互いの想い
パーティーが終了し、セラフィーナは部屋に戻った。
レオナルドはセラフィーナを部屋に送り届けてから「執務室に行ってくるがすぐ戻る」と出て行った。
ターニャに装いを解いてもらい、湯浴みを済ませたセラフィーナはソファに腰かけた。
ティーカップを手にしながら、今日の出来事を思い返す。
まさかテディがあんな勘違いをしているとは思いもしなかった。
耐えきれず感情を爆発させてしまったが、レオナルドが宥めてくれた。さらにはセラフィーナのために貴公子の仮面を脱いで、テディを押さえ付けてくれた。
それだけでなくレオナルドは、唯一だと、手放すことはないと公言までしてくれた。
それがとても嬉しくて。
部屋で一人きりなのに、笑みがこぼれる。
レオナルドはもうずっと前からセラフィーナを守ってくれている。レオナルドの腕の中が一番安心できる。からかわれることも多いけど。でも誰よりもそばにいてほしい人。
ティターニアが前に言った“安心してすべてを任せられる”まさにそのとおりだ。レオナルドに出会えて、好きになって本当によかった。心からそう思う。
ふと、セラフィーナは思い立ってしまった。
顔が赤くなるのがわかる。そわそわしてきて、自分で勝手に思ったくせに、何をやっているんだとも思う。
でも。
この気持ちを伝えたい。
そう思ってしまった。
レオナルドはセラフィーナを部屋に送り、着替えを済ませて執務室に向かった。
そこにはグィード達に酒を振る舞っているユーリアスがいる。
「皆様にはセラフィを助けていただきましたから。こちらは私からのお礼です。殿下は別の品をご用意ください」
「わかってる。今日は助かったぞ。お前達に心から礼を言う」
するとグィード達は驚いた顔をした。
「レオ殿下からそんな言葉聞くなんて意外!」
「こわっ!」
「明日はクレイズ初の大雪っすね!」
「お前らな。だが実際助かった」
彼らは先ほどの出来事を思い出したのか、呆れた顔をした。
「あの男、来て早々激高しだして腕掴もうとしたんすから。俺らいてよかったっす」
「おー。しかもただの勘違い野郎だからな」
パーティー前、信頼のおける第五小隊の騎士数名にセラフィーナの護衛を頼んだ。
セラフィーナは今まで何度も巻き込まれ怪我を負ってきている。そしてレオナルドはいつも後手にまわっていた。
そのたびに傷つけた者への怒りと、自分の不甲斐なさに苛立ちを感じていた。今度こそ守りたいと思っていた。
だが今回、怪我はなかったものの、セラフィーナは感情を爆発させた。
「子供の頃から傲慢で我儘で暴力を振るうテディ様が大嫌いだった!大嫌いだったのよ!」
セラフィーナは心の叫びを声に出した。泣き顔を誰にも見せたくないので腕の中に隠す。
人前で抑えきれないほど、モルガン家二人の言葉が耐えられなかったのだろう。ずっと我慢してきて、やっと解放されて、なのにまたこんな騒動に巻き込まれている。
嗚咽を押し殺している姿に、テディを追い詰めなければ気がすまなくなった。
「馬鹿な男だぜ。レオ殿下怒らせて何やってんだか」
「でもこれで静かになりそうっすね。最後は心折れてましたし」
グィードの言うとおり、今日でテディは大人しくなるだろう。自分の想いに気付かずセラフィーナに拒絶され、レオナルドに奪われて憔悴している。愚かで惨めな男だ。
だが許さない。セラフィーナと二度と会わすものか。せいぜい後悔すればいい。
「それにしてもセラフィーナ嬢かわいかったですね」
「そうそう!レオ殿下を信頼してます!って顔して甘えてて。美人なのに気取ってないし」
「あれでレオ殿下もびっくりの才女ですからね。すごいっす」
騎士達が口々にセラフィーナを褒め出すと、ユーリアスは気をよくしたのか彼らにどんどんお酒を注ぎだした。さらにはセラフィーナのために異国から取り寄せた菓子も出し始める。
