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第四話 小高き山の神社にて

ここまでお読みいただきありがとうございます。

地方の方言が少し出てきますが、後書きに解説があります。

 蔵の探検から一夜明けた日の午後、相変わらずの手持ち無沙汰で家の近所を散策しようかなと準備を始めた。お気に入りの小さなリュックに水筒とハンカチにスマホ。それと昨日蔵で見つけたガラス玉もリュックにしまってある。お母さんの言いつけ通りに磨くとガラスのくすみも取れてきれいになり中の模様もよく見える。


 一通りの準備を終えて出かけようとした時だった。玄関の外でおじいちゃんが誰かと話している。


「おじいちゃん、ちょっと近所の散歩に行ってくるね」


 声をかけながら靴を取り、傍で話しているお相手をそっと見あげると、農作業服と長靴が泥で汚れ、額に汗をびっしょりとかき、いかにも畑帰りのようで黒く日焼けした小太りの知らないおじいちゃん。そしてわたしに気づいたのかそっと視線を向けてくる。


 その瞬間だった。


 突然、二人の向こうに広がる外の様子が、この家に着いたときと同じようにみるみる変わっていくさまが見える。普段なら家の前にはうっそうと伸びた草や木々や竹林のせいで、その先の塀の向こうには見えないはずなのに。しかしそれが一瞬にして、きれいに整った庭の光景が広がり、見慣れない外の家や川を挟んだ向こうの畑や田んぼの景色が広がっていく!


 それに、わたしの後ろに気配がしたかと思うと、何かに包まれている気分まで感じ取れてきた。


「えっ、ユキちゃん?」


 おじいちゃんは目の前で話していたお相手に「ちゃん」だって? いやそうかもしれない、わたしも見えているんだ。


 目の前の二人が、十代後半の頃の姿をしていることに気づいたんだ。ユキちゃんと呼ばれたお相手もおじいちゃんも十代頃に戻っていたため、お互いに相手の姿を確認して困惑している様子だった。さらに二人の目はわたしを見て、その表情からとても驚いている感じだ。


 玄関の中にいるのはもちろんわたし一人。


 おじいちゃん、いや黒ぶちメガネをした短髪の若い男の子がごくりと唾をのみ込んで、額の汗を拭うしぐさをすると、すっと二人の姿が普通に戻りちょっとした沈黙の後……。


「あ……、ああ、ユキオ、こ、この子が一緒に暮らすことになった孫のあゆなんだ。あゆ、この人はおじいちゃんの昔ながらの友達なんだよ。出掛けるなら気をつけていきな」

 

 ユキオと呼ばれたおじいちゃんも、ハッと我に返った感じだったけど、わたしをまじまじと見ながら続けた。


「あ! ああ、こんにちはだね~。あゆちゃんか、よろしくね」


 おじいちゃん達は、先ほどの光景の事や互いの様子を口にする事もなく、普通に話をしているけど、わたしの目に写った景色の変わりようが二度目だったことや、二人の姿の変化に自分の心臓がはげしく波打っているのが分る。それに見覚えのある風景だったんじゃないかとも感じていた。


挿絵(By みてみん)


 ねえ、わたしどうしたんだろ。こんな変な体験を誰かに聞いてもらいたい気持ちと、黙っていないといけない気持ちがこの時強く交差する。


「……はじめまして、じゃじゃっや~行ってきま~す」


 挨拶もそこそこに歩き出し、とりあえずその場から離れたんだけど、ユキオさんとおじいちゃんが玄関内に入ると、大きな声でユキオさんが問い詰めるかのように話しだすのが聞こえ、すごく気になって足が自然と止まってしまい、そっと玄関脇に隠れて耳を傾けてしまいました。ひ~。


「……さっきあの子、一瞬だが別人にみえた気がしたぞ。あれはもしかしてカエじゃないのか? 総さんが話してくれたカエを見たって話、今のが正にそれじゃないのか? もしかして生まれ変わりか、あの子? それともカエが化けて出て来たというのならハル坊も……」


 言葉が途切れて二人とも無言になっちゃったけど、おじいちゃんがポツリとつぶやいたんだ。


「ユキオ……、本当に今日は暑いな。俺、汗びっしょりだよ」


「それ、お互いに冷や汗じゃないのか……」


 何の事だろうとドキドキする。二人に聞いてみたい。でも聞いてはいけないのかもしれない。カエって人の名前のようだけど、本当になんなんだろう……。


人? 

