卒業パーティーで絡まれました
「こんなところにいたのか!」
突然現れた存在にセラフィーナは目を見開いた。
久しぶりすぎて、動揺して、声が出ない。
なぜここに?そんな言葉だけが頭に浮かぶ。
フィリアがサッと立ち上がった。
「モルガン様、何の用ですの?あなたはセラフィとの間に接近禁止令が出ているはずですわ」
「ウィンストン嬢、その件についてです!セラフィーナ!何が接近禁止令だ!勝手なことをするな!全部お前が悪いんだ!」
喚き立てるテディにセラフィーナは少し冷静になってきた。いつもこんな感じだったのを思い出す。
セラフィーナもゆっくり立ち上がりテディを見た。
「ずいぶん探したんだぞ!まったく!学園にいたときはみっともなかったが今のお前なら許してやる!婚約破棄を取り下げてやってもいいんだぞ!」
意味がわからず、四人とも固まった。
急に何を言い出したのか。今さら婚約破棄を取り下げてどうするつもりなのか。セラフィーナはすでにレオナルドの婚約者だ。それがなくてもテディなんかと再婚約なんてありえない。
「何を黙っているんだセラフィーナ!お前は今から陛下の前に出て接近禁止令なんか取り下げろ!そしてもう一度モルガン家に嫁ぐと言え!行くぞ!」
テディがセラフィーナの腕を掴もうと手を伸ばしてきた。拒否感に体が強張る。
だが次の瞬間、騎士の制服に身を包んだ男性がテディの腕を掴んだ。
「そこまでだ!アイク!レオ殿下をお呼びしろ!」
「はっ!」
近くにいたもう一人の騎士が室内に駆けて行った。
テディを掴んでいた騎士は、テディの腕をぐるっと背中に回し地面にうつ伏せにして押さえ付けた。
いきなり地面に押し付けられたテディが苦しそうに叫ぶ。
「ぐあ!だ、誰だ!はなせ!僕を誰だと思っているんだ!」
「誰かなんてどうでもいいんだよ。お前がセラフィーナ嬢に危害を加えようとしたことが問題だ」
突然の出来事にセラフィーナ達は身を竦めていたが、冷静になったフィリアが口を開いた。
「グィード様ですわね」
「え?グィード様?」
「お久しぶりっす。フィリア嬢、セラフィーナ嬢。俺はレオ殿下に言われてセラフィーナ嬢の護衛をしてました」
そこにレオナルドが駆けつけてきた。
「セラ!」
眉間にしわを寄せ、セラフィーナの頬に手を添えて顔を覗き込んだ。
「セラ!大丈夫か?!何もされてないか?!」
「大丈夫よ。グィード様が助けてくれたの」
「そうか、よかった」
ホッと息を吐いたレオナルドは、優しくセラフィーナを抱き寄せた。
セラフィーナは嬉しくなった。セラフィーナを心配して、影でグィード達を護衛につけてくれていたのだ。
「ありがとう、レオ様」
微笑むセラフィーナにレオナルドは優しく頷く。
そして冷たく凍りつくような視線をテディに向けた。
地面に押し付けられたまま呻き声を上げていたテディだったが、レオナルドの鋭い視線に気付き顔を上げる。
「またあなたですか、テディ・モルガン。あなたには王家よりセラフィーナへの接近禁止令が出ていたはずです」
「あの、そ、それは。今から取り下げるつもりで……」
レオナルドの眉間にしわが寄る。
「グィード、説明を」
「はっ!セラフィーナ嬢がご学友とそちらのベンチで歓談しておりましたところ、テディ・モルガンがやってきました。来て早々いきなりセラフィーナ嬢を罵倒し、接近禁止令を解くこと、もう一度モルガン家に嫁ぐことを強要し、セラフィーナ嬢の腕を掴もうとしたので取り押さえました!」
それを聞いたレオナルドが一気に空気をピリピリさせ、地を這うような低い声で問う。
「テディ・モルガン。今さら何を言っているのです?」
「あ、あの……」
レオナルドの威圧感にテディは硬直してしまい、何も言えなくなってしまった。
「モルガン侯爵夫妻をこちらに」
「はっ!」
レオナルドの指示で駆けていく騎士の背中を見ながら、セラフィーナは思った。
なぜテディは今さら近づいてきたのか。なぜ婚約を戻そうとするのか。テディはどこまでセラフィーナを馬鹿にすれば気が済むのだろう。
だが今のセラフィーナはレオナルドの腕の中にいる。レオナルドが守ってくれるとわかっているから安心できる。
騎士に連れられ、モルガン侯爵夫妻がやってきた。
押さえ付けられているテディを見て夫人が叫ぶ。
「テディ!」
だが侯爵は、レオナルドの瞳が鋭く光っていること、何よりセラフィーナがレオナルドに庇われるように腕の中にいることを見てとり、テディの元に駆け付けようとした夫人の腕を取った。
「静かにしなさい!…レオナルド殿下。愚息が何を仕出かしましたでしょうか」
「まずは問いましょう。なぜ王家が、卒業生でもないテディ・モルガンの両親であるあなた方に、パーティーの出席を強制したのか」
