激昂するテディに歓喜する
「今日も素晴らしい残念令嬢ぶりですわ!」
「ありがとうフィリア!今日から同じクラスで嬉しいわ!」
気づけばとうとう二学年生だ。
第二学年からは成績順でクラス分けがされる。セラフィーナはもちろん一番上のクラスだが、テディは下位クラスになった。それでもマリエラと一緒なので気にしていないようだ。
相変わらずテディに絡まれては撃退する日々。
だがさすがにセラフィーナは焦り始めていた。
このぐだぐだの状況のまま卒業までいってしまうのではないか、と。
新たな策を練ろうとしたとき、ちょうどよい機会に恵まれた。
テディは16歳になったことで、モルガン侯爵から領地の改善案を出すよう資料を渡されたのだが、あろうことかそれをセラフィーナにやらせようとした。
セラフィーナはこれ幸いと強い口調で突き返す。
だがテディはしつこい。
何度か繰り返すうちにこれでは埒が明かないと、いったんは受け取り、そのまま侯爵に送り返すことにした。
テディは侯爵からきつく叱られたようだ。それはセディの手紙にも書いてあったから間違いない。
にも関わらずテディは懲りない。
「セラフィーナ!こんなところにいたのか!探したぞ!」
読書をしていたセラフィーナは肩がびくっと震えた。人がまばらとはいえ、図書室で誰がそんな大きい声で呼ばれると思うのか。
「テディ様。ここは図書室ですのでお静かに願います」
「うるさい!こっちはお前を探すのに苦労したのだ!」
「……どういったご用件ですか?」
「ふん、これをお前にやらせるためだ」
テディは数枚の用紙を机の上にバサリと投げつけた。
「これは先日合同で行われた実習の課題だ。お前は僕の婚約者なのだからお前がやれ!」
「マリエラ様の分もあるようですが?」
「マリエラは学園に編入してからまだ日が浅い。助けてやるのは当然だろう!」
何を言っているのだと憤慨して睨み付けてくるテディに、すでに学年も上がってるのにお前こそ何を言っていると突っ込みたい。
だがもうしゃべる気はないので無言を貫く。
「明日の午前中までに仕上げて提出しておけ!わかったな!」
言い捨てて出て行った。
わざわざ図書室まで来て何の用かと思ったら、今度は学園の課題をやれだなんて。領地の資料も突き返しているのに、学園の課題なんてやるわけがない。
このまま教師に提出してやろう、たんまりと叱られるがいい。
セラフィーナはにやりと笑い、読んでいた本を片付けて図書室から出て行った。
翌日の昼食の時間。
セラフィーナがフィリアとランチに行こうとすると、キャサリンとリサが声をかけてきた。
「お二人ともカフェテリアに行かれるのですか?」
「それなら私達もご一緒させてください」
今年も二人とは同じクラスだ。キャサリンとリサは「せっかくならお二人と同じクラスになりたい」と猛勉強したそうだ。嬉しい。
「お二人も今月のデザートが目当てですね?」
「はい!とても評判が良いみたいですよ」
「林檎のパイなんですよね?私大好きなんです!」
「あらあら、ここでお話していますと出遅れてしまいますわよ」
そんなふうに和気藹々と廊下を歩いていたのだが。
「待てっ!セラフィーナ!!」
……来るとは思っていたが早すぎる。
せっかく四人で楽しくランチするつもりだったのに。
だが捕まったのなら仕方がない。怒っていようがなんだろうがいつもどおりに撃退するのみ。
「皆様、申し訳ございません。どうぞお先に行ってください。私も後から参りますから」
「でも……」
「大丈夫ですよ、いつものことですから」
困惑気味のキャサリンとリサに笑顔で言うと二人は納得したようだ。
「ではセラフィ、先に行っておりますわ」
昨日の出来事を知っているフィリアが、キャサリンとリサを促して歩いて行った。それを見送ったセラフィーナは笑みをスッと消してテディに向き合う。
「何のご用件でしょうか」
「昨日の件に決まっているだろう!どういうつもりだ!」
「どういうつもりとは?課題を提出せよとのことでしたので教師に渡しました」
「あれはお前にやれと言ったはずだ!お前が何もせず提出するから僕とマリエラは追試になったんだ!」
テディの怒鳴り声に何事かと遠巻きに見ていた生徒達も、今の発言ですぐに呆れ顔になった。
それに気付かないテディは怒りで顔を真っ赤にしてセラフィーナを責める。
「この僕に恥をかかせるなんて!お前が代わりに追試を受けるんだ!わかったな!」
「無理です」
「なんだと!」
「そもそも学園の課題を他人にやらせることが間違っています。それは不正になります」
「不正?!お前だって引き受けたのだから同罪だ!」
「いいえ、私は何の了承もしていません。勝手に課題を置いて立ち去ったのはテディ様です」
テディはそれを思い出したようで、ぐっと黙った。
「おわかりいただけましたか。ですので私には一切関係ありません」
「関係ないではない!お前は僕の婚約者だ!お前が成績優秀なのはこういうときのためだろう!」
「違います。私の努力は自分のためです。他人の課題をやるためではありません」
たかが学園の課題でなぜこうも揉めるのか。
毎度のことながら、もううんざりだ。
面倒臭くなったセラフィーナは冷たく言い放った。
「テディ様は成績がよろしくないですよね。おとなしく追試を受けたらどうです?」
「なっ!この…なんて生意気な!!」
さらに顔を赤くしたテディは手を振り上げた。
それを見たセラフィーナは歓喜した!
