マリエラはきっと救世主
早いもので入学から数ヵ月が経ってしまった。
残念なことにまだ婚約解消には至っていない。本当に残念である。
だがここにきてようやく、一歩前進というべき出会いがあった。
セラフィーナがキャサリンとリサと食堂に向かっていると、正面から数人のとりまきを連れたテディがやってきた。
その腕にはかわいらしい女子生徒が絡みついている。
「マリエラ、こいつが僕の婚約者のセラフィーナだ」
「初めまして、マリエラです!わあ、本当に暗い色!それにぽっちゃりさんなんですね!うふふ」
「そうだろう!こいつの見た目は最低で最悪だ!」
テディの暴言など今さらどうでもいい。むしろ嫌ってもらわなくてはこちらが困る。
それより隣の女子生徒。とうとう一人に絞ったのかとワクワクした。その反面、婚約者のいる男性に腕を絡めている常識の無さが少々心配になる。
「はじめまして、セラフィーナ・ダウナーと申します。テディ様、何かご用でしょうか」
「ふん!マリエラを紹介したかっただけだ!マリエラは僕に甘えてきてかわいいだろう。お前もこうであれば少しはましになるのだがな!」
なんだそれは。絶対嫌だ。ありえない。
黙り込んだセラフィーナにテディは鼻を鳴らして横を通り過ぎていった。
「あれが噂の転入生ですね」
「みたいです」
二人はすでにマリエラのことを知っているようで、食堂に移動し詳しい話を聞いてみる。
元々マリエラは平民だったが、シモニー男爵がマリエラの母と再婚したことで養女になったらしい。領地で教育を受けていたため入学が遅れたとか。
だがその成果がまるでない。
まともな挨拶もできず、大口を開けて笑う。男女問わず距離が近すぎ、すぐ腕に絡み付く。
周りは戸惑い、注意してもにこにこ笑うだけで響かない。計算なのかと勘ぐってみればそれも違うらしく、見た目は整っているが背の低さが難点の侯爵子息に。
「男の人なのにおちびさんですね、うふふ」
一気に場を凍らせて、誰もが天然だと理解した。
テディと腕を絡めていたのも他のとりまきを牽制してとかではなく、本当に何も考えていないらしい。
「それに今やモルガン様の評判は地に落ちています」
「ええ?!そうなんですか?!」
キャサリンの言葉にびっくりしているとリサも頷く。
「周りの方々にも横柄な態度をとり続けていたようで、皆様から敬遠されています」
入学当初は地味でもっさりなセラフィーナが婚約者なことに「テディ様が可哀想」だったのが、今となっては「あんなのが婚約者なんて大変」と逆にセラフィーナが憐れみの対象らしい。
最終的に残ったのは、昔から仲の良かったアレンと逃げ遅れた下位貴族数名だけ。
そんな中でマリエラの登場だ。
二人は同じクラスらしく、腕に絡みつくマリエラに気をよくしたテディはマリエラを連れ歩くようになった。
常識外れで自由奔放なマリエラと傲慢で我儘なテディの組み合わせに、爆弾を抱えるようでお近づきになりたくないと誰もが思ったらしい。
「あの、それじゃ、テディ様のとりまきをされていた女子生徒の皆様は……?」
キャサリンとリサには詳しいことを話していない。だが一緒にいれば、セラフィーナがテディを嫌がっていることなどお見通しだろう。
恐る恐る質問したセラフィーナに、二人は悲しそうな顔で同時に首を横に振った。
「「今やゼロです」」
セラフィーナは頭を抱えた。
ヨロヨロしながら寮に戻り、フィリアに今日の出来事を話す。
「あの中から次の婚約者を選ぶと思っていたのに!今やゼロなんですって!」
嘆くセラフィーナの横でフィリアは冷静だ。
「セラフィ、落ち込むのは早いですわ。逆にこれはチャンスですわよ」
「チャンス?」
顔を上げたセラフィーナに、フィリアは頷く。
「大勢侍らせていても、選ばなければ意味がありませんわ。それよりもその男爵令嬢です。そのような少々頭のよろしくない女性だからこそ、テディ・モルガンと行動をともにできるのですわ。その常識のない男爵令嬢こそが、唯一ともいうべき存在ですわ!」
フィリアの言葉に目から鱗が落ちた。
マリエラの常識がなさすぎて、勝手に除外してしまっていたのだ。
テディに侍っていた女子達がいなくなってしまったのは誤算だった。だが考えてみれば、普通の女性ならテディの相手などまず無理だ。なんだこいつと思うことが多すぎる。
逆にいえばとんちんかんなマリエラこそ最有力候補になりえる。
「そうよね!テディ様が彼女と婚約すればいいんだわ!」
ある意味素直なマリエラは傲慢な態度をとるテディを褒め称えた。自尊心をくすぐられ、かわいい声でひっついてくるマリエラにテディはデレデレだ。
それを嫌そうな顔をしながらついていく、とりまきという名の奴隷数名。
遠くからそれを見届けたセラフィーナは願う。
救世主マリエラ!頑張ってくれ!