「……接近禁止令の出ているテディを監視するためです」
「子息はこちらにいますが。あなた方は何を?」
「そ、それは……」
侯爵は黙り込んでしまった。
「グィード」
「はっ!レオナルド殿下の婚約者となられたセラフィーナ嬢を護衛しておりましたところ、モルガン子息がセラフィーナ嬢を罵倒し腕を掴もうとしたので取り押さえました!子息は、接近禁止令を解くこと、子息との婚約を結び直すことを強要しておりました!」
その頃には何事かとガーデンテラスに人だかりができていた。グィードの大きくハッキリした声に、集まってきていた生徒達も状況を完璧に把握する。
皆がなぜ今さら?と、ある者は眉間にしわを寄せ、ある者は呆れ顔で首を横に振り、女性達はヒソヒソと小声で話す。
モルガン侯爵は即座に両ひざを地面に突いて頭を下げた。
「愚息が申し訳ありません!申し訳ありません!」
レオナルドは怒りが交じった静かな声で話す。
「あなたのご子息はどれだけセラフィーナを馬鹿にすれば気が済むのでしょう。いまや第二王子である私の婚約者になったセラフィーナを罵倒し、あまつさえ自ら破棄した婚約を再び迫るなど」
「お怒りはごもっともです!大変申し訳ありません!愚息ともども如何様な罰でもお受けいたします!」
「そんな!セラフィちゃん!テディを助けてあげて!」
「お前は黙ってろ!」
助けを求める夫人に侯爵が一喝した。
この夫人がテディを作り出したのか。
誰もが思った。
この状況で、被害者であるセラフィーナに助けを求めるなど愚者以外何者でもない。
「話になりませんね。どのみち彼は王家の出した接近禁止令を破っています。そしてあなた方には管理不行き届きとして、相応の処罰を下します」
レオナルドの言葉に侯爵は頭を下げた。
だがそこに、我慢しきれなくなったようにテディが叫んだ。
「ま、待ってください!僕は本気で婚約破棄するつもりなどなかった!謝れば許してやるつもりだったんです!セラフィーナは僕との婚約を望んでいます!こんなのはおかしい!!」
テディの発言にその場にいた誰もがぎょっとした。急に何を言い出すんだと。
だがそこにモルガン夫人も続いた。
「そ、そうです!婚約解消にはなったけど、二人が想い合っているのなら婚約を結び直してもいいはずで「やめてっ!!」
夫人の言葉をかき消すように、セラフィーナの叫び声が辺りにこだまする。
途中で遮られた夫人は戸惑いセラフィーナを見ると、そこには顔を歪めて夫人を睨み付けるセラフィーナがいた。
セラフィーナは耐えられなかった。
勝手なことを言い出す二人に嫌悪感が押し寄せる。さまざまな負の感情が熱を持って渦巻き、セラフィーナは抑えきれなくなった。
「勝手なことを言わないでください!私は一度だってテディ様との婚約を望んだことはありません!亡き母と父が勝手に取り決めた婚約です!私は何度も嫌だと言ったわ!でも父は受け入れてくれなかった!ずっとずっと苦しかった!だから学園の食堂で婚約破棄を言い渡された時は歓喜したわ!もうこれでテディ様と縁が切れると!子供のころから傲慢で我儘で暴力を振るうテディ様が大嫌いだった!大嫌いだったのよ!!」
抑えきれず涙を溢れされたセラフィーナを、レオナルドが皆に見えないように腕の中に囲う。
セラフィーナは何年も我慢し続けた。嫌で嫌でしょうがなかった。絡まれるたびに憂鬱になった。手紙が届くのが苦痛だった。“僕の婚約者”と言われる度に鳥肌が立つ思いだった。冷静に、冷静に、と心の中で言い続けた。
想い合っているなんて冗談じゃない!!
「セラ、大丈夫だ。落ち着け」
レオナルドが耳元で優しく囁く。
手で口を押さえ、嗚咽が漏れそうになるのを必死で堪える。
「セラ、大丈夫だ」
レオナルドがセラフィーナの背中をゆっくり撫でてくれる。
優しい声に、優しい手に、カッとなった心が少しずつ静まってくる。
「ごめんなさい、レオ様」
「いいんだ、セラ」
周りを囲んでいた生徒達は、体を震わせて必死で堪えようとしているセラフィーナの姿を見て、同情した。
廊下でテディに罵倒されているところを何度も目撃した。大変そうだと、関わりたくないと思った。
セラフィーナは毎回冷静に対処していた。だが心の中は悔しさと悲しみに満ち溢れていたのだろう。
セラフィーナの叫びを聞いたテディは放心したように静かになった。
レオナルドがグィードに視線を送り、テディを立たせる。だがテディは唖然としたままぼそぼそ呟く。
「僕との婚約を望んでいない?僕のことがきらい?そんなバカな……」
静まったガーデンテラスではテディの声がやけに響いた。
「おい、お前」




