不器用なりに『大好きなんだ!』と伝えたいんだ!〜身勝手に挑むPK戦で、私の恋が動き出す〜
あれは、三年前の夏だった。
夕暮れのグラウンド。濃い夕陽のオレンジが、サッカーゴールの枠を同色に染め上げていた。その真ん中に立った私は、片思いの相手と対峙している。
「ねぇ、思いっきりシュートしてみてよ」
「はぁ? 何言ってんだよ。出来るわけねぇじゃん、そんなこと」
中学校最後の大会終えた私とアイツは学校に戻り、二人っきりで三年間慣れ親しんだサッカーゴールの前にいた。
私の名前が里中凛花で、アイツの名前が高梨周斗。共にサッカー部員。と言っても、私はマネージャーじゃなく選手。
もっと言えば、私は“女子サッカー部員”で、アイツは“男子サッカー部員”。
共に今日、違う場所で現役最後の試合を敗戦で戻ってきた。そして、ゴール前で佇むアイツに声をかけたのだ。
「いいじゃん! アンタの本気のシュート、受けてみたいんだ」
「バカじゃねぇの、お前。そんなんで怪我なんてさせられっかよ、ふんっ!」
プイッと顔を逸らし、鼻を鳴らしたアイツ。それでも私は持っていたキーパーグローブを両手にはめて見せた。
サッカー部での私のポジションはゴールキーパーで、アイツはフォワード。エースストライカーだ。
「いいからいいから、アンタ程度のへなちょこシュートで怪我なんてしないって」
「………………」
そう煽っても、アイツは渋い顔でそっぽを向いたまま。さて、今度は何と言って煽ってやろうかと考えていると、アイツは私に向き直って見つめてきた。
――おっ! 私に惚れたか?
こんな風に面と向かって見つめられることは初めて。何も言わない時間が続くと恥ずかしくなってしまう。
ただまぁ、片思いの相手だけに悪い気はしないのだけど。
それでも、そろそろ間がもたなくなったなと思った時だった。アイツは実に大袈裟なため息を吐いた。感じが悪いことこの上ない。
「どうなっても知らねぇからな」
「ふっふ〜ん、そうこなっくちゃ」
アイツは足元のボールを蹴りながらゆっくりと移動。かすれたペナルティマークにボールを止め、ペナルティエリアの外へ。
ゆっくり振り向いて再び鼻を鳴らす。
ホントやな感じだけど、それをやってるのは片思いのアイツ。何をやっても許せてしまうのは惚れた弱みか。
まぁでも、ここから先は真剣勝負。これに私の人生をかけていると言っても過言でもない。
キーパーグローブで両頬を叩き、気合いを入れる。例え惚れた相手でも負ける訳にはいかない。目じりを吊り上げ、アイツを睨みつけた。
「……いくぞ」
「カモーーーンッ!!!」
ゆっくりと移動を始めたアイツ。最後の三歩で勢いをつけ、四歩目で軸足を地面にめり込ませる。そして、利き足がボールを捉えた。
「シッ!!!」
口から空気が漏れた。瞬間。両手を伸ばし右真横に飛び込む。
そして……
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
両手に収めたサッカーボールを持ったまた立ち上がる私。ふっ、と一息を吐いてアイツに微笑みを見せてやった。
「やっぱ、本気で蹴ってくれないんだ」
「ったりめぇだ。そんな事できっかよ、全く……ふんっ!」
そう言って再び鼻を鳴らし、そっぽを向くアイツ。その表情には悔しさはない。ただただ面倒くさそうにしてるだけだった。
それを見て、私は覚悟を決める。持っているボールを優しく投げ返し、キーパーグローブを外した。
「アンタさ……優しいね」
「はぁ? 今はそんなの関係ねぇだろ。女子に怪我させたなんて知れたらよ、他のヤツに何言われっか分かんねぇしな」
「そっか……ほんじゃ訂正! アンタは優しすぎ! バカがつくくらいにね」
「何だよそれ、褒めてんのか? それともディスってんのか?」
そんな抗議をしてくるアイツ。面倒くさそうな表情は変わらない。いや、余計に濃くなってるかもしれない。
でも……そんな表情が、私には悲しかった。
「この勝負、私の勝ち……で、いいのかな?」
「あぁ? 別に、かまわねぇよ」
その言葉が私の頭の中を反響する。それがまた悲しくて、そして悔しくて。
諦めた。
「そっ! それじゃあさ、これから先のアンタにアドバイスしたげる。女の子の願い事は叶えてあげないとモテないぞ」
「はぁ? 意味わかんねぇぞお前。頭、イカれてんじゃんねぇのか?」
