第10話 んっふふー♪
「――おかえりなさいませ、ご主人様っ!」
ふたりが店に入るなり、フリフリの服を身に着けた、ツインテールの小柄なメイドさんが駆け寄り、丁寧にお辞儀をしながら挨拶してくれた。
美雪は動画でなんとなく理解していたが、実物を見るとやはり背中がこそばゆくなる。
「当店は初めてですか?」
「俺は先週来たけど、こっちは初めてだな」
「はいっ、承知いたしました。お嬢様。……はじめましてっ!」
貴樹が説明すると、メイドさんが美雪に満面の笑顔を見せた。
(うっわー、これは……ヤバいわね……)
早くもこの時点で美雪はメイド喫茶にハマる人のことが、おぼろげながら理解できた。
そう思いながらも、バッグから亜希に貰ったチケットを取り出して渡す。
「あ、あの……。このチケット貰って……」
メイドさんに渡すと、彼女は裏のサインを確認する。
「あっ、これは亜希ちゃんですねっ! ……お知り合いですか?」
「高校のクラスメートで……」
「なるほどっ! ――あーきちゃーん!」
メイドさんが大きな声で、店の奥に声をかけた。
それと同時に客や他のメイドさんの視線が集まる。
(は、はずかしいよぅ……)
美雪はそれが恥ずかしくて、貴樹の腕に掴まって、その影にこそっと隠れる。
「――はーい!」
そのあと、奥から返事が聞こえて、パタパタと足音を立てながら、メイド姿の亜希が顔を出した。
少しウェーブの入った明るい茶髪を、大きなリボンでポニーテールにしていて、一歩ごとにそれが左右に揺れていた。
「あ、貴樹クン! ……と、美雪ちゃんも! こんにちはっ!」
ふたりの顔を見て、亜希は笑顔で挨拶する。
学校でもいつも明るい彼女だが、今日はそれに営業スマイルが乗っかっていた。
「こんにちは。……ひとりで来るの恥ずかしくて……貴樹に連れてきて貰っちゃった」
「良いよ良いよー。結構カップルで来る人、多いんだよっ。席案内するねっ!」
「うん」
ふたりは亜希に連れられて、テーブル席に着いた。
「システムの説明は要りますか? 貴樹クンが知ってると思うけど」
「あ、じゃあ簡単に……」
「はいっ! 当店はワンドリンクお願いしています。時間は2時間まで。それを過ぎると追加オーダーしていただきますね」
「ふむふむ」
「あとはメニューに載ってますので、見ていただけたらと……」
そう言いながら、亜希はメニューを開いて差し出した。
(ちょっと値段が高めだけど、普通の喫茶店みたいなメニューなのね……)
「おすすめとかって?」
「そうですね……。オムライスとカフェラテが人気でしょうか」
「それじゃ、初めてだし、私はそれにする。貴樹は?」
「俺はパンケーキと抹茶ラテにするよ」
「はいっ! ご主人様、かしこまりました。しばらくお持ちくださいねっ!」
オーダーを確認した亜希は、笑顔で奥に戻って行った。
「……どうだ?」
「うん……。亜希ちゃんいつもとは違う感じだね」
貴樹に聞かれて、美雪は素直に感想を溢した。
自分が彼の前で同じことができるだろうかと、自問自答する。
(いやいやいや。こんなの絶対無理でしょ!)
電車の中で貴樹と陽太が話している意味がわかった。自分には到底真似できそうにない。
そう思いつつ、美雪は店内を見渡す。
ふと――雰囲気の違うメイドさんがいるのに気付いた。
「……あの子」
「ああ、ここって色々コンセプトあるみたいなんだ。元気な子もいれば、ドジっ子タイプ、無口なタイプとか……」
「へー」
見ていると、そのメイドさんは客が注文を選ぶのが遅かったのか、蔑んだ目で「グズね……」などと言っていた。
それで喜ぶ客もいるんだ、と美雪は驚きを隠せなかった。
(なるほど……。可愛いだけじゃないのね……)
それに気付いた美雪は、貴樹に尋ねた。
「――ねえ、貴樹はどんなメイドさんが好きなの?」
「俺は……」
何気なく答えかけたのだが、貴樹にはなんとなく引っかかるものがあった。
この問いに安易に答えるのは危険な気がして、無難な答えを選ぶ。
「――正直、あんま作ったり無理してない方が良いよ。だって、そういうのって裏がありそうじゃん。自然なのが一番だよ」
その答えが意外だったのか、美雪は一瞬驚いた表情を見せると、小さく「うん」と満足そうに頷いた。
◆
それから、オムライスにお絵描きしてもらったり、「おいしくなーれ!」の魔法をかけてもらったり、メイド喫茶を十分堪能して店を出た。
「……どうだったか?」
「うん。すごく勉強になった。――ありがとう、貴樹」
彼に聞かれた美雪は、自然な笑顔を貴樹に向けた。
(うわ、今日の美雪も可愛いな……)
その笑顔は、さっきまでのメイド喫茶で見たつくられた笑顔よりも――貴樹の胸に響くものがあった。
「そ、そうか。じゃ、帰ろう」
「うん」
美雪は彼の前でもなく、後ろでもなく。自然に横を歩く。
彼女の歩みは、いつもより軽やかだった。
◆
「んっふふー♪」
貴樹と別れ、自室に帰ってからも美雪はご機嫌だった。
コートを脱いでクロゼットに仕舞うと、ばふっとベッドに寝転がる。
今日はつい彼に小言を言ってしまうようなこともなく、自然な感じで一緒にいられた……ような気がした。
(今日は絶対、貴樹も私のこと見直したに違いないよね……!)
そう思えるくらい、今日は満足だった。
(あ、そうだ……。宿題を済ませておかないと)
明日の朝、彼の宿題をチェックするためにも。
少しずつ変えていくところと、変えないところ。
美雪はクリスマスイブに彼と恋人として過ごすことを目指して、ひとり机に向かった。




