第三話 埃のなかのガラス玉
ここまでお読みいただきありがとうございます。
挿絵の作成に時間がかかり予定より更新が遅れてしまいました。
引っ越しから数日が経ち、荷物も無事に届いて引っ越し作業もひと段落すると、おじいちゃんが一人で暮らしていたガランとしていた家が家具で満たされた。おじいちゃんの靴しかなかった玄関にもわたし達家族の靴が並び、少し賑やかになった感じです。
それとお母さんはもともと行動的かつ社交的な性格なため、障子の張替えの仕方やら、畑の野菜作りについておじいちゃんに聞きつつ楽しそうにしている。近所の人も様子を見て来てくれてすでに世間話に夢中なんだよね。
わたしは普段通りで、初めての夜の夢の事も誰にも話していない。
お昼に、お父さんが近所の同い年の『まいちゃん』を紹介してくれ、小学校へ案内してもらった。学校自体は分校というのかな、小さなたたずまいだったけど思ったより近くて、道も覚えやすく安心した。小さい学校だからクラスは一学年二クラスしかないとの事。
まいちゃんと同じクラスになれるかは新学期にならないとわからないらしい。登校初日は迎えに来てくれると話してくれた。
彼女は夏休み中だが学校のプールに行ったり、町のスポーツ少年団に入っているので結構忙しく過ごしているんだって。私学受験のためにバスで塾に行っている子もいると聞いて、そのあたりは都会となにも変わらないんだなと納得したのでした。
学校の事は少しだけわかったけど、夏休み明けに始まってからどんな先生やクラスメイトと出会うのかなというとこには大分不安がある。見知らぬ転校生だからお互いになじめなかったり、それがこじれてニュースによくあるいじめとか悪い出来事も想像しちゃう。すでに自分の身なりや話し方だってまいちゃんと幾分違うのを感じていたから、わたしは此処になじめるのかなあってね。
ふ~っ、悪い事を考えても仕方がないか。なんとか前向きになれるようになりたいな。とは言っても悩みを話せるのはお母さんぐらいだから、あっけらかんと頑張りなさいとだけ言われそうです。けっこうスパルタだもんね。
****
引越しをして今日で一週間。起きて鏡をみると髪ぼさぼさで、熟睡できたもよう。初日の変な夢の続きを毎夜ごとにどこか期待して過ごしていたけれども、この髪具合はちょっと悲しい。もともとくせっ毛なのに輪をかけて広がってます。はあ~。
朝ごはんをすませ、お父さんは新しい仕事先に挨拶に出かけ、お母さんはおじいちゃんと田んぼの水を見に行くそうな。わたしは特にする事がない。なぜなら転校で宿題もないのでした。喜ばしいのかどうなのか変な気分だけど、じっと家にこもるのも性に合わないから、明日でも近所やこれから生活する町の様子を散策にいこうかなと思ったりしています。
居間でテレビを見ていたら、窓の外におじいちゃんが出かける前に蔵の戸を開けているのが見える。たしか、引っ越した時に中に大したものはないけど、たまに開けて空気の入れ替えをするんだって聞いたのを思い出した。しめしめ暇つぶしができるかもと思いついたから近寄ってみますか。
「ねえ、おじいちゃん、中に入ってもいいかな?」
「ああっ、あゆか。かまわないけど中のものは埃だらけだから、あんまり触らない方がいいよ」
「それぐらいなら平気だよ」
「それと二階もあるけど、もし上るなら気をつけてな」
「わかってるって、大丈夫だよ」
お母さんと車で出かけるのを見送り、おまちかねの冒険タイムきた。どれどれと蔵の中に入ると、思ったよりひんやりしている。土壁っていうのかな、意外に涼しいのに驚いたり、入り口から少し奥へ進むと空気がよどんでカビくさいなあと感じる。
