「ところでそちらのお嬢さんは?」
#4
「ところでそちらのお嬢さんは?」と、藪下。
きとらがぎこちなく前に出る。
「は、はじめまして、須田といいます。黒之瀬くんと同じクラスです」
「須田……? いやなんでもない。藪下です、どうぞよろしく。好きなことして生きてます」
ほんとに好きなことしすぎだろと思う。
「黒之瀬は気持ちのいい男だろう? 要はイケメンだ。思い立ったら即行動、のみこみがよくて気風もいい。誰ともよく話して偏見を持たず、体力任せにどこでも駆けつけ、遊び心を見せたりしながら、実は深いところで考えている。今後も黒之瀬と仲良くしてやってくれ、須田君」
息子を売りこむ父親かよ!
きとらが「え? はあ……」と固まってるぞ。
その後、俺に向けて手招き。
「じゃ、黒之瀬、まあとにかくやるぞ」
男は拳で語りあうと言いたいのか知らないが、まあゲーセンに来たんならゲームをしなきゃ始まらんってことは同意する。
そして……。
プロ相手に五割以上勝つヤベーやつに対し、さすがに勝負にならない。
向こうはスパーリング気分であるらしい。
ちょくちょく珍奇な戦法を試してくる。
それが失敗してくれればなんとか勝負になるという感じだった。
幾度も完封された。
こちらの動きと弱点を読みきって攻めと守りを着実に決めてくる。
俺のような感覚派アタッカーでは分が悪い。
「……ふう」
やっとのことで一勝をあげてふりむいた。
きとらは後ろの壁際にちょこんと立っている。
しかし藪下の背中を静かに見つめつづけている。
今勝ったの俺だぞ?
次戦、藪下の猫だましのような小手先作戦を破った。
今度こそはとうしろを見る。
けれども彼女は俺を見ない。
オイオイオイ。
藪下がそれに気づいて席を立ち、きとらに聞いた。
「須田君は遊ばんのかい?」
「わ、わたしはいいです」
「僕のテクを目で盗もうとかではなくて?」
「いいえ、ゲームとか全然さわったことなくて、ただゲームセンターを見に来ただけなんです、本当に」
「おもしろいこと言うね。ゲーセンはゲームをする場所なのに、見に来ただけなんて」
育ちがよくて余裕があるから、勝負に関係ない非ゲーマーに対しては特に紳士かつ社交的な男だった。
「くわしく聞かせてくれないかい? なぜ見に来たのか」
「えっ」
ゲーム狂とは思えない爽やかオーラで彼女に接近し、
「僕はおもしろい人が好きなんだ」
きとらが「どうしよう……」という風に俺に助言を求める目をしてきた。
こちらとしてはどうぞご自由に。
藪下に興味があってその詳細をもし知りたいってんなら、一期一会で今好きなだけ喋っとけという気持ちだ(別に嫉妬とかじゃないぞ?)。
「……わかりやすくは言えませんけれど」
気弱にきとらが語りだした。
「一子相伝の芸事みたいに、堀に囲われた遊郭みたいに、切り離された場所は精神的にも浮世から離れて、価値の顛倒……独自の美意識が生まれやすいんです。金ピカの金閣寺に背を向けて能は成立し、吉原は女のかしこさ・教養がどんなところよりも称賛されました。中世の寺は稚児をもてはやして稚児物語を書き、鎖国時代には伊藤仁斎や本居宣長、海外で言えばエチオピア・コプト芸術……なので、そういう『閉鎖空間の美』が、ゲームセンターにもありそうな気がして来てみたんです……」
豊かな胸に両手を置き、目を伏せて、なおしゃべりつづける。
「安直ですが『幽玄』って言葉が近いかもしれません。暗い部屋に灯明だけあって、そこに孤高の世界が……みたいな、玄のキャンバスに幽かに存在する、その唯一の存在感……。外に出れば色とりどりの軽々薄々が待っているわけで、その浮世から切除、閉鎖されてモノクロームの別時空があるんです。家族も富貴も関係なく、自分の体だけそこにあるというスタート地点から、思い思いの情を演繹していく。まるで水墨画のような、永遠の歌のような……そんな空間を期待したんですけれど……」
藪下が態度をかえずに真摯に訊く。
「――それで?」
「確かにここは、世間で『あ、そう』と流されるような勝ち負けがとても尊くて、夢や世界へとつながっていました。藪下さんの戦う姿は、戦意が激しく燃えているのに背中がピンとして指と目はむしろゆるやかで、まるで世阿弥のいう『秘せずは花なるべからず』の教えのようで、ひとつの閉鎖空間の美でした」
「ほめてくれてありがとう」
「ですが、失礼かもしれませんが、恵まれている人が……時間のあるお金持ちがそのままゲームでも強いというのは……ごめんなさい、結局ここも外とひとつづきなのかと思ってしまいます。いずこの沙汰も金次第、楽園も梨園もわたしの幻なのかと……」
「なるほど――おおむねわかったよ」
え、わかったの?
正気?
こいつら、意外と相性が良いらしい。
考えてみれば、きとらはひそかに学年トップ級の成績で、藪下は名の知れたK大学の出身。
頭脳レベルでいえばかなり近い二人なのだが……なんかムズムズする。
「きみはゲーセンに幽玄を見いだし、その幽玄の不徹底が物悲しいというわけだ。しかし須田君、言わせてくれ」
ジャケットの肩のおさまりをなおし、そこから藪下もよくしゃべった。
「芸事というのは恵まれた者が担うのじゃないか? 世阿弥の能はなんだかんだと足利将軍に養われ、吉原の廓は江戸幕府が造成して豪商に庇護された。ゲームの世界も似たようなもので、これはゲームをする余裕がある人の世界だ。時間と百円玉がなければここにはいられない。世間にはその二つを持たない人間が思いのほかたくさんいる。僕は富裕層だからゲームができる」
自分で「富裕層」って。
「したがって、このように恵まれた者こそがゲーマーのロマンを背負い、ゲーセンの閉ざされた魅力の代表者となるのは、義務であり当然だろう。つまり僕こそが幽玄だ」
……。
…………。
………………????
「須田君、きみはどうだ?」
「わ、わたしですか」
「『美の探究をできる幸せな自分は、だからこそ美学をリードしたい!』という気持ちを持ってはどうだい? 今の自信なさげな姿は損だろう。才覚があるのだから貴族のふるまいをしたまえ。貴族の柔和なたたずまいを、世阿弥の著書は幽玄の例に挙げているじゃないか。出典は確か――」
「『花鏡』ですね……」
「そう、それだ。きみも幽玄をめざそう」
ふたりで別の宇宙に行ってらっしゃる。
ちなみに俺は、藪下の性格は、認めている。
プレイ中、剣道のように背中をのばし、勝っても負けても相手を気づかって大声を出さずガッツポーズもせず、まして筐体を叩くなんて絶対しない。
テクニックを惜しまず対戦相手に教えることでも有名だ。
目立つ欠点は俺をドバイに誘うことくらい。
そんな貴族の優しさゆえに、女子高生にも助言をしたくなったらしい。
幽玄をめざせとかいう意味不明な助言だけど。
「……」
きとらが暗くうつむいた。
世を儚んでどこかへ消えてしまいたそうな顔で。
言い合いをするよりも、この場をやりすごそうという様子だった。
彼女は時折そういう空気を出すことがあった。
とっさにうまい意見を返せない自分に諦めを感じているようにも見えた。
「わたしは恵まれていませんよ……単なる気楽な高校生です」
小さな声は相手を怒らせたくないからか。
「才覚があるのに」
「ないですよ」
「もっと自尊心を出していけば」
「ないものは出ません」
「自信を持っていいのに」
「それが苦手なんです」
「虚勢でもいいから」
「できないです」
「ううむ――そうか」
さすがの藪下も助言のゴリ押しをあきらめた。
(しかしあとから思うと、俺は藪下に加勢するべきだったかもしれない。幽玄うんぬんは抜きにして、須田きとらがうしろ向きな性格で損をしているのは確かに藪下の言うとおりだった。このもどかしい少女が一皮むければと、俺はひっそり期待しつづけているのだ。)
藪下ともう一戦してボコボコにされ、俺はいさぎよく帰ることにした。
実は入店したときから知っていたのだが、店の入り口あたりの〈女児向けアイドル着せ替えリズムゲーム〉を、円城惇が今までず――――っと遊んでいて、帰るとき声をかけようか一瞬迷った。
「かわいい! うおお! いいねいいねいいねいいねいいね」
必死に叫びながら右手でプレイし、左手はスマホでゲーム画面を連写している……。
俺は入店時と同じように他人のふりをした。
薄情かもしれないが、まあ相手は野球のユニフォーム着てる不審者ですからね。
うん、俺は正しいことをしたぜ。
自動ドアを出て、春の強風を感じた。
路上の自転車がだいぶ倒れていた。
人通りの多さはずっと変わらない。
きとらに尋ねた。
「――ゲーセン、どうだった?」
「うん、来てよかった」
あっさり返事が来た。
何年も前のしあわせを振りかえるみたいに綿雲を見上げ、きとらは意外にも微笑していた。
「黒之瀬くん、ありがとう……。すごくためになったよ」




