第六話 座敷童
ここまでお読みいただきありがとうございます。
座敷童子についての考察が含まれますので、ご容赦くださいね。
カエの話しはとても流ちょうで、自分とほぼ同じ年でしゃべる言葉じゃないし、その雰囲気はとても大人びていて、見た目は少女だけど大叔母なんだなと感じ始めていました。
「あゆ、何から聞きたい?」
「えっ……、そう言われると何からとか混乱しちゃうよ。そうだね、なぜ亡くなったはずのカエが今ここにいて、普通に見えてお話が出来ている事がとても不思議だし、それに座敷童子ってどういうことなの?」
「あゆ、私をみてどう思う?」
「えっ、急に……そう、可愛いけど」
「違う違うそうじゃなくて、私は怖くない?」
「うん、今は怖くなんてない。この家に来た時からなにかを感じていたし、それがカエだったって解かって、どちらかと言うと、ほっとしているぐらいなの」
「そう、なら良かった。あゆに嫌われたらどうしようかと思ってたから」
カエはそう言うと眼前まで着物の裾を揃えながらすり寄る。うああっと、その時は胸がドキドキし、顔が熱くなっちゃった。そして、そっと手を伸ばしてわたしの頬にふれたんだ。
「どう、私の手、なにも感じないよね……」
「はあ~、急だからビックリしたけど……確かに触れられた感触はないよ」
「これが、私が肉体を持たない証拠。死んだばかりの時は受け入れがたい事実だったわ。目の前に白い顔かけをした自分の体はあるのに見る事しかできないし、周囲の人に話しかけても一切届かない。此処に私が居るとは、誰にも気づかれずにしばらく過ごしたんだ」
頬から手を遠ざけるとカエは座り直してはにかみながら微笑んだけど、その表情はどこか悲しそうでもあった。
「あゆに私が見えたり声が聞こえたりする為にね、何十年も座敷童子として得た、少し霊的というか普遍的なものというか、それを使ってるよ」
「それは一体なんなの?」
「わかるとは思ってないけど、フフフ。それは私自身の波長、波を変えているの」
「??? 波? さっぱりわかんないよ」
「人には、見える波長や音の範囲は決まってるからね。じゃあ、この子はどお?」
そう言うとカエは、突然わたしの目の前に小さなぬいぐるみを抱えて見せた。
いや違う⁉
もしかしてそれって。
「なななな、それ狸じゃないの⁉」
「正解。この子は私の数少ない友達で小狸の霊体だよ。普段は当然、人には見えないの。私と同じでね。今は私が触れて波長を変え、あゆに見えるようにしているんだ」
「もしかして、こういった霊的な幽霊とかはどこにでもいるの?」
「いるんじゃないかな、この家の敷地には変なのはめったに入ってこないけどね。今日ね、あゆと初めて外に出かけた途中では結構見かけたよ」
「うそ、信じられない……」
抱っこしている狸さんの頭をなぜながらカエは、こうも言った。
「まあ、信じるも信じないも君次第だし、私みたいなのが見える感じるは、才能めいた処にもあるだろうと思うわね」
「もしかして、わたし、みえる人?」
「たぶんね、その内にいっぱい見えるようになるかも。うふふ」
「いやいや、結構だって! も~ホントに!」
つい本音がでちゃったよ。幽霊が頻繁に見えるなんて信じられないし、そんな風にはなりたくないもんです、トホホ。
「からかうわけじゃなくて、波を変化させた霊的なものからの働きかけか、生きている受け止め側自身に波動を変える事ができるか、そのどちらかがないと見えたり感じたりはしないんだ」
「そういうものなの?」
「そうだよ、この世界は光が元で……すべては波で出来ているんだから」
