第二話 初夜
ここまで、お読みいただきありがとうございます。
あゆが見た、一人暮らしのおじいちゃんの家はどんな印象なのでしょうか。
外でのでき事がなかったかのように玄関をくぐった。
おじいちゃんの家の中は古かったけど、せっせと今日のために片づけておいてくれていたので、家の中は思ったよりもきれいだった……というより物がないの。だだっぴろい家の中は家具がすくなく閑散としてる。なんだろな、生活感がないっていうんだろうか。お父さんがおじいちゃんの後に続き、その後に私とお母さんが続くかたちで家の中を見て回わり、お父さんは途中何度もおじいちゃんに質問している。
「ここにあった鏡台は?」
「捨てたよ」
「ミシンは?」
「使い方がわからんから捨てたよ」
「タンスは?」
「中にあったばあさんの衣類を処分したら空になったから捨てたよ」
「食器棚は?」
「あれはおまえと兄貴で喧嘩してガラスを割っただろう。その後捨てたんだ。だいたいお前、葬式の時に気づかなかったのか」
お父さんにとっては、私からみればおばあちゃんやおじさん、たぶんひいおばあちゃんとかもいた頃で賑やかでいろんな物にあふれていた家のはずだったんだろうな。それが今、おじいちゃんが一人静かに暮らす、がらんとした空洞の家に変わっている。
壁や畳の色が違うところがあるのを見れば、前は何か家具があったことがわかる。何もない空間は昔を知らない私にもなんだか寂しく見えた。
そんなことくらい子どもの私でもわかるよ、お父さんがなんだかがっかりして寂しそうな風にしょんぼりんとしていたし。
おじいちゃんはそんなお父さんには目もくれず、つとめて私とお母さんに明るく話してくれる。もともとおじさんの家へおじいちゃん達が引っ越す話が出ていたので、おばあちゃんが古い物は事前にほとんど処分していたらしい。
広い家は一人ではとても片づけられなかったろうし、おじいちゃんにとっては片づける時におばあちゃんとあれこれと家族のエピソードを思い出しながら昔話ができて良かったんだって。おじいちゃんとおばあちゃんって……仲良かったんだな。
そして家の見回り中にトイレと風呂場はこの度すでにリフォームされているのを発見してお母さんが目をキラキラさせてとっても喜んでいる。なんと言ってもお風呂とトイレがきれい。
おじいちゃんの前では我慢しているけど私とお父さんと三人だけだったら、たぶん「バンザーイ!」って大声を出しながら飛び跳ねて喜んでいるレベルだね。
一方、私は二階に一人部屋をもらえるとお父さんからは聞いていたのですごく楽しみにしていたんだ。マンション暮らしだと自分の部屋があっても、隣にお父さんたちの寝室があるからなにかとね。……ふっ。
ただ座敷童子やら先ほどの件といい、実は楽しみ半分、不安半分になっていて夜中に一人でトイレに行けないと困るからトイレのそばのお部屋もいいかなあと思い直してたけど、トイレは一階のみでした。そんなトイレの横はちいさなおじいちゃんの寝室が確かあったなあ。なんか察した気分ですハイ。
そんなこんなで実際におじいちゃんに案内されたわたしの部屋は一階の一番奥の部屋でした。そこは何十年も前に増築した部屋だっておじいちゃんに聞かされた。
二階にはもともとお父さんとおじさんが使っていた子供部屋があるんだけど、その部屋だけはそれぞれが片づけに来たらいいとの理由で、物がいくつも残っているらしく、その部屋の他にも誰も使っていない部屋にはエアコンがなかったり窓が壊れていたりで、照明も外しているため実際すぐに使える状態じゃないんだよね。生活自体は一階の少しばかりで全てが足りてしまうようでした。トホホ。
おじいちゃんはおばあちゃんが亡くなってからは、もともと夫婦で使っていた部屋を使わず、仏間とつながっている小さい部屋で寝ているという。部屋というよりもともとは物置だと思う。その狭い空間の方が、物が全て手に届くし座敷や台所も近いから、便利だし落ち着くんだって。
他の部屋は物がないのに、その一角だけには生活感がある。もともとはそこにタンスがいくかあり、家族の衣類やタオルなどを取りに行っていたとお父さんが話してくれた。タンスを処分したため、おじいちゃんの服がそのまま壁に掛けてあり、ウォークインクローゼットみたいな中におじいちゃんの居場所があるみたいだった。
お父さんとお母さんは、おばあちゃんとおじいちゃんがもともと使っていた広い部屋を使うことになって私の部屋からは少し離れている。
わたしの部屋は、確かに増築されたようで母屋から横に飛び出ていて、ちょっとおしゃれにも感じる部屋。玄関や庭がよく見える。和室に不似合いな出窓もついていた。お父さんはもともと『客間』だったんじゃないかと話していたけど、実際にお客が来ても使ったことはないよとおじいちゃんは言った。
自分の部屋となった部屋は出窓がかわいいし、日当たりもあり居心地が良さそう。トイレは少し遠いけど大広間と仏間を挟んだ先にはおじいちゃんがいる。二階で一人よりはやっぱりいいのかも。それに何より、なぜかこの部屋は懐かしい気がして、もともとここは自分の部屋で、出窓からのんびり庭を眺める自分がいる、そんな不思議な気持ちまでが芽生えてくる始末です。
そんなこんなで、おじいちゃん家の初めての夜は、たらふくご馳走を食べてお腹もいっぱい。お母さんと一緒に入った新しいお風呂も気持ちが良くて、都会と比べて夜は窓を開けると涼しい。切り草の匂いの混じった風が鼻をくすぐり、たくさんの虫やカエルの鳴き声が聞こえる。わたしにとっては初めてで不思議な体験です。
うん、田舎暮らしいいかもとまた思えるのでした。
夜も更け初めて一人で寝る部屋。
布団に寝っ転がって見渡す部屋。
知らない天井と畳の香り。
だけど、どこかでふれたようなそうではないような気持ち。
どこかでほっとするような気持ち。
蚊取り線香の匂い
虫の声
開けた窓からうっすらと差し込む月の明かり
心地い夜風が、あわただしく一日を過ごしたわたしを眠りに誘う。
「……疲れたでしょ。ゆっくりおやすみなさい……」
ふと、どこからともなく聞こえてきた人の声? 目をこすりながらぼんやりしていたけど、そんな事ともにわたしは眠りについたのでした。
深く眠りにつくと夢の中で誰かと話しているわたしがいた。相手は同じくらいの女の子。今日、玄関にいた和服の子なのかな? そうぼんやり思っているとその子の声がする。
「うん、そうだよ。私から見ればかわいい妹ができたみたいだし、やっと帰ってきてくれて嬉しいんだよ」
そう言われればそんな気もする。なんだか昔から知っているような不思議な気分をおぼえていると、女の子は更に続けた。
「本当にお帰りなさい、あゆ。ずっと私は待っていたんだ」
わたしを優しく歓迎してくれるその声に、もともと自分のいた場所へ帰ってきたような気分になんかほっこりするし、あたたかく包まれているのを感じているうちに、また夢うつつとなるわたしなのでした。
次回 「埃の中のガラス玉」毎土曜日までに更新を予定しています。
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