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杏奈も座敷で立ち上がった

#2

 杏奈(アンナ)も座敷で立ち上がった。

 背がチビすけなぶんジェスチャーを大きくして、


「お前の感じてる季節は頭でつくった季節だ! 直接に自然を味わう気がないだろ。邪念を捨てて向きあえ。純粋な古代人のようになれ!」


 円城(えんじょう)は訥弁で応じる。


「先輩は自然風景になにを求めます? 私はいやし、なぐさめ、救いがほしい。季節を感じようと家や町を出るときどういう気持ちなのか考えてくださいよ――ほら、やっぱり心の問題でしょう? 自然の力に救われたいんでしょう?」


「ちがう! お前はわかってない!」


「じゃあ、どうしろと?」


「なにもかも忘れて見入った長野県の春を、お前も一度見ればいい!!」


「先輩のほうこそ、季節で揺れる私の心の、緑から枯葉まで入り混じった秋の山のような複雑な色を想像してもらえません?」


 いつまで続くんだか。

 俺はそろそろ時間が気になる。


 スマホのロック画面を見る。

 都市大衆のお食事処兼居酒屋『くろのせ』は十八時前に客が増えてくる。

 今は十七時三十八分。

 そろそろこの三畳の奥座敷(個室席。ふすまで外から隔絶されている)を明け渡さなきゃいかん。

 で、なぜここでタムロしているかというと俺の家だからだ。


 この集まりは笑っていいのか悪いのか、《土俗超現代クロノス》とかいう古いロボアニメみたいな名前がついていて、メンバーは四人。


 はっきり明言された目的はなく、おたがい情報を交換してそれぞれの「創作」に役立てあう寄合なのだろう、と俺は推測している、たぶんなんとなく……。

 たまに俺以外の三人が共作したりしなかったりする。


 とにかく今現在、白熱のディベートは他人事だ。

 俺は会話を右から左へ聞き流し、紙ナプキンに落書きをしている。

 クリエイティブじゃない一般市民の俺は創作なんてやらない。

 ひまつぶしに座敷の小物やら柱の木目やらを鉛筆で書き写すだけだ。


 いろいろあって場所を貸すに至り、他にやりたいことがなくてここに座っている。


 そりゃ男だから、このうちの誰かと……的な想像はたまにする。

 けど、彼女らのややこしさをだいぶ知っているものだから、そりゃ実際は遠慮したいなという結論にいつも至る。

 浮いた話は一度もなかった。


 さて、春秋バトルが膠着した。

 二人とも掘りごたつをはさんで睨むだけ。


 これは……「御判断」をもとめる流れだ。


 俺の左に座る、夏制服の少女が、この場にまだ残っている。


 背中をまるめて暗く物思いしつつ、爆乳をテーブル上で休めていたが、俺たちの目に気づいてハッとなり、

「そ、そうだよね。なにか言わなきゃ……」

 弱々しく顔をあげた。


 土俗超現代クロノス《主宰》、須田(すだ)きとら。


 あらゆる芸術をよく知る高校二年生。

 文芸・音楽・絵のすべてで作品を生み出す才媛。

 セーラー服が似合う大和撫子。

 漆器のような黒髪のミディアムを左右で束ね、つつましく両肩に乗せている。

 ただし乳はでかい。


 俺はこのきとらに儚さを感じる。


 能力があるのになぜ自信がないのか。

 作品を匿名や他人名義で発表し、日常生活でも存在感をわざと消す。

 なぜ自分をおもてに出さない?

 

 まだ本心には迫れていない。

 下手にさわればワイングラスのように割ってしまいそう。

 儚い美しさをながめることしか今はできない。


 きとらが語ると空気が変わる。


「……うん、杏奈(アンナ)さんと円城(えんじょう)さんだと審美の方法がちがうから、やっぱりむずかしくなっちゃうよね。文飾主義と奇想主義、ゴンゴラとグラシアンみたいに」


 リーダーの知見の深さは信頼されており、特に円城は崇拝の域にあって、いつも目をキラキラさせた。

 理解できない世界だ。


 依然うつむきながら言うきとら。


「季節は変化するってことを、みんなわすれてるんじゃないかな。どんな純粋経験も(よろず)(こと)()も、やがて季節がすぎれば、とりのこされてしまう。その悲しさ・むなしさをわたしは『平行線の(くう)』と呼んでいる」


 ……なんだって?


「どこかで自覚的になるんだよ……。人も自然も見つめていれば、心と時空が離れていくことに気づいてむなしくなるよ、いつか誰でも。だからその考えで行くと、流転のなかでいちばん美しくなる季節は……わたしは夏か冬だと思う」


 ディベートのテーマを思い出してほしい。

「春と秋、どっちが美しいか?」

 きとらさんの答え:夏か冬。

 議論の根底が今、ひっくりかえったぜ。


 背中のふすまの向こうで来店のドアベルが鳴る。

 言葉のくみたてに専心しているきとらに、それは聞こえない。


「もう勘弁してっていう暑さ寒さは、その最中は永遠の苦しみみたいだけれど、でも永遠じゃないってことをみんなは知ってる。七夕の伝説や一面の雪景色はロマンティックだけれど、苦しい季節の短い夢なのをみんなも知ってるはず。だから考えてみると、時間が永遠に流れるなかで季節は一瞬、そのなかの一時期も刹那、その刹那のなかにも一瞬があって、そこにわたしたちがいて……」


 なに言ってるか知らないが、彼女の色白の頬が、今は熱っぽい。


「星空や雪について思えば思うほど、まるで心は刻まれて土に撒かれてしまったみたいで、体だけその場に残っていて風がスースーと肋骨(あばら)をぬけていって、でもなにも感じず思わず、死んだような気分になって……」


 両肩の上で束ねた黒髪を右、左、の順で撫でたきとらが話をしめくくる。


「……それがいちばん美しいかもしれない。人間の苦しみと自然の流転を思えば、自分の体が今ここにあるってだけでも美しいんじゃないかって。(さかずき)のひとつの破片みたいになれるのが幸せじゃないかって。……ごめんね、全然まとまらなくて。ほんとごめん」


 みんなシーンとなる。

 今日はこれで解散だろう。

 杏奈は牛丼屋のバイト。

 円城は自主練がある。

 土俗超現代クロノスのいつもの流れだ。


 ――次回は夏と冬の美しさで争うんだろうか?

 そうなったとき、きとらは「A.春か秋」と言い出すのか?

 季節推しバトルがそもそも何のためになる?


 俺には全くわかりません!

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