腹黒のプロポーズ
その日、夕食をすませたセラフィーナは一人でぽつんとソファに座っていた。
最後の夜だというのにすることがない。
ターニャにもきちんとお礼が言いたかったが、「では失礼します」とさっさと出て行ってしまった。城から去るのに本を借りるわけにもいかず、話し相手もおらず。なんと呆気ない幕切れだったのか。
セラフィーナは寂しくなってきた。
フィーナとして頑張ってきて、濃密な時間を過ごしてきて。
なのにこんなにさらっと終わるなんて。
何より明日からはレオナルドと離れてしまう。それが悲しい。レオナルドには「会おうと思えばいつでも会えるぞ」と言われたが、王宮にいても会えない日が多々あるのだ。家に戻ったらもっと距離が離れてしまう。
レオナルドは離れても平気そうだった。寂しいのは自分だけかとこの一週間何度も落ち込んだ。
だめだめ。
こんな暗い思考してたって仕方ないわ。
セラフィーナは頭を振って、気分転換にテラスに出ることにした。
綺麗な月を見ていると、落ち込んでいた気持ちも浮上する。フィーナとは今日でお別れなのだ。もう本当に終わったんだと、目を閉じて過去を振り返る。
学園でテディに殴られそうになったのをレオナルドに助けてもらったのが最初だった。爽やかな貴公子だと思っていたのに、あんなに腹黒だと思わなかった。
でも今では、そのレオナルドの腕の中が一番安心できる場所になっている。
アレクセイの執務室で初めてティターニアに会ったときは衝撃だった。今も変わらず美しい。
リンカにクレイズ語を教え、ターニャに世話してもらい、皆と一致団結してパーティーに挑んで、事件を乗り越えて……
色々あったけど楽しかったな。
そう思い、月を眺める。
その綺麗な月にエメレーンを思い出した。
ダウナー邸に戻ったらサイプレスに行こうか。一介の伯爵令嬢がエメレーンに謁見できるかわからないが、ティターニアを守れた話をしたら、あの金の瞳を細めて喜んでくれるのではないか。
「楽しそうだな」
振り返るとレオナルドがいた。
「ふふ。ここに来てからのことを思い出していたの」
「そうか」
「色々あったけど楽しかったなって思って。それで明日ダウナー邸に帰るから、エメ様に会いに行ってみようかと思って」
「……」
無表情で黙り込んでしまったレオナルドに、考えが甘いかなと思った。
「やっぱりただの伯爵令嬢が謁見なんて無理かな?」
「…なぜサイプレスに行くんだ?」
「え?だってレオ様忙しいでしょう?なかなか会えなくなるだろうし」
「言っただろう。いつでも会えると」
「うん……でもレオ様がダウナー邸に来てくれる時間なんてないだろうし、私から王宮に押し掛けるなんてできないし」
目に見えて落ち込んでいくセラフィーナに、レオナルドは満足そうな顔をする。
「私に会えなくなるのは寂しいか?」
「……うん。寂しい」
なぜそんな当たり前のことを質問するのか。寂しいに決まっているじゃないか。
そう思っていたら急にレオナルドに手を取られた。
「なら行こうか」
そう言ってレオナルドは歩き出す。
「行くって?どこ行くの?」
「ついてくればわかる」
「で、でも私今偽装していないし」
「人払いしてある。安心しろ」
それなら問題はなさそうだ。
だがどこに行くのだろう。
ずいぶん歩いた先で止まり、レオナルドは目の前の扉を開いた。
そこはセラフィーナがいた部屋よりもさらに豪華な部屋だった。
広々とした室内には高価で質の良い家具が間隔を空けてゆったりと置かれてある。色の統一感もあり品よくまとめられているので居心地が良さそうだ。
「わあ!すごい!」
「気に入ったか?」
「とても素敵ね!誰のお部屋なの?」
「お前の部屋だ」
「へ?」
「今日からお前はここに住むんだ」
「え?」
「お前は先ほど言っただろう。私と会えなくなるのは寂しいと。だから一緒にいられるように部屋を用意した」
セラフィーナは確かに言った。
言ったがどうしてこんな豪華な部屋に?
レオナルドはそんな疑問にニヤリと笑った。
「フィーナ・ガレントは終わった。お前の次の役割は第二王子妃になることだ」
「……え?」
「あの扉の先に寝室がある。その隣は私の部屋だ。どちらからでも行き来できるようになっている。言っただろう?いつでも会えると」
理解が追い付かずセラフィーナはボケッとなった。その顔をレオナルドは楽しそうに覗き込む。
「どうした?ククク。顔が固まっているぞ」
「だ、だって。王子妃って」
「ん?嫌なのか?」
「い、いやとかじゃなくて。あの、その」
「はははは!驚かそうと思ってたんだ!大成功だな!」
レオナルドは笑い出した。
「その顔は初めて談話室で会ったとき以来だな!ははは!」
とても楽しそうだ。
何がなんだかわからず、笑っているレオナルドをポカンと見ていたセラフィーナだったが、涙がじんわり浮かんできた。
眉を寄せて涙を溜め始めたセラフィーナに、レオナルドがびっくりする。
「どうした?セラ?どこか痛いのか?」
その言葉にセラフィーナの表情がくしゃっと歪む。
セラフィーナにしてみればレオナルドと離れることになると思っていたのだ。なかなか会えなくなることを覚悟しなくてはと、寂しさをグッと堪えていたのに。
それが部屋を用意されていて、王子妃とわけのわからないことを言ってレオナルドは笑っている。何がおもしろいのか。
「ううう、レオ様。な、なんで?私、家に帰ると。お、思ってたのに…」
レオナルドは慌ててセラフィーナを抱き締めた。
「セラ、私がお前を手放すわけないだろう?」
「だ、だって。うう」
「しまったな」
レオナルドは金の髪をぐしゃぐしゃと掻き上げた。
「ああ、泣くな、セラ。私が悪かった。泣かないでくれ。な、セラ? な?な?」
鼻をグズグズ鳴らしていたセラフィーナだったが、“な”を連呼し、焦っているレオナルドをみていると、ちょっとずつ笑えてきた。
眉を下げて目尻を下げて、困った顔でアワアワしてるレオナルド。
これは見ものだ。
いつもは黒いものを背負ってニヤリと笑っているのに。こんなかわいい顔もできるのか。
そう思うと自然に笑えてきて、セラフィーナの口の端が上がり始めた。
それを見たレオナルドはホッとしたようで、言い訳めいたことを口にする。
「お前を驚かそうと思っていたのもあるが。お前いきなり第二王子妃になれと言