優しい目覚め
次の日、セラフィーナは優しい温もりの中で目を覚ました。
ぼんやりしていたが徐々に覚醒してくると、レオナルドの引き締まった体にしっかり抱き込まれていることに気づく。
昨日はあれから横抱きにされ、一緒のベッドに入った。
「婚姻までは最後までしないし負担をかけるつもりもない。だがお前が隣にいて何もしないなど私には無理だ」
そう言ってレオナルドは熱く深いキスをした後、セラフィーナの首筋に顔を埋めた。
昨夜のことを思い出すとセラフィーナは恥ずかしくなってもぞもぞして、なんだかどこかへ逃げ出したくなった。
でも幸せだ。
学園襲撃事件の後、レオナルドはずっとセラフィーナと一緒にいてくれたが、今日初めて寝起きをともにしている。
顔を上げるとレオナルドの整った顔立ちがすぐ目の前にある。淡いグリーンの瞳は閉じられており、レオナルドの穏やかな寝顔にセラフィーナは見惚れた。
なんてかっこいいのか。このままずっと見ていたい。
うっとりしながらそんなことを思っているとレオナルドの目がパチッと開いた。
「おはよう、セラ」
「お、おは、おはようございます」
「セラ、敬語になってるぞ」
「も、もしかして起きてたの?」
「ああ。お前の寝顔を見ながら考えていた」
「? 何を?」
レオナルドがニヤリと笑った。
「セラのかわいい寝顔と昨夜の色気に満ちた顔。どちらも甲乙つけがたいなと思ってな」
セラフィーナは一瞬にして顔に熱が集まるのがわかった。それを隠すためにレオナルドの胸に顔をうずめる。
「ククク。真っ赤だな」
笑いながらもレオナルドは満足そうに抱き締める。
「朝起きてセラが腕の中にいるというのはなかなかいいな」
レオナルドは少しだけ腕を緩めて、セラフィーナの額にキスをした。
「名残惜しいがそろそろ起きるか。ターニャ達が来そうだ」
身支度を整えて寝室から出ると、ターニャとターニャにそっくりなメイドが二人分の朝食の用意をしていた。
「おはようございます!セラフィーナ様!」
「おはよう、ターニャ。ね、もしかして私がこの部屋にくること知ってたの?」
「もちろんです。こちらのお部屋の準備をしたのも私ですし」
「そうなのね。昨日別れの挨拶しようと思ってたのにターニャったらさらっと流すんだもの。ちょっと寂しかったわ」
「ううう。申し訳ありません。レオナルド殿下から口止めされていまして……」
「ふふふ。だろうと思った!レオ様に敵うわけないもんね!」
寝室に続く扉がガチャッと開き、同じく身支度を整えたレオナルドが部屋に入ってきた。
「紹介する。ターニャの双子の姉のマーシャだ」
「マーシャと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
双子というだけあって二人はよく似ている。
違いはターニャの方が少しタレ目なくらいか。
「セラフィーナです。こちらこそよろしくお願いします」
「さあ、朝食だ」
食事の後レオナルドは言った。
「私は執務室に行く。お前はここでゆっくりしていろ。ユーリと三人で昼食をとろう。その後は父上の執務室に行くぞ」
「陛下にお会いするの?」
「そうだ。婚約者を両親に紹介するのは当たり前だろう?」
セラフィーナは小さく「婚約者」と呟いた。その響きに照れて顔がほんのり赤くなる。
するとレオナルドがセラフィーナの腰に両手を回し、額と額をひっつけてきた。
「お前は本当にかわいいな。もう一度寝室に連れ込もうか」
「レ、レオ様!」
「冗談だ。さすがにユーリに怒られそうだ。では後でな」
レオナルドはセラフィーナの顎を持ち上げチュッと音を立ててキスをした後、部屋から出て行った。
残されたセラフィーナは「もう!」と言いつつ顔がだらしない。
それを見ていたマーシャが呆気にとられていた。「姉さん」ターニャに肘で突かれハッとする。
「し、失礼しました!あれほど機嫌のよいレオナルド殿下を拝見するのは稀でして」
「だから言ったでしょ。レオナルド殿下はセラフィーナ様にベタ惚れだって」
「ターニャ、ベタ惚れはやめて。恥ずかしいわ」
「でも本当のことですよ」
「確かに大切にしてもらってるわ。でもからかわれることも多いのよ。今回のことだって、まったく知らなかったんだから」
「そうですねぇ。でもレオナルド殿下ですからねぇ」
「そうねぇ。…ふぅ」
眉を下げて息を吐くセラフィーナに、ターニャとマーシャが笑った。
それから三人で色々話した。マーシャはターニャの姉らしく明るく元気で、セラフィーナもすぐ打ち解けた。
二人にはセラフィと呼んでほしいと伝えた。これからも長く付き合っていきたいから、と。二人は快諾してくれた。
昼食の時間になり、レオナルドがユーリアスを連れて戻ってきた。ユーリアスは会ってすぐ、頭を撫でながら「おめでとう、セラフィ」とお祝いの言葉をくれた。それが気恥ずかしくてくすぐったい。
撫でられながらクスクス笑っていると横からレオナルドにガバッと抱きつかれた。
「ユーリ、ほどほどにしろ」
「何言ってるんですか。兄妹の交流ぐらいさせてください」
ユーリアスとターニャ、マーシャは呆れた顔でレオナルドを見る。
そんな視線をまるっと無視して、レオナルドはセラフィーナの頭をよしよしと撫でた。
「試験、ですか?」
国王の執務室に集まった後、レオナルドの所業を知っていたアレクセイは気まずそうにしていて、ティターニアからは必死に謝られた。国王ガイル、王妃レイチェル、王弟レザールは白い目をレオナルドに向けたが、今さらとやかく言ったところで仕方がない。
その後レオナルドとの婚約を祝福されたのだが。
「そうだ。ティターニアの王妃教育同様、レオナルドの妃候補となる者には外交官教育が必要になる。だがセラフィーナには必要ないと判断した。教育期間を飛ばして試験を受けてもらい、レオの隣に並び立つにふさわしいと皆に知らしめてほしい」
ガイルの言葉に不安を覚えるものの。
「でもセラフィーナ嬢はほとんど問題ないといえるよ。十か国語を話せる外交官夫人なんて今までいなかったからね。安心して試験に挑めばいいよ」
レザールの言葉にセラフィーナはホッとした。試験に落ちてレオナルドと結婚できないなんて辛すぎる。
「それを聞いて安心しました。ですがやるからには、レオ様の隣にふさわしいよう高得点を出したいと思います」
セラフィーナの目に力が入る。
その様子に誰もが頼もしさを覚えた。
「では試験は一週間後。その期間教師もつけよう。励んでくれ」
「頑張って!セラフィちゃん!」
「セラフィーナ嬢、レオのためにも頑張ってくれ」
レイチェルやアレクセイにも応援され、ヤル気満々になるセラフィーナ。
そう、やるからには徹底的に。
それはセラフィーナの信条だ。
その結果、さすがというべきとんでもない得点を叩き出す。




