせた。
学校で美雪がそんな顔をすることなんてほとんど無いけれど、いつも自分の味方をしてくれる彼にだけは、屈託のない笑顔を見せる。
引っ込み思案な性格で、彼に頼ってばかりの自分では、とても想いを伝えることなんてできない。
でも、彼のことがずっと好きだった。
美雪は、そんな……懐かしい夢を見ていた。
◆
「ん……んぅ……」
美雪は1時間半ほどぐっすりと寝たあと、うっすら目を開けた。
まだ寝ぼけたまま、眼鏡がなく間近しか見えない目で最初に捉えたのは、ほんの数センチしか離れていない貴樹の横顔だった。
(……あれ? まだ夢……?)
それまで懐かしい夢を見ていた美雪は、それをまだ夢の続きだと思った。
せっかくの有難い夢ならばと、大好きな彼の頬に顔を寄せ――おもむろに口付けした――。
夢の中とはいえ、彼にキスする機会なんてこれが初めてで。
「ふへへ……」
嬉しくて幸せな余韻に浸っているうち、徐々に意識がはっきりとしてきて……。
美雪ははっと目を見開いて、彼の耳元で大声を上げた。
「――ゆ、ゆ、夢じゃない!?!??」
突然の大声に驚いた貴樹は飛び起きる。
「――うわあっ!!」
元々眠ってはいなかったが、目を閉じていたとき、急に頬に伝わる感触があって――どうしたものかと思っていたところにこの大声だ。
驚かない方がおかしい。
「たっ、たっ……」
美雪も目を見開き、すでに体を起こしていた。
呆然として、片手で口を塞ぐような仕草のまま、貴樹とバッチリ目が合った。
(――もっ、もしかして……私っ、貴樹にキス⁉︎ はじめてなのに――! ああっ! 唇同士じゃないからセーフ?! ――いやいやいや、そんなハナシじゃなくってぇ――っ!!)
寝起きで混乱していた記憶に、今の状況が加わって、視界がぐるぐる回る。
ただ、無意識とはいえキスをしてしまっていたことは確実で、シューッと頭から湯気が出た。
(そっ、そそそ……そうだ! もしかして……貴樹も寝てて気付いてないって可能性……あったりするかも……!)
それに思い至って、恐る恐る尋ねる。
「えと……その……。まさか……貴樹ずっと起きてたり……しないよね?」
しかし、無常にも貴樹はバツの悪そうな顔で答えた。
「……ごめん。ずっと起きてた」
「…………う、うん……」
美雪は頭が真っ白になって、小さく頷くことしかできなかった。
ずっと起きてたということは、キスだけじゃなく、思いっきり抱きついてたことも……。
「――――ご、ごめんっ! 私寝ぼけててっ!!」
美雪はベッドの上で土下座するような格好で、彼に頭を下げた。
もう何も思いつかない。
なら謝るしかない。
そういう思考だった。
「あ、いや……別に気にしてないから……。美雪だし……」
彼は少し照れているような顔で頭を掻いた。
その反応を見て、美雪は気づく。
(あれ……?! もしかして……そんなに嫌がられて……ない……? 「美雪だし」って……私なら構わないってコト? それとも仕方ないってコト……?)
曖昧な貴樹の答えに、美雪は目を瞬かせた。
前者なら良いけど、後者なら女の子として見られてないってことだろうか。
ただ、それを掘り下げて聞くことは怖くてできなかった。
「うん……。さっきのは忘れて……。お願い」
もちろん忘れられる訳もないが、貴樹は頷くことしかできなかった。