だとしたら誰? 

わたしとなんか関係があるの?

もしかして、やはりあの女の子の事……。



 もう頭の中がぐるぐるしているけど、おじいちゃん達からそっと離れて門を出て市道に入り、蝉の声を聞きながら家から少し離れた通りを曲がり狭い道へ入った。この前、まいちゃんと通った道。

 この道を真っすぐ進むと町中の大通りへも通じる旧道だと教わっていて、それはその先の古い住宅地の脇も通り抜けるられる道でした。


 町の中に着きしばらく商店街を散策してから先ほどの小道に戻り、家とは逆方向に歩いて行く。住宅地を過ぎたあたりから人通りもなくなり、家も次第と減り雑木林がその先には続いている。どんどん木々が増えて林というより森みたいになった先にあるものをわたしは目指していた。


 ゆっくりだけど夏の日差しの中で額に汗しながら歩き続けること小一時間。目的地へ続くはずの長い階段が目の前に現れた。


 実はまいちゃんからこの長い階段の先には、この地域に昔からの神社のお(やしろ)があるんだよと聞いていたので、今日はそこへ行ってみようと朝から思っていたんだ。神社から見下ろす景色を期待して階段を登る。汗が噴き出るけど木陰に入ると涼しくて気持ちがいいなあ。

 にしても、蝉の大合唱はほんとに凄い。何年も地面の下にいて地上に出るとあっという間に生涯を終えると習っていたから、ちょっと複雑な気もするけどね。


 神社は小高い山の中腹にあるらしいけど、小高い木々に包まれおり、下からは全く見えない。


 階段は下の道路から見えていたよりもはるかに長く、何度も曲がりくねって続いていた。汗だらけになりながら登る事、四十分ほどか。途中では階段もなく木の根っこが生えそろった歩きにくい地面があり「立ち入り禁止」の立て看板のある脇道も見かけた。そしてようやくたどり着いた神社は思っていたものと全然違ってた。

 

 階段下からの小山の景色はまあまあだったからこぎれいな感じを期待していたんだけど、木々に囲まれた古い神社は思った以上にこじんまりとしている。


 狛犬さんに迎えられて境内に入ると、建物の他に汚れた木製ベンチと端に誰が置いたのか不似合いな錆びたブランコがあった。山の頂上に古いけど素敵な神社を思い描いたけど、手入れされていないのか、お社に化粧をしたはずの色は剥げ落ちて、板の模様がむき出しなうえ、ところどころが腐り落ち、かなり古びれている。


 日陰になった神社の社の石段に座る。疲れもあるから持ってきた水筒の麦茶を飲みながら休憩にしようと思う。わたしは麦茶が好きなんだ。さっぱりしていてのど越しもいいし。

 これはお母さんのせいなんだけどさ。結婚する前は管理栄養士をしていたらしく、心と体づくりのために小さい子供にはジュースは飲ませない方針で育てられたので、小さい時から清涼飲料水とかは飲み慣れてないだけなんだけどね。


 でもほんと楽しみにしていたのにがっかり……。さっきの家での出来事もあり、ほんとに気持ちがふさぐなあ。


 この神社の事だけじゃなくて、最近になり寂しさや不安を感じ始めていからかもしれない。引っ越しの慌ただしさがやっと落ち着き、時間に余裕ができたことでようやく知らぬ土地へ引っ越してきたんだって実感を色々とさ。


 そりゃね、初めは田舎好きじゃ~とか思ったけど、新しい学校にもなじめるのかマジ不安だもん。もしかしてイジメにあったらどうしようとか……。先生がめっちゃ怖いとか……。来年からは中学生にもなるし……。先々の事で不安はつのるばかりなり。ハア。


 少し汗も少し引いてきて冷静になって考えると引っ越してきた最初こそ、帰ってきたような気持ちもどこでか沸いていたけど、それは気のせいだったのではないのかな。家から一歩出れば、わたしにとって知らない町に知らない人だらけが現実で、何をどうすればいいのか見当がつかない自分がいる。こんな時はどうすればいいのかな?


