残念令嬢の出来上がり
そもそもなぜ、公爵令嬢のフィリアと格下のセラフィーナが同室なのか。それは二日前に遡る。
公爵を賜ることができるのは王族の血縁者のみで、しかも三代まで。学園でも王家と公爵家のみ侍女や従者を連れてくることが許されており、寮も特別部屋となる。
先代王姉を祖母を持つフィリアにも三間続きの部屋が用意されていたのだが、彼女は侍女を連れてこなかった。
「せっかくの寮生活ですもの。お付きの侍女がいては自由を楽しめませんわ。わたくしは一人で結構です」
学園は焦った。
一人にして何かあったら問題になる。ならば誰か侍女代わりになる女子生徒を同室にさせよう、と。
だが侯爵家では家格が高すぎるし、学生になりたての子爵・男爵家あたりでは粗相しないとも限らない。
そこで伯爵家の中でも商会を持ち、名が通っていながらも家格がそれほど高くないダウナー家に白羽の矢が立った。
入学二日前に寮入りしたセラフィーナは当然のように一人部屋だと思っていたのだが、教師陣から急遽説明がなされ、あれよあれよという間にフィリアのいる最上階の部屋へ連れて行かれた。
同室になるのなら相性もあるだろう、まずは二人で話し合いなさいといきなりフィリアの部屋で二人きりにさせられたセラフィーナは困った。
すでに偽装の化粧をほどこしているし、婚約が解消されるまでは誰にも素顔を見せるつもりはない。だが同室になってしまえば嫌でも素顔をさらすことになる。
挨拶をした後は俯いて黙り込んだセラフィーナに、フィリアは声をかけた。
「あなたがダウナー家のセラフィーナ様なのね。あなたが仕入れた限定品の香水、わたくしのお気に入りですのよ」
微笑むフィリアにセラフィーナはびっくりして顔をあげた。
「どうしてそれを?」
「わたくしのお祖母様の情報を甘くみてはいけないわ。あの方は美を追求するのが大好きですもの」
商会について他国を回っていたセラフィーナはごくごくたまに、気に入った商品があると担当者と交渉し仕入れをするようにもなっていた。
フィリアの言った香水とは、同じ中央大陸でも国を挟んだ西側に位置するデリ王国から仕入れた品だ。山脈奥にしか生えていない原生林の葉から抽出されたもので、少量でもすっきりとした香りが長く続く、とても貴重な品だった。
クレイズ王国では甘い花の香りがする香水が主流だったので賭けではあったが、限定品として販売してみたところ、すっきりとした香りが好評で即完売した商品だった。
「あの、ありがとうございます」
笑顔になったセラフィーナを見て、フィリアも笑顔で近づいてきた。
「それにしても綺麗なお色ですわね。瞳も同色なんて素敵ですわ。前髪をもう少しあげてみてはいかがかしら」
そんなことを言いながらフィリアはセラフィーナの前髪をすくい上げた。
まさか了承も得ずに触るなんてするはずがないと油断していたセラフィーナは反応が遅れたため、こめかみに貼られている白いテープが見えてしまった。
「まあ……」
セラフィーナの髪を上げたまま、口をぽかんと開けてフィリアは固まってしまった。
それはそうなるだろう、セラフィーナは思った。
顔に白いテープなんか貼って怪しさ満載だ。
これはダメだ。
セラフィーナは観念して事情を話すことにした。
大嫌いな相手との婚約を解消したいが父が頷いてくれず、嫌われて婚約破棄してもらおうと目論んでいること。事情を知った他国のとある歌劇団が親身になってくれて、化粧の仕方を教えてくれたこと。この白いテープは歌劇団では顔の輪郭を変えるために使用しているもので、それを改良して使っていること、など。
「私は絶対に婚約を解消したいのです。あんな男と結婚するなんて無理です。どうかこのことは内密にしていただけないでしょうか…!」
半泣きになりながらセラフィーナは懇願した。
驚きながらも黙って聞いていたフィリアが、ゆっくり口を開く。
「……事情はよくわかりましたわ。でもお顔の造作を変えたぐらいではまだ難しいでしょう」
「え?」
「なぜならあなた、とてもスタイルがよいのですもの。この制服では豊満なお胸が隠されておりませんわ!」
フィリアはビシッとセラフィーナの胸を指差した。
指された自分の胸を見つつも何と言っていいかわからず、セラフィーナはほんのり顔を赤らめる。
実はこの時点では化粧をしていただけで、セラフィーナは体型をいじることまで考えていなかったのだ。
「やるからには徹底的にやりましょう。わたくしも協力を惜しみませんわ。さあ、まずは制服を脱いでくださいな!」
そうしてフィリア監修の元、体型改造が始まった。
まず胸の大きさを目立たなくさせるため大量のタオルを体に巻き付けたのだが、手足がほっそりしているのに胴体だけがずんぐりしているのは違和感しかない。しかもタオルを巻きすぎて暑くて汗だくになる。
それはそれでテディに嫌われてよいのかもしれないと思ったが。
「駄目ですわよ。汗だく令嬢なんて他の生徒からも敬遠されてしまいますわ」
次にさらしを巻いてみたが、セラフィーナの豊満な胸を抑えようとするとかなりの労力がいる。二人がかりで押さえつけたが力のない貴族令嬢では限界がある。
「侍女を連れてくるべきでしたわ……」
試行錯誤のうえ決定したのが、二人がかりでさらしを巻いた上に腰回りにも大きいタオルを二枚巻き付けるという方法だった。
鏡に映った自分の姿を見て、セラフィーナは感動した。
そこには地味で顔色が悪い上に、太くてくびれのない寸胴体型の、よりもっさりした自分がいたからだ。
セラフィーナは顔を嫌われようと必死だったが、体型までは気にしていなかった。
だが鏡の前の自分はどうだ。まさにダメダメな姿ではないか。これなら間違いなくテディに嫌われるはず。
糸目にした目を輝かせフィリアに顔を向けると、フィリアも笑顔で頷いた。
「これでしたら少々ふくよかで、自然な寸胴体型ですわね。完璧ですわ!ふう!」
満足げに額の汗を拭うフィリアがおかしくて、セラフィーナが笑いだすとフィリアもおかしくなったのか、二人で声を上げて笑った。
こうして上から下まで完璧な残念令嬢が出来上がったのだった。
この出来事をきっかけに、二人は一気に仲良くなった。フィリアはせっかくだからこのまま同室でと望み、セラフィーナも快諾した。
高位貴族ながら気取ったところはなく、フィリアはさっぱりとしていて居心地がよい。むしろ頼もしいフィリアと仲良くなれてセラフィーナは喜んだ。
お互いをフィリア、セラフィと呼びあうことにした二人は、身分差関係なくこの先も長く友人関係を築くことになっていく。
その夜、湯浴みを済ませたセラフィーナの素顔を初めて見たフィリアが、本日二度めとなる口をポカンと開けた表情をみせた。
「まあ!セラフィ!あなたとても美人ですのね!偽装するのも納得ですわ!」