「余計に解かんなくなってきた……」
カエが抱えていた小狸を畳の上に置き、手を離すと姿がすうっと消えていく。霊的なものが普通は見えない事には少し安心した。お化けめいた妖みたいなものがうろうろしてるのがみえちゃうのって怖いもん。
「それじゃあ、カエもやはり霊ってことでいいのかな? 座敷童子もそうなの?」
「じゃあ、順を追ってこの家のことから話そうか。兄さんからも聞いたように、この家の歴史は古く、室町時代前から続く銘家と言われる家柄なんだ。豪族とかって習った? うん知っているようね。
今でこそ戦後の農地解放やらなんやらで小さくなっちゃったけど、この地方で周りの土地や人らをまとめて生活の安定をもたらす役割を担っていた。ずっと大昔からね……」
「そんな昔から? それとどんな関係が?」
「今じゃ、兄さん一人に落ちぶれてしまったけどね。そうだよ、大昔からこの土地をまとめて人々や地域が安定して幸せになれるように尽力していたらしいから。
世の中には徳という言葉がある。徳を積むとは他の人間からの信頼や尊敬を得る事で、それが何世代にも渡って続いてきたの。そして、いつしかこの家には座敷童子が住まうようになったそうよ」
「どうして、そんなことで座敷童子が住むようになるの?」
「その辺は、まだ私にもうまく言い表せるほど理解できてはいないんだけど、どうやらここらの神様の思し召しらしいわ」
「神様ですって! 本当にいるの⁉」
カエの言葉には、本当に驚いた。神様が実在するなんて信じられない。今まで神様を信じてお祈りなんてした事は勿論ないし、少ない経験だけどお葬式だって、お坊さんがむにゃむにゃ言って静かに聞いているだけ。初詣だってお賽銭をあげて、なにかを願うって事だけど、単なるイベント行事かなと思っていたから。
「うふふ、あゆが思うのは神様仏様みたいな感じかしら? それとはちょっと違うかな、言葉で表すならば産土神。その土地土地に生まれ住まわれる地域の神様の事だよ」
「うぶすがみ?」
「大昔は人にとって病などは今以上に怖いものだったでしょうし、作物の恵みを得るために豊作を願う気持ちを持っていたりは当たり前の感情でしょう。
ずっとずっとはるか昔に、この星には水や空気が生まれ、海や木々を生み出した。それはまた人や獣や生きとし生けるものを育てる。そのような自然の流れや命を不思議と感じるより有難い事として受け止めていたの」
「そして命には限りがあり、いずれ肉体は死に土に戻る。でも皆、ただ生きていた訳じゃなくて様々な想いを持っていた。心・感情・気持ちと表し方は様々だけど……あゆも君の心は何処にあるのかな?」
心がどこにあるの? カエの変な質問に困ったけど、習った範囲だったりすると、確か脳に神経細胞があって、そこで記憶や考えたり、体を動かす指令をだしたりだったような……。
「う~ん、考えたり感じたりとか人が動いたりできるのは脳だと習ってるから、そこかな?」
「まあ、間違いじゃないけど、嬉しかったりするとドキドキしない? 悲しかったりすると胸が痛くなったりしない?」
「うん、そうだね。胸元がキュンってなる事もあったし、今だってカエを見た時には胸が熱くなったりしたもんね」
「あゆ、手を胸に当ててごらん」
カエは右手を自分の胸元に当て擦っている。それを見てわたしも手を胸に当てた。普段はほとんどすることのない事だけど、彼女の表情や仕草はとても愛おしいかのように目に映った。
「感情が高まると胸元が熱くなったり痛くなったりするでしょう。あゆの心、それは君の胸元には見えないけど、確かにそこあり全身を包んでいるんだよ」