 更に心にずっと心にしまってはいるけど夢であった女の子の事だ。あの日以来、夢見る事はなくて本当にただの夢だったのかと思いかけてもいたけど、あの子こそ、おじいちゃん達がさっきボソッともらしたカエって子じゃないのかな。もし暗闇の中から急に出て来られたら、そりゃあ怖いだろうけど、夢の中の感じは違う。


 昔から知っている友達に会ったような感じで、とても気になり続けているんだよ。


 はああ、そう言えば今頃都内の友達はみんなどうしているんだろう。


 おかあさんに引っ越す前にスマホをやっと買ってもらい、たまにメールもしているけど、ここには友達と待ち合わせていた公園も駅も、買い物に行っていた百均もない。友達からメールの返事がなかなか来ないとなぜか次第と不安にもなってくる。


 これは疎外感っていうのかな。つながってないってヤツで、独りぼっちっと感じるのかな。


 ここで知り合ったまいちゃんとも今後仲良くやって行けるかは不明だし、彼女の行っているスポーツ少年団のバスケットクラブも一度見に行ったけど、コーチが厳しそうな人だったから、勧められた入団をためらっているんだ。まいちゃんはスポーツ好きな活発な子だけど、それについて行けるんだろうか。



 そうこう思い悩んでしばらくぼんやりしていたけど、汗を拭わなきゃとリュックの中のハンカチを取り出す際に例の鈴が手に触れてちりんと鳴った時だった。


 社の裏からだろうか、足音が聞こえる。一人だし物音に少し怖くなって、距離をとろうと思い石段から立ち上がり、急いで登ってきた階段へ引き返し狛犬さんの影に隠れた。

 

 そっと視線を社の前に向けると、わたしより少し大きい男の子がそこに立っている。社に向き、両手を合わせていた。真夏だというのに首にはマフラー、大きめの色褪せただぼだぼで、厚手の上着に両膝のところが擦り切れた長ズボン姿。しかも長靴を履いている。



 でも……。



 変だな……なぜかこの子を知っている、いやその姿に胸が高まりはじめ、むしろ会いたかったと心の奥底からなんとも言いあらわせない色んな感情が溢れてきたんだ。


「ハル!?」


考えるより先に、声を出していた。

知らないはずなのに、知っている自分がいる。

どうしようもなく胸が高鳴っていく。


「カエ?」


 男の子はこちらを振り向くとそう答えた。さっき、おじいちゃんたちが言っていたヤツだ。わたしはこの言葉が、自分を指していることに違和感を感じなかったし、むしろそう呼ばれたことで、間違いなくハルであることがわかり、無我夢中で駆け寄ってしまっていた。


「やっと会えた! 久しぶりだねハル。やっぱりここにいたんだ! 本当にごめんね、約束したのに……」

「ううん、あちこたないよ。体なおった? 毎日、カエのことをここでお願いしているんだ」


 ハルの後ろの社は色あせてなく、きれいだった。木々のすき間から差し込む夏の光が眩しい。ハルの隣に並んで立ち、木々のすき間から山の下を見た。下には畑がある。その少し先には小川が流れている。その川の流れに沿って両脇に田んぼが広がっている。見慣れた村の景色だ……。


 ちょっとドキドキしながら、ハルの手をそっと握ると、彼の遠くを見つめるような目が、自然と重なった二人の手に移り、やがて私の瞳を見て微笑んだ。


「私ね、やっと家から出られるようになったの。まだ自由なわけでもないけど、やっぱり外はいろいろなものがあって楽しい。これからはこうやってハルとも会えるよ」

 