そうかもしれない。きっと私はこの勝負に勝ってしまって。本来の、自分勝手な勝負に負けてしまって頭がイカれたのかもしれない。
でも……それも、もういい……
「とにかくさ、女子って目の前で本気を見せてくれる男子に弱いもんなのよ。覚えとけ!」
「何だよそれ。ホント、わけわかんねぇぞ!」
呆れた表情のアイツ。だけどもう、限界だった。
素早くアイツに背中を向けて、歩き出す。細かく鼻で息を吸いながら慎重に、泣き声にならないように呼吸を整える。
そして右手を肩口まで持ち上げ、親指を突き上げた。
「じゃあ、ね……」
こうして私の初恋は終わった……終わらせた。
身勝手に……自分の真意を伝えることが出来ないまま、強引に。わがままで独りよがりな片思いを……不器用な私の初恋を、ねじ伏せた。
後ろでアイツが何かを言ったような気がしたけど、足を止める事はなかった。逆にスピードを上げたくらい。
だって……
両目から流れる涙が止まらないから。早くひとりになって、思いっきり泣きたかったから。
そうして私は運動場に、自分勝手な恋を置き去りにして走り去っていったのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――――三年後。秋。
今現在、私は夕陽の差し込む高校の第二サッカーコートのゴールの前に立っている。
目の前には片思いの相手がいた。もちろん、中学時代に勝手にフったアイツじゃない。
あれから私は県外のサッカー強豪校に進学した。三年間、サッカーに没頭……するつもりだったけど、その意気込みは早い目に撃沈。
ソイツの名前は田代裕也。そしてまたもストライカー。
――やっぱ、点取り屋は格好良いもんね。
とは言え、中学の頃のアイツとは全然見た目は違う。どっちかって言うと、あっちの方がイケメンだったかも。
そんな事はどうでもいいとして、このシチュエーションはあの時とよく似てる。あの時と同じ、私もソイツも高校最後の試合に負けて、ここにいるのだ。
そしてまた、性懲りも無く私は勝負に出た。
「ねぇ、思いっきりシュートしてみてよ」
「はぁ? 何言ってんだよ。出来るわけねぇだろ? そんなこと」
あの時と同じセリフ。あの時とはちょっぴり違う返事。おかしくって、吹き出しそうになるのを堪えるのが大変だ。
「いいじゃん、アンタの本気のシュート受けてみたいんだ」
「バカかお前、そんなんで怪我したらどうすんだ?」
またまたあの時と同じセリフ。だけど、返ってくる言葉は微妙に違う。
――――相手が違うんだし、当たり前か。
別に、あの時の事を引きずってるわけじゃない。こんな事じゃなきゃ、思いが伝えられないくらいに私は不器用な女なのだ。
「いいからいいから、アンタ程度のへなちょこシュートで怪我なんてしないって」
「あのなぁ……」
そう言って煽るのも、あの時と同じ。ただ、目の前のアイツは渋い顔ではあるけど、そっぽは向いてない。最初っから面と向かって話している。
――おっ? 私に惚れ……るわけないか。
自意識過剰なとこも変わってない。全く成長が出来てない自分に憤る。不器用なことこの上なさすぎで……バカみたい。
――――やっぱ、こんな女じゃ……ね……
「どうなっても知らねぇからな」
「……ふっふ〜ん、そうこなっくちゃ」
ゆっくりと足元のボールを蹴りながら移動するソイツ。濃く印されてるペナルティマークにボールを止め、ペナルティエリアの外へ。
さすがは私立高校の専用グラウンド。人工芝なだけに、引かれたラインは鮮やかだ。
でも……
でも、この慣れ親しんだグラウンドも今日で終わり。あの時と同じ、身勝手な恋を置き去りにして、私はこの場所を去ると決めている。
願わくば、この馬鹿さ加減も置き去りにしたいけど……
――――よしっ!
キーパーグローブで両頬を叩いて気合いを入れる。例え惚れた相手でも、負ける訳にはいかない。目じりをギュッと吊り上げ、ソイツを睨みつけた。
「……いくぞ」
「カモーーーンッ!!!」
身体を前方に倒したソイツ。一気に加速し、軸足を芝生にめり込ませる。そして、ソイツの利き足がボールを捉えた。
――なっ!? 逆っ!!!
あの時のアイツと違う動きだと思った瞬間、飛び込もうとした方とは逆方向に飛んでくるボール。無理やり体制を引き戻したけど、間に合わない。
――――ちっ!!!
