春と秋、どっちが美しいか?
#1
春と秋、どっちが美しいか?
それが今日の議題だ。
金髪センター分けのイギリス人少女が、掘りごたつのテーブルを叩きつつ言う。
「冬のこもった空気が終わって、のどかに暖まる。日本は四季の最初を春と決めたんだから、そりゃぁもう大事な時期だ。物事は始まりがなきゃ動かなくって、そこで初動の力をくれるのが春だ。動物も植物も春に始まって、このパワーに人間はもちろん感謝して良さと美しさを感じる。大自然の理論にしたがえば自然にこうなるはずだ。ちがうか?」
なぁるほど、そうかもしれないし、違うかもなぁ。
俺はそう思って適当に聞いている。
四人の中でひとり選挙権持ちの18歳だから――ではないだろうが、イギリス娘は偉そうに鼻息を荒くした。
地味で安そうなワンピース(Sサイズ)を着ている彼女が、ビール会社のロゴ入りのグラスをひっつかむ。
お冷やを飲み干して、おかわりを並々と足した。
「あたしは長野県の雪解けを見に行ったことがある。とてもきれいだった。飲めそうなくらい透明な川の雪解け水が、大地と植物と人々に行き渡って生き生きとさせるんだ。あたりがみんな輝いて見えたよ……!」
恍惚に浸って天井を仰ぐのは結構だが、そこにあるのは三畳の個室を照らす安い和風照明だ。
そのあと爛々とした青い目が俺たちに向けられ、
「……こうやってあたしのように直接自然に触れてればやっぱり春が最高だ。都会のそとでピュアな体験をしてるから季節を正しく見る目がある。な、あたしが正しいだろ。そうだろ? な? な? 完全無欠にその通りだろ?」
すげえ自己主張。
この場はディベートということになっている。
クラスを「カジノ規制派」と「容認派」とかに分けて討論させる、あれのことだ。
イギリス娘が春の良さを強弁するなら、秋を熱烈歓迎する人間もここにいて、言葉のバトルを挑まなきゃいけない。
金髪娘のとなりに座る少女。
身長一七四センチでスタイル抜群。
日に焼けた肌、黒くて長いポニーテール、目鼻立ちのはっきりした顔。
で、そういう健康的な美貌とは関係なく、野球の練習用ユニフォーム(白無地で、左胸に太字で名前が書いてある)をどこへでも着ていくことで町じゅうをギョッとさせてきた少女だ。
その変人が卑屈なへらへらした笑顔で語りだす。
「ちがいますよ、杏奈先輩。自然、自然と言いますけど、結局、価値を決めるのは人間。人の心です。そこで、私が春と聞いて心に浮かぶものはといいますと、初々しさ、清らかさ、恋のスタート、花の咲くころ……まあその程度では? 要は気分が新しいっていう以上の心の広がりがありません。花が散る悲しみも所詮、すぐあとに夏が来ますから大して深刻じゃないでしょう?」
横に両手を伸ばし、イギリス娘――杏奈・ロズムンド・ダーレイの頬をむにゅっと包む。
「うっといな」と、杏奈が眉をしかめ、はらいのける。
野球少女のほうは自分の唇をペロリと舐め、
「でも秋の季節はいろんな心にこたえてくれます。月を思うとき、もみじを思うとき、あるいは稲穂、鈴虫、すすき、台風、祭り、秋風、落ち葉を思うとき……ほら、どれもちがう感情でしょう? 芸術の秋といわれるゆえんです。人の複雑な心を秋は映してくれる。表現とイマジネーションと『あはれ』のかたまりなんです――」
今度は立ち上がり、座敷テーブルの向かい側、つまり俺のほうにやってきた。
俺の耳に近づき、わざとらしく息を籠らせて囁く。
「――ねっ。隼人先輩? 秋、好きでしょう?」
要するにツッコミ待ちの、かまってちゃんな鬱陶しさだ。
相手にしないのが吉だと知っている俺は、杏奈に視線でもって反論をうながす。
杏奈はそこでジロリと変質少女を睨む。
「円城……お前は春の広がりをわかってない。つくしを摘むときが良い例だ。しゃがんだときに感じる土の匂い、目に入るあのうっすらしたつくしの茶色、茎に触れれば朝露でしっとりしてて、摘むときにはプツンと音がする。こういうときってあたしの心とか関係ないんだよな。見て触れたものに体が溶け込んでいくような、あの言葉にならない感覚! 春は新しい季節だから邪念なく気持ちよさに浸れるんだ。わかるだろ?」
「つまり人間から背を向けた現実逃避ですね?」と、ニヤケる円城。
「ああん?」駅前のヤンキーの声で応じる杏奈。
「世の中はつまり人の世界。人を悩ませ楽しませるのは人ですよ。自然に浸りすぎちゃいけません」
「そんなんで季節の良さなんてわかるか!」
「感情を自然に向けて投影するから良いんですよ。自分の孤独を重ね合わせたときに秋の夕暮れは最も美しい。もし私たちに人間事情がなければ、あるいはそれを複雑に思考する心がなければ、野山をうろつく獣とおなじで何の感動があるというんです?」
野球変人――円城惇の、演技過剰なうすら笑い。
杏奈・ロズムンド・ダーレイも負けじと睨み返す。
女と女、竜と虎、北ベトナムとアメリカのような大戦争の勃発をここで予感する人は多いだろう。
でも俺はこれがリアルファイトには発展しないという認識だ。
ディベートというものは、思想を深めるための前向きな論議であり、決して相手の尊厳をぶちのめすレスバトルではない。
勝敗をあくまで形式的に競うことで、議題についての優れた見識が生まれると期待しているのだ。
……と聞いた気がする、だいぶ前に。
二人もそこは踏まえてやっている……らしい。
たしかにしゃべりながら奇襲で頭突きをしたり七味の瓶を投げたりは今までなかったが……実際、二人の内心はどうなんだろうな?