手をあげられればさすがのローレンも婚約を解消してくれるはず!この場で殴られるのは本望だ!
ああ、でもこめかみのテープがとれるのはまずい!それに化粧が崩れないようにしなくては!
そうだ、なるべく後頭部を向けよう!
一瞬でそんなことを考え、セラフィーナはくるであろう衝撃に耐えるためにぎゅっと目を瞑った。
…………はずだったのにいつまでたっても何も起こらない。そろりと目を開けてみると、そこには見慣れた水色が飛び込んできた。
「セラフィ、大丈夫かい?」
セラフィーナはユーリアスにふわりと抱き込まれた。
「あ、あれ?お兄様?なんで?」
突然のユーリアスの登場に戸惑いながらもテディを見ると、セラフィーナを殴ろうとして振り上げた右腕は第二王子であるレオナルドに掴まれていた。
「どういった事情があっても女性に手をあげることは感心しませんね」
そう言ってフッと笑うレオナルドに、周りの女子生徒達から悲鳴が上がった。
王家のみに現れる煌びやかな金髪に、新緑を感じさせる淡い緑の瞳を持つレオナルドは、はっきり言って格好良い。
背が高くスタイルもよく、武術にも優れているという完璧王子。しかも18歳の若さですでに外交官補佐として実績をあげている。
そんな完璧さに加え、物腰柔らかく誰に対しても紳士的なので老若男女問わず人気が高く、爽やかな貴公子として名を馳せている。
彼にはまだ婚約者がおらず、女子生徒からは熱い眼差しを送られている。
さらに、レオナルドの斜め後ろに控えているユーリアスも、クレイズ王国では見られない黒い瞳ながら切れ長の涼しげな目元が印象的な美形で、密かにファンが多い。
彼にも婚約者がいないため、二人は学園で注目を浴びていた。
ちなみにセラフィーナは入学当初からずっと、本当にユーリアスの妹なのかと疑われている。
「あ、ああ、レ、レオナルド殿下……」
腕を掴まれたテディはさすがに狼狽えて、顔を青くしている。
レオナルドは掴んでいた腕を放し、穏やかな口ぶりでテディに話しかけた。
「君はテディ・モルガン君ですね。このような場所で騒ぎを起こすのは承服しかねます。冷静になるためにもクラスに戻ってはどうですか?」
「あ、い、いえ。ですが……」
「これ以上ここで話すことなどないでしょう。戻りなさい」
微笑みを絶やしてはいないが有無を言わさないレオナルドに、テディは言葉がみつからなかったようだ。
「そ、それでは失礼します」
去ろうとしたテディに、レオナルドは思い出したように付け加えた。
「ああ、最後にひとつ。一般生徒の立場からお伝えしますが、出された課題はご自分でやるべきだと思いますよ」
びっくりして振り向いたテディは、すべて聞かれていたことにさらに顔を青ざめさせ、一礼した後速足で去って行った。もちろん左腕のマリエラも一緒だ。
テディの後ろ姿を見送ったレオナルドは周りの生徒達にも声をかけた。
「さあ、皆さんも戻ってください。昼食の時間があまりありませんよ」
微笑むレオナルドに女子生徒は顔を赤らめ、男子生徒は誇らしげな顔をして散っていく。
そうしてこの場に残されたのはレオナルドとユーリアス、セラフィーナの三人だけとなった。