苦し紛れに左足を伸ばす。何とか届いた。
けど……
っ!!!!!!
ボールは勢いよく左のスネに当たる。その反動で私の左足はゴールに押し込まれた。
そして……サッカーボールがゴールネットにくい込んでいくのが見えた。
今まで見た……今まで受けたどんなシュートよりも早くて重い、強烈なシュート。手加減すら微塵も感じさせないボールが、私の慢心を打ち砕いたのだ。
呆然と、ゴールの隅で転がるボールを見ていた。自分が思っていた事と、全く違う出来事に唖然としてしまう。
アイツとは全く違う、ソイツの放った全力シュートに。
「これで満足かよ」
ビクッと身体を震わせ、声のした方に視線を向ける。そこには無骨な表情で仁王立ちするソイツの姿があった。
グランドに座ったままマジマジと、その無愛想な顔を眺めるていると可笑しくなってくる。
「ぷっ……ふふふっ……」
「ったく……何がそんなに可笑しいんだよ」
「ん〜〜〜ん、全く手加減しないんだなって思ってさ」
「あぁ……んんっ……まぁ……あんな目をされたらよ、手加減なんて出来ねぇだろ」
バツが悪そうに、頭を掻きながら言った言葉。勝負師なら、誰でも言いそうなセリフ。ただ、私には驚愕でしかない一言だった。
だってそれは、私が一番聞きたかった言葉。三年前にも聞きたかったセリフ。不器用な私が、まちに待った一言だった。
唖然としながら見上げていると、ソイツは腕を伸ばしてきた。そして、右上腕を鷲掴みにされて引き上げられる。
こんな風に男子に掴まれたことは無い。そもそも触れられたことすら皆無。だから物凄くドキドキしてしまう。
「あ……ありがと……う」
はっきり言うけど、男子に対する抗体を全く持っていない私。勝手に想うだけで、勝手に盛り上がっているだけで、単なる臆病なだけの私。
だから、こんな勝負をしなければ想いを伝える切っ掛けすら得られない。不器用を超えた、単なるバカにしか過ぎない女なのだ。
強引に立ち上げられた私は少し後ずさる。右足を一歩、そして二歩目の左足を地面に着いたその時。スネに激痛が走った。
「いつっ!!!!!!」
その瞬間、力が抜けてしまった。ガクりと身体が下がったその時、ソイツの大き手がまたしても私の右上腕部を掴む。
「ったく、そんなで歩けるわけ無いだろう。お前、俺の事……舐めてんのか?」
別に舐めている訳では無い。逆にリスペクトしたいくらい。こんなバカ女相手に、本気を見せてくれたのだから。
ただ、この痛み……
小学校一年生の時にサッカーを始めた。今までに、大なり小なりの怪我をしてきたから分かる。
――これは……三日は腫れるな。
そう思った瞬間だった。ソイツは驚きの行動を見せる。私に背を向け、スっと高さを無くす。屈んだままの状態で顔半分をこちらに向けた。
「ほら……乗れよ」
「えっと……おんぶ? でも、何で?」
「勝負とは言え、こうなる事は分かってたからな。責任はとる……いや、取らせろ」
「責任て……」
顔半分だけこちらに向けるソイツを眺めながら苦笑い。ただ、無言で睨みつけてくるものだから……結局、根負け。
「それじゃ……お邪魔します」
「何だよそれ、バカかお前は」
――はいはいそうですそんなんです。私は馬鹿なんですよ。
そう心で呟きながらソイツの背中にそっと乗る。太ももの下にソイツの腕が当たった。胸のドキドキが伝わらないように、上体を軽く逸らしソイツの肩を掴む。
そして視界が一気に上昇。ソイツの身長は百八十センチと聞いた。だから今、私は身長二メートルを体感している。
――ちょっと怖い……かも。
ゆっくりと歩き出すソイツ。振動が心地いい……けど、左足に響く。けど、やっぱり嬉しい。
まさか、片思いの相手に背負われるなんて思いもしなかった。でも、私を背負うソイツは本気を見せてくれた。
だから、今度は私の番。私の本気……本当の気持ちを伝える番だ。
三年前は諦めた。アイツは本気を見せてくれなかったから。
でも、私を背負うソイツは怪我を負わせることを承知で本気を見せてくれた。だから諦めない。フェアじゃない。私が仕掛けた勝負なのだから。
「あのさ……私ね、田代のこと……」
「里中!」
私の言葉を遮ってソイツが声を出す。
「えっ……と、何?」
「俺と付き合ってくれ」
「は……はぁ? 今、何て……」
「俺と付き合ってくれ」
抑揚のない声で、全く同じ言葉を繰り返された。そりゃまぁ、大事なことではあるんだけど。唐突すぎて理解できない。
――えと……今は、私のターンじゃなかったけ?
困惑のままソイツの後頭部を見つめ続ける。何も考えられず、何も言葉に出来ないまま振動だけが伝わってくる。
とは言え、そんな時間は直ぐに終わりを告げる。
何故なら私は今、ようや片思いのソイツに告白されたことに気づいたから。私の告白を遮って、ソイツ……田代が告白してきた事を理解したから。
とは言え今は私のターンだし。勇気をだして告白する直前だっただけに、無性に腹が立ってくる。
――――なんて、嘘。
こんなの嬉しいに決まってる。胸のドキドキが伝わりそうでさらに仰け反る。田代が前を向いてるから、口のニマニマが見られないのは助かるけど。
ただ……
「今それ、言うのズルくない? それに、それは私が言い……」
「たとえ俺が、天然記念物と言われても」
「えっ!?」
「たとえ俺が、化石だ土偶だハニワだ遺跡だと言われても、女にそんな事を言わせる訳にはいかねぇだろ」
私の言葉を遮ったソイ……田代。不貞腐れた感じの声でそう言った。こっちが恥ずかしくなってくる。
「昭和か!」
「うっせ!」
私もたいがい不器用だけど、それを超える不器用がいたとは。しかもそれが、片思いの相手だったとは。
両思いだったとは……嬉しすぎて、涙が出そう。
「いつから?」
「あ? 入学した時からだ」
――マジか!?
「なんでその時、言わなかったの?」
「あの時からお前は人気があり過ぎたからな、とても言える状態じゃなかった」
――知らなかった。
確かに、あの頃から先輩やら何やらが声を掛けてきてたような気がする。とは言え、田代一択だった私には興味のない出来事だった。
「何で今?」
「これを逃したらもう、度胸が出せねぇと思ったからだ」
――なんか、可愛い。
「んで、返事は?」
「あぁ……」
この状況で返事を求めてくるとは。男前っぷりを発揮しておきながら、なかなかに意地の悪い男だ。
――いや、意地が悪いのは私の方か。
散々質問しておいて、散々答えさせておいて、自分は言葉を濁すなんて。馬鹿を通り越して卑怯者だ。
「えっと……返事ね」
「おぅ……」
返事なんて決まってる。だって、元より私が告白しようとしてんだから。
「あの…ですね」
「なんで改まる必要があるんだ?」
――何でだろう? 作法?
なんだかテンパリ過ぎて訳が分からない。もちろん嬉しすぎて。
――それでもちゃんと、答えなきゃ。
「えぇっと……末永くよろしくお願いします」
「はぁ? なんだよそれ? でも……まぁ……おうよ、任せとけ」
全く……揃いも揃って不器用過ぎるのも程がある。
だけど……田代はどうか分からないけど、私にはこれが丁度いい。いや、きっと田代じやないと無理なんじゃないかと思う。
――私の目に、狂いはなかった。なんてね。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この日、私の片思いは終わった……終わらされた。
その張本人は無言のまま、私を背負って歩き続ける。そんな時間が今は有難くって心地いい。振動で、左足は痛いけど気にならないほどに。
それでも私に気遣って、振動を与えないように歩いてくれる田代。今日から私の彼氏。私の恋人。
――なんて呼ぼうかな? なんて呼んでくれるのかな?
そんな事を考えながら、私はそっと、田代の後頭部に額を付けた。もちろん胸のドキドキが伝わらないように、彼の背中と私の胸の間に両腕を添える。
早く……一日でも早く、思いっきり抱きつけるようになれたらなって思いつつ、私は彼の背中に揺られながら幸せを噛みしめるのだった。
――この幸せが、永遠に続きますように。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「ねぇ、明日迎えに来てくれる」
「あぁ? 何でだよ?」
「足、きっと腫れると思うし」
「あぁ……まぁ……そうか……分かった」
「おんぶしてくれる?」
「あぁっ!? 肩貸すくらいでいけるだろ!」
「裕也のせいだし」
「くっ……誰にもみられないように朝早く行くからな」
「分かった。それで手を打とう」
「くそっ……ありがとよ……その……り……凛花」
っ!!!!!!
「…………うんっ! 待ってるっ!!!」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おしまい〜〜〜〜
最後まで読んでいただき有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です。