「よかったらこちらも召し上がってください」
「わお!ユーリ君!サンキュー!」
「俺の好物じゃないですか!いただきます!」
それでは本末転倒だろうと思いつつ、書類のまとめが終わったので席を立つ。
「あれ?一緒に飲まないんすか?」
「ああ。セラが待っているからな」
「ひゅう!溺愛してますね!」
「あーんなかわいい顔して甘えられちゃほっとけないですよね!」
「ちゃんと幸せにしてあげてくださいよー!」
「当たり前だ。お前らほどほどにしとけよ。それからユーリ、モルガンを許す気はないから安心しろ」
「ありがとうございます。よろしくお願いします」
ユーリアスは立ち上がり、深々と頭を下げた。
テディには腸が煮えくり返る思いを何度もしている。ユーリアスの気持ちもわかっている。
レオナルドはユーリアスの肩を軽く叩き、部屋を後にした。
レオナルドが寝室の扉を開けると、セラフィーナはソファの上で膝を抱えており、レオナルドを見てほっと息を吐いた。
今日は色々あったから甘えたいのだろう。そう思いソファに座り膝の上に乗せると、すぐ首に腕を絡ませてきた。頭を撫でているとセラフィーナがぽつりぽつりと話し出す。
「今日ね、本当に嬉しかったの」
「そうか」
「うん。助けてくれたのもだし、テディ様やっつけてくれたのも。それに、みんなの前で唯一なんて言ってくれて」
「そのとおりだろう?」
「ふふふ。嫌な思いもしたけど、レオ様の腕の中にいれば安心なの」
そう言って顔をすり寄せるセラフィーナがかわいくて仕方がない。自分の足で立つことのできるセラフィーナが、レオナルドの前では甘え、絶対的な信頼を寄せている。
「もうね、ずっとなの」
「ん?」
「ずっと前から、レオ様の腕の中にいることが一番安心できるの。自分の気持ちがわかる前から。一番幸せな場所なの。……だから」
「 」
レオナルドの耳元でセラフィーナが囁く。その言葉にレオナルドは目を見開き、顔を真っ赤に染めたセラフィーナを見つめた。
「こ、婚姻まであと少しなのに。な、何をって思うかもしれないけど。で、でも、でもね、今日はって思ってしまったの。だ、だから…」
黙っているレオナルドに、セラフィーナは拒絶されたと思ったようでみるみる落ち込んでいく。
「や、やっぱりダメだよね。ごめんなさい。レオ様を困らせちゃった」
レオナルドは慌ててセラフィーナの頬に手をやる。
「違う、困ってなどいない。ダメなんて思うはずがない。ただセラからそんな言葉が聞けるなんて思っていなかっただけだ。……本当に、いいのか?」
頬にのせた手に力を入れて、レオナルドは真剣に確認する。するとセラフィーナは恥ずかしそうに笑った。
「うん。レオ様なら、いいの」
レオナルドはセラフィーナを抱き抱えたままスッと立ち上がり、そのままベッドの上に寝かせた。セラフィーナは期待を込めた瞳でレオナルドを見つめている。
本当は婚姻まで待つつもりだった。
だがこんな顔させて、あんなことを言われて、レオナルドが我慢できるはずもない。
「なるべく優しくする。怖くなったらちゃんと言え」
「怖くなんてない。レオ様、愛してる」
何度も見惚れたダークブルーの瞳から熱を感じる。何度も重ねた甘美な唇に、引き込まれるようにレオナルドはキスをする。軽くだったそれが深くなり、二人の吐息が重なる。持った熱をそのままに、やがて瞳が潤んでいく。
“レオ様とひとつになりたいの”
逸る気持ちを抑える。大切に、大切に触れる。セラフィーナの心が、体が、ゆっくりと満たされるように。
自分の中にこんな感情があるなんて、セラフィーナに会うまでは思いもしなかった。
何よりも大切で、大事で、愛おしくて堪らない。言葉なんかじゃ言い表せない。それじゃ足りない。
それでも、少しでも想いが伝わるように。この先も何度だって言い続けよう。
「誰よりも愛してる。私のセラフィーナ」




