お前にはこれから……
「あの、えっと、これってどういう状況なんですか……?」
古いアパートの一室で青年が疑問を口にした。
床にあぐらをかき、うつむいていた女が答える。
「……お前の住処だ」
「そ、そうですよね……。あの、吸血鬼なんですよね……?」
「ん……。名前はアオリツ」
「に、二馬直人です……。あ、アオリツさんはどうして僕の部屋に?」
「ニバナオトか。ニバ、お前は私の眷属だ。お前のものは私のもの、当然だろう」
「は、はぁ、眷属……僕が、ですか……。ほ、他に眷属の方はいらっしゃらないんですか?」
「いない。私にとって、眷属など邪魔なだけだ。作る必要がない」
二場はアオリツが思ったよりちゃんと質問に答えてくれることに気づき、緊張が解けてきた。
「お強いんですね。あの、さっきの体が勝手に動くのってなんだったんですか?」
「眷属は私に絶対服従だ。命令すれば逆らうことはできない」
「血を吸えば眷属になるってわけじゃないんですか?」
「血を吸いながら眷属にしたいと思えば勝手に眷属になる。眷属にしなくても吸ってすぐなら命令は出せる。……お前質問が多いぞ!次で最後だからな!」
「す、すいません。最後、最後かぁ……えーと……あ!」二場はアオリツの顔の違和感に気づいた。
「あの……もしかして泣いてましたか……?」
アオリツの顔がみるみる赤くなっていく。
「お、お前の血が不味いからだっ!!!この」
以降、聞くに堪えない罵詈雑言が続いたので省略。
アオリツは息を切らしながら声を上げた。
「なんでお前の血はあんなに不味いんだ!」
「あはは……最近、不健康な生活続けてたからですかね?」
「……クソッ。ニバ、美味そうな人間捕まえてこい!」
「美味そうって……えぇ……うーん」
露骨に嫌そうな顔をする二場に、アオリツはムッとし吸血鬼の能力を使い命令を出す。
『人間を捕まえてこーー』
「ちょ、ちょっと待ってください!」二場が慌てて言葉を遮る。
「なんだ!!」
「い、いや、その傷、吸血鬼ハンターにやられたんですよね?」
「ッ! ぅ……」
吸血鬼ハンターという言葉に反応し、アオリツは顔を青くする。
「……え?だ、大丈夫ですか……?」
「だ、黙れ! ささ、さっさと続きを言えっ!」
最後の方は声が裏返っていた。
「……は、はあ。えっと、吸血鬼ハンターに追われてるんだったら今誰かを襲うのはまずくないですか? プロを舐めちゃだめですよ!」
「うっ、なら今はダメだっ! もっと時間が経ってから!」
「でもそう簡単に諦めてくれますかね? ここらへんの吸血鬼も大分減ったらしいですし」
「…………」
「逃げたらどうです? どこか遠くまで」
「……逃げる、だと? お前私に言ったのか? この圧倒的な強者の私に!」
アオリツは青年を威圧する。
「えっ……でも、逃げてきたんじゃないんですか……?」
「私が逃げるわけないだろ!!! 逃げるわけ……逃げ、る? …………私は、逃げたのか……? この私が……?」
手が震えていた。
「ニバ……私は逃げたのか?」
「えーっと……僕の主観だと逃げてるように思えますね……」
「客観! 客観ならどうだ!」
「……逃げてますね」
「なんということだ!!!」
アオリツは大げさに両腕を広げ、天を仰いだ。
「こんな……こんなことがあっていいのか!」
「と言いますと?」
「私はこの世界の圧倒的強者、この世界の中心だ! 私を抑圧するものなど存在しない! 私がやろうと思えばなんだってできた! ……できた、はずなのに……これじゃあまるで……」
アオリツはそこまで言うと一度言葉を切った。
「私は、自由だった……。何かに縛られて生きているお前たちの言う『自由』とは、全く違う本物の自由だ。お前たちには想像すら出来んのだろうな。……それを失った私の苦しみも」
「アオリツさん……」
「まぁ、別に理解されたいわけではないがな。馴れ合おうとするな」
「いや別に……」
「……ただ、私はその苦しみに耐えられない。自由がないと生きていけないんだ……。だから、私は」
アオリツは言葉を途中で止めて立ち上がると、二場の目を見据えた。
「私は、あの男に勝たなくてはならない」
アオリツは切り落とされた自分の右肩を触る。
「そのためには、この傷を治す必要がある」
「でも、どうやって……」
「…………」
「…………」
「……私は……私は! 覚悟を決めたんだ……! 私は、お前の血を飲むぞッ!」
「僕の血そんなに不味いのか……」
「だが、お前の不味い血ではほとんど傷は回復しない。そこで!」
眼前に人差し指が向けられる。
「お前にはこれから健康的な生活を送ってもらう!」
手始めにそのインターネットとやらを辞めてもらおうか