最強の女吸血鬼vs吸血鬼ハンター
深夜、東京の人気のない路地で一組の男女が対峙していた。
1人は強面の大男、もう1人は黒の服に身を包んだ美女だった。女は氷のように冷たい目つきで男を見据えていた。赤い瞳だった。
しばらく沈黙が続いていたが、突然男が口を開いた。
「アンタ吸血鬼だろ?」
「……お前なに?」
女は男の質問には答えずに自分の疑問をぶつける。
「……俺はいわゆる吸血鬼ハンターってやつだ。お前みたいな吸血鬼を狩って金を稼いでいる」
「ふーん。名前は?」
女は自分で聞いたにも関わらず心底興味のなさそうな顔で相槌を打つと、また自分勝手に質問を投げる。
「名前? 悪いが俺は獲物には名乗らん主義だ」
「そうか。それにしても……フフッ、主義か。くだらんな」
「アンタは主義とかないのか?」男が聞いた。女は男を馬鹿にするように笑った。
「ククク……主義なんてものは、何かを犠牲にしなければ望むものを手にできない弱者の言い訳だ。自らを弱者と認められない愚か者がそれらしく言い換えてはいるが、私に言わせればただの妥協に過ぎん」
「アンタは強者なのか?」
月の光で女の赤目がギラギラと光っていた。
「私の名はアオリツ。この世界の圧倒的強者だ。私を妨げるものなど存在しない。欲望のままに全てを手にできる私にとって、主義なぞ必要ないのだ」
「へー、なるほどね。確かになんでも思いのままって奴には必要ないのかもな。でも、吸血鬼なら太陽の下は歩けないだろ?」
男が挑発するように言う。
「……ハァ!? 日光なんて不快なだけだろ! 人間ごときが知ったふうに私を語るな! バカかお前はッ!!!」
吸血鬼を名乗る女ーーアオリツはよほど男の言葉が気に入らなかったのか激昂する。
「弱者が調子に乗りおって。お前のような愚か者は実際に経験しないと己の弱さを理解できないのだな。格の違いってやつを教えてやるから感謝して死ねよ。さっさとかかってこい」
女の暴言を一通り聞いてから男が口を開いた。
「そうか、もう終わりか。残念だな」
男は腰につけていた鞘から腕ほどの長さのナイフを引き抜くと、吸血鬼に向かって駆けた。間合いに入る。
男の初撃。男は女の首を狙い大振りのナイフを振るう。吸血鬼は刃を躱すため体を反らせーー首を3分の1ほど切り裂かれる。
「……え?」
2撃目。何が起こったのか理解できず距離を取ろうと後ろに飛びーー瞬時に距離を詰めた男に胴を斜めに斬られる。
「……え??」
3撃目。男を吹き飛ばさんと右拳を振るいーー男に届くより先に肩から斬り飛ばされる。
「……え??? なっ!? お、おまゲッーー」
驚愕に赤い目を見開く吸血鬼の腹に蹴りが入れられる。驚異的な脚力で女の体が地面と平行に飛ばされる。建物と建物の間にあったゴミ箱を巻き込んで停止した。
「……まあ、こんなもんか」
男は独り言を呟きながら悠々と歩み寄る。
「何のこだわりか眷属もいなかったし、楽な仕事だったな。ぱっぱと処理して帰るか。金も入るし、明日は娘と遊園地でも行っちゃおうかな〜っ!どれどれ…………あれっ!?」
そこには、ゴミにまみれて倒れているはずの吸血鬼がいなかった。
見れば吸血鬼が飛ばされた先には細い路地が続いていた。
地面を見ると路地の先に向けて血の跡が続いていた。男はその目印を慎重に辿っていったが、途中で途切れていた。
「あああああっ! 俺の遊園地ィ!!」
男は叫んだ。
吸血鬼ハンターの勝利
深夜に大きな声を出してはいけません