暗がりの一階に置かれているのは、見たこともない木製の農機具らしきヤツがずらりと並んでます。お米を作ったりするのに使っていたのかな。その古ぼけた様子からもうずっと昔に役目を終えて、ここに居座っているんだろうね。母屋の隣のプレハブ倉庫にあるお米の乾燥機とか稲刈り用のコンバインとか新しめの農機具とは雲泥の差だもん。
一通り見て回ると二階への階段発見。急だし手すりとかもないし、ほぼ梯子だよねこれ。見上げると上は真っ暗で怖いんですけど。
しかし興味にひかれて登ってみたいから、灯りがないかなとあたりを探すと柱にかかっていた懐中電灯みっけ。錆びて固いスイッチを入れてみたら、ぼんやりだけど電球がともった。
それではとギシギシと音が鳴る階段にビクビクしながら暗い灯りが頼りの大冒険。ひょこっと顔をだしてみると下とは違う、まっ暗闇があった。そのまま懐中電灯の灯りを周囲に向けてみると段ボール箱やさして大きくないものがあちこちに積んである。お化けは出ないよねとぐっと我慢して二階の床まで上りつめる。
自分の周りが淡い灯りで、照らすと影が動いているようにも感じてとても怖くて、なぜか忍び足になっちゃった。前に進みつつ色々と見ているうちに段ボールばかりではなく、ちょっと小ぎれいな木箱を発見。さして大きくはないけど、この蔵にはなぜか不釣り合いな感じの箱。その脇には竹かなにかで編んだようなかすれた赤い色で……つづらというのかな、それが三つほど積み重ねてある。
開けたい……。なぜかうずうずしてきる。ほんとにいいのかなと思いつつもそばに近寄り、埃を払ってまずは、つづらをそっと開けてみると。
「あっ……」
暗がりのなかで、懐中電灯の灯りに照らされ目に入ってきたのはたくさんの着物だった。浴衣しか着たことがないけど、きれいに畳まれたそれには、大切にされていた様子を感じる。手に取る事はしなかったけど、それは小さくて子供用に思えた。
次に木箱の留め具を外して開けると、中にはかんざしやくし、鈴にリボンも。ほかにもハンカチや手鏡といった小物が入っている。なんだろうなコレ……って考えたら、古いのはもちろんだけど色形は子供むけ……いや女の子向けか。着物と同じところにあるということは、誰かの持ち物だった?
女の子って? えっ、もしかしたら、あの娘?
そう思いあたると、いてもたってもいられなくなって、その中の一つを手に取ってみた。
それはきれいなガラス玉と小さな鈴が質素な紐で組んである工芸もので、手に取るとそれは「チリリン」と鳴りました。
その音色が暗がりに一瞬広がりそして消えていく。
儚い……。暗がりに消えてゆく音にそんな感情が沸く。
ふうと一息吸い込んで、もう一度それを振る。
「チリンチリン」と音色を立てる。
見つめているうちに、いつのまにか目にうっすら涙がにじみ、不意に床に座り込んでしまい、少し動揺しているわたしの耳元に、誰かが話しかけてきた気がする。
「……持ってて……」と。
「誰?」と心で声をあげたけど特に何もない。
再び手の中のガラス玉と鈴をみつめ、わたしはそっとポケットにしまい込んだ。
階段をおり外に出て蔵を振り返ると、まばゆい夏の日差しが照り付け、暗がりとのその大きな差に、この蔵はいろんな時間がとまってしまった空間だと感じてしまうのでした。
そんなところに、お母さん達が帰って来た。
ポケットにしまっていた工芸品を取り出して、もらってもいい?と尋ねると、おじいちゃんは少し黙って考えているような感じだったけど構わないよと言ってくれた。お母さんもこれをみつめて、曇ってはいるけど磨けばきれいになるんじゃないのと言ってくれた。
うん、きれいに磨こう。きっと大切なものだと感じたんだから……。
次回「小高き山の神社にて」
小説のみならず、イラストについても感想など頂ければ励みになりますので、ブクマ含めよろしくお願いいたします。