マリエラの登場で一気に盛り上がったセラフィーナは、休日にテディの弟セディと会うことにした。
セディとはかわらず手紙のやり取りをしていて、マリエラが侯爵家を訪問したと知って詳細を教えてもらおうと思ったのだ。
今や第二王子の補佐もしているらしいユーリアスも、忙しい合間を縫って一緒に会ってくれるという。とても心強い。
兄妹で談笑しながらカフェで待っているとセディがやってきた。
「セディ!久しぶりね!今日はお兄様もいるのよ!」
「やあセディ、久しぶりだね。見違えたよ」
「ありがとうございます。お久しぶりです」
セディは数年前に会った時よりもさらに落ち着いた雰囲気になっている。テディを反面教師にしているからか、色も同じで顔形も似ているはずなのに印象がまるで違った。
「セラフィ姉さん、頑張ってるみたいだね」
「ええ!容姿を嫌われる、冷静に対処して正論をぶつける。テディ様に絡まれるたびに実行しているわ」
「そうみたいだね。あいつは文句ばかり言ってるよ。それで最近男爵令嬢を招く事が増えたんだ」
「そう!それ!ぜひ詳しく聞きたいの!」
セディによると、マリエラはすでに何度も侯爵邸に訪れているらしい。表の庭でテディの自慢話をにこにこ笑って聞いているのを見かけるそうだ。
「あいつのあれに付き合えるのはある意味すごいと思う」
セディは苦笑した。
そこでユーリアスが質問する。
「侯爵夫妻はどうしているのかな?仮にも婚約者がいる身で別の令嬢を招くのは外聞がよくないだろう?」
「父上はあまりよい顔をしていません。あいつは聞く耳持ちませんが。母上は喜んでいます」
「喜ぶ?」
「かわいらしいお嬢さんが友人になってくれたと。母上はあまり外聞などを気にしないようです」
モルガン夫人にはなかなか子供ができず、周囲に色々言われることも多かったようだ。だが侯爵夫人として社交は疎かにできないので、あまり世間体に囚われなくなったらしい。
「なかなか子供ができず落ち込む母上は、身近な存在だったメイリー夫人にユーリアス様が生まれてひどく嘆いたそうです。ですが慕ってくれるメイリー夫人を無下にできない。諦めて養子をとろうとした矢先に懐妊したそうです。だから母上はあいつを目に入れても痛くないほどかわいがった。甘やかして甘やかし続けた結果が今のあいつです」
メイリーが伯爵家に嫁いできたとき、すでに侯爵夫妻は結婚していた。なのに第一子であるテディと、ユーリアスがいるセラフィーナは同い年だ。その間夫人はずっと辛い思いをしてきたのだろう。
テディに甘すぎると思っていたが、理由を聞くとなるほどと言えた。
「セディはその話を誰から聞いたのかな?」
「父上からです。傲慢なあいつと甘やかす母上を僕はずっと避けていますから、心配したようです。母上は気の毒だと思いますが、だからといって常識のないバカに育ててしまうのは違いますからね。そのあたりは父上にも伝えましたが」
そのとおりだと三人で苦笑する。
テディの傲慢さの理由がわかったからといって受け入れるつもりなどない。
婚約解消は絶対だ。
「あいつはかなりあの男爵令嬢を気に入ってる。でもどこまで本気かわからないんだ」
「本気かわからない?」
「うん。セラフィ姉さんのことは口では嫌がっているけど、なぜか婚約解消の話を進めようとしないんだ。男爵令嬢じゃ家格が低いと思っているのか、婚約解消したらモルガン家が有責になるからか。セラフィ姉さんが何かしたわけじゃないからね」
「あのテディ様がそこまで考えるかしら」
「あいつじゃ無理だけど、アレン様から何か言われたのかもしれない」
確かに同じ侯爵家のアレンなら言いそうだ。
まったく余計なことを!
セラフィーナは憤慨した。
「長期戦だけど頑張ってね。セラフィ姉さん」
「ありがとう。セディは大丈夫なの?」
「うん、僕も長期戦だから。今のままのあいつじゃこの先問題を起こすことが目に見えているからね。下手をすれば爵位没収なんてことになりかねないから、そのとき困らないように勉強しているよ」
するとユーリアスがセディに笑いかけた。
「そのときはダウナー商会で雇ってあげるから心配しなくていいよ」
それまでずっと冷静に話していたセディが、大きく目を見開いてユーリアスを見つめた。
そしてゆっくりと、今日初めて年下らしい笑顔を見せた。
「はい。あの、ありがとうございます」
「それからセラフィのことはセラフィ姉さんと呼んでいるんだろう?なら私のことはユーリ兄さんと呼んでほしいな」
「は、はい。ユーリ兄さん」
「大変だろうけど勉強頑張るんだよ」
「ありがとうございます、ユーリ兄さん。僕、頑張ります!」
セディは恥ずかしそうに笑顔を見せた後、元気に返事をして帰っていった。
セディを見送り、兄妹二人でまたお茶をする。
「セディはとてもしっかりしているね」
「でもお兄様がダウナー商会で雇ってあげると言ったときは子供らしい笑顔だったわ」
「頼れる大人が周りにいないんだろう。自棄にならずに頑張ってほしいね」
「そうね!セディには頑張ってほしいわ!残念令嬢のきっかけをくれたのはセディだもの!」
残念令嬢と聞いてユーリアスは苦笑する。
「ねえお兄様、まだまだ婚約解消までたどり着かないみたい……」
「少しずつ状況は変わっていってるさ」
「うーん。何かきっかけが必要だと思うけど。何が足りないのかしら」
セラフィーナは眉を下げ、ふうと息を吐いた。
そんなセラフィーナの頭をユーリアスが優しく撫でてくれる。
昔から変わらない優しさに癒しを求めて、セラフィーナはユーリアスに甘えた。