「よく解からないけど言われてみれば、なにか胸元で感じている気もするかも」
「そう、それは古くから魂と表すことがあり、私の霊体としての姿形はあゆの心を成している魂と本質は同じなんだ。それと徳の高いものや神様の心を御霊と言うこともあるね」
「たましい……」
カエの話は驚く事ばかりだよ。でも、目の前に居るのは事実だし、こんな体験を皆に話したら、妄想とか頭が変になっちゃたんだと言われかねないだろうな。神様や魂の事なんて、生まれてから本気で考えてないし、学校で教わったこともない。何というか、単語があるだけでふわふわしたモノなんだよなあ。
「この地にある魂や人の自然に対する畏怖や願い、年月をかけて積み重なり産土神が生まれるんだそうだよ。長い時間をかけてね。そんな神様は当然この土地をとても大事にしていて、なにかあれば多少の手伝いをする。大昔はそうだったらしい。時代時代で人々に信仰され、地域の大切なものとして祀られてきたんだ」
「信じられない。そんな神様がいるなんて。今はどうなの? 大切にされているの?」
「今は、そうでもないみたいかな。戦後間もないくらいまでは、それなりに信仰はあったけど、永い歴史の中で外国から、絵や像などでわかり易い形を持った宗教が日本に入ってきたでしょう、この前一緒にいった神社の周囲にもお寺があるしね。
あの神社には一部に産土神が奉られていたんだけど、この地に住む人も年寄りばかりが目立つようになり忘れ去られ信心する人も次第に減り、今じゃ祭りさえできなくなりつつあるみたいね」
「ん~なんとなく神様のことわかってきたけど、それと座敷童子とどんな関係があるの?」
「この土地の事を話したのは、この家が積んできた徳なんだ。人としてこの土地を預かり汗水流して働くこの家系が、永く続くようにと神様のご厚意だよ。
座敷童子がいる家は幸せになる。そんな言い伝えがあってね。もちろん、座敷童子とはいっても普段は何もしないし何もできない。でも、いざ悪いことが起きそうであればちょっと手伝う、そんな感じだよ」
「たとえば?」
「人目に姿をみせる事はほとんどないんだけど、たまに姿を現して家人を安心させたりを昔はしていたそうだ。ろうそくが倒れて火がつきそうだと、頑張って大きな音を立てて知らせたり、誰かが怪我をしたりすれば虫の知らせってやつで教えたりとかそんな感じだったらしいね」
ここまでの事を聞いていて、全てを飲み込めた訳じゃないけど、どちらかというとカエの話は昔からの事を体験したって感じゃない気がする。そうだよ、彼女はわたしと幾つも違わない年齢で亡くなったのだから。
「らしい……って、カエも座敷童子だけど、今の話を含めてどうしてそんな大昔の事まで、色々と知っているの?」
「聞いたよ」
「誰に?」
「先代……」
「えっ⁉ 先代って」
「私が亡くなるまで、この家にいた先代座敷童子のこと」
「まじですか! 世襲制みたい!」
「まあ、そう言われるとそうかもね。この家で暮らしたものが亡くなり、何かしらの時に受け継いできたそうだ。でっ、私が今ここにいる」
受け継ぐ……そうかそれでかと思ったのでした。
「ねえ、じゃあ先代さんはどうなったの?」
「え~っ、詳しくはわからないけど何処かに行っちゃたよ。でもたまに帰ってきたりもするけど」
「何処かは謎ってこと?」
「うふふふ、そういうこと」
彼女の身の上話しが理解できたわけじゃないけど、カエの笑顔は生きている少女そのままだった。座敷童子だけど、単なる幽霊でもないらしい。でも、幽霊とかの霊と座敷童子はなにが違うんだろうな?
「カエの話してくれた事は、なかなか理解できないけど、これからも教えてくれるかな?」
「もちろんだよ。私もあゆが帰ってくるのを待っていたんだから」
「そうだった。どうして、わたしを待っていたの?」
そう問うと、にこにこしていた顔が少し曇ったようだった。
「ごめん、なにか悪い事を聞いちゃったかなカエ」
「いや、大丈夫だよ。君は私の大切な再従姉妹だもん。気にしないで」
そういいつつも、表情が少し厳しい気もするなあ。なにか言いづらいことでもあるんだろうか。
「あゆ、君が生まれた時には、私は当然座敷童子になっていた。そして今もこの家に縛られているの」
「縛られるってどういことなの?」
「それはね、この家の座敷童子に課せられた、たった一つのルール。この家からは離れられないのが決まりなんだ」
まじかですか! 霊的なものにもルールってあるんだ。もう不思議すぎて訳がわかんないよ……。
「さっき、産土神の件でも話したけど、肉体は無くなってもその人の想いはこの世に残り、それは肉親や知人の心中にあったりもするけど、普通は成仏と言えばわかるかな。想いを秘めた魂もやがては亡くなった事を理解し昇華して、旅立っていくのが自然の流れなの」
話しながら、ちょっと伏目がちに感じる仕草をカエはとった。自然の流れって……事には、座敷童子というものはそれに合致していない形なんだという事が、今の内容からは明らかでした。
「私を見ると透けているだろう。もちろん影もない。ほんと幽霊って感じでしょ。今風に言えば思念体かしら」
「急に現代っぽい単語を話すから驚くんだけど、カエって小さい時に亡くなったんだよね?」
「もちろんだよ。でも、肉体のない思念体であっても、勉強はできるわ。TVとかインターネットとかも見放題だしね」
「ほんとに! そんなことができるんだ」
「ほら、総一郎じいさんがTVやパソコンをつけっぱなしでしょ。昼ドラとかも見れるし、こんな姿だけどさ、現代の事についても情報通だよ」
「「あはははは」」
釣られてつい笑ってしまったけど、笑ってはいけないのかもしれない。自分のあり様を真面目な顔で説明するカエ。その心内はどうなのだろうと想像めぐらすとそんな気がする。でもすでにカエを座敷童子とは思えなくなってきているわたしでした。
「思念体か、どこにでも行けそうな感じだけど。そうだ、今日一緒の神社に行ってハルって子にも会ったよね。この暑いさなかに冬のような格好で……そうだった! あの子は一体どこの誰?」
「ハル君のことはまたいづれね。それより何故、家から出られたのか少し話そうか。普通ならもちろん出られない。でも、あゆがいたからなのよ。
血の繋がりがある君が手にしてくれた私の宝物の『ガラス玉』を持っていてくれたから。私の想いはそれにも乗っているんだ。大切な分身と言ってもいいかもしれないね」
「そんな大事なものだったんだ、コレ……」
手に持ったままのガラス玉を覗き込むと、以前よりゆるゆると輝いている。そんな感じがしたのでした。再び視線をカエに向けると話題を変えてきた。
「実をいうと私が今こうしていられるのは、あゆ達のおかげなの。もう消えかけていたからね」
えっ!と思った。消える……とは、消滅……いや、聞いた事のある言葉だと成仏か?
「どうしてそんな、だって座敷童子でいるのは神様の言いつけでもあるんでしょ?」
「あゆ、思念体だとしてもこの世に残り続けるには、なんらかの力が必要なの。それがないといずれは消えてしまう。この家は少しづつさびれてゆき、兄貴しかいなくなったから力が枯れかけていたんだよ。
簡単に表すとエネルギーがないと、魂である自分の思念を維持できない。家族が居て、地域にも施しを与え、皆で支え合う。そんな地域の主体となる家庭に住む、家族のあたたかな真心を分けて貰えないと座敷童子としては存在できないんだ」
「もっとわかり易く言えば家族愛だよ」
その言葉にわたしは息が詰まるようだった。カエはさらっと話していたが、とっても重い内容だったはずだから……。
「今日はあゆと出かけられて楽しかったし、とても嬉しかった。そして、かなえたい願いも見つけたしね」
「それって、どんな事なの?」
そんな時だった。
「ねえ、あゆ。お風呂入るよ」
がらっと引き戸を開けてお母さんが入ってきた。
「あゆ、なに一人で笑っていたの?」
「いや~、なんでもないよ、ユーチューブ見てただけ」
「はあ~、またお笑い芸人かしらね、スマホを買った時の約束は忘れないでよ、一日1時間まででしょ。さっ、お風呂に入ろうか」
そういうと、足早にお母さんは立ち去ったけど、戸が開いたときにはカエの姿はもちろんなかった。
「あゆ、またね……」カエの声だけが聞こえる。
座敷童子のカエ。そしてわたしの大叔母。
ずっと大切に心にしまい込んでおこうと思った、とっても不思議な一夜の体験でした。
小説のみならず、イラストについても感想など頂ければ励みになりますので、ブクマ含めよろしくお願いいたします。