 わたしは会えた嬉しさで、とめどなく言葉を摘むぎ、両手を振り上げいた。


「ほら、もう動いても全然苦しくなんてない! 今度から学校にも行くよ。学校に行ったらハルと一緒だね。あ、でも学級が違うのかな」

「会えて嬉しいのオレさ、ほんとやっこいなカエの手は。無理せんでも、ここに来ればいつでも会えるから、せくことはねえよ」


 それからも、いろんなことをお喋りした。初めて会った時の事や、西瓜を一緒に食べたり雪だるまを作ってくれた事。彼との思い出がよみがえり、このまま、ずっと続けばいいのにと思う。



――そう、時が経つのを忘れるぐらいに――

 


 どれだけ時間が過ぎたのかは、わからない。けど、ハルは言葉で上気した気持ちを諭してくれたようだった。


「またおいで。まっといてえけど、そろっと日暮れも近いから、きーつけて帰れや」

 

「うん、ありがとう。そうだね、また来る」


 ハルの言葉に我に返り、顔が見れた事や、気遣ってくれた事がすごく嬉しくて、別れたくなかったけど、またこの神社に来ることを約束して手を振りながら歩き出した。


 ジジジジッ!


「はっ!!」


 一匹の蝉が顔をかすめるように飛んで、その羽音とともにわたしから何かが抜けた……。焦って後ろ振り返るとハルの姿は影も形もない……。なに? なんなの??


 さらに胸の鼓動が早まり、全身から汗がドッと噴き出して、すごく体が重い。なにが起きたのか見当がつかず、息も上がったため石段にたどり着くと座り込んでしまう始末。


 帽子を脱ぎ、額の汗を拭い、麦茶を飲んだ。しばらくすると体の違和感は収まってきた。そして自分の手を見る。


 残ってる……。ハルと繋いだ手のひらの感触が。



◆◇◆◇◆◇



 山を降りて帰る道なりは、家までを遠く感じさせた。途中、後ろの小山を振り返ると日が落ちはじめ、夕暮れが迫っていたせいかもしれない。道中での頭の中は、神社での事がどうしても忘れられず、色々と思い出してみたけど、わからない事だらけだよ。


でも、一つだけは、なんとなくだけどわかっていた。

近くにあの子がいる。

カエという名前で、そしてさっきの男の子は彼女の大切な友達に違いない。


……引っ越した日の夢は夢じゃない。 


不思議な事だらけだけど、かなうなら彼女と話しがしたいと今は思う。


この神社にきたのはそういうことなんだよね? カエ。



 とぼとぼと歩き、家に着いた時は日も暮れて暗くなってた。ただいまの声も無しに玄関をドカドカと上がる。お母さんが夕飯の支度をしていて、鼻をカレーの匂いがくすぐり、お腹がぐうと鳴ったけどそれどころじゃないの。


おじいちゃんを探す。どこ! 

聞きたい事がいっぱいだよ。いた! 

縁側で野菜の仕分けをしている。


「おじいちゃん!!」

「おっ、お帰り。どうしたあゆ? 顔が、その……怒っていないか?」

「そんなのいいの! ねえ、教えてよ! ……カエってなに!」


 わたしの姿は噛みつかんばかりだったのかもしれない。おじいちゃんの顔が少し青ざめたかた思うと、そっと目をそらして暗くなった外に目をやった。


 おじいちゃんは、ボソッと口を開く。


「あゆ、先日、お前が手にした鈴付きの工芸品、あれはカエが、生前大事にしていたものだよ……」


「カエはな、わしの妹の名前だ……もう五十年ほど前に、この家で亡くなっている」


 おじいちゃんのそんな言葉を聞き、わたしはぺたりとその場に座り込んでしまったのでした。

(注釈)「やっこいな」:柔らかいな

    「あちこたないよ」:大丈夫だよ

    「せくことはねえよ」:あわてなくてもいいよ、いそがなくてもいいよ

    「まっといてえけど」:もっと一緒に居たいけど


次回:「大叔母カエ」いよいよ、あゆとカエの対話回です。カエは何を語るのかお楽しみに♪



小説のみならず、イラストについても感想など頂ければ励みになりますので、ブクマ含めよろしくお願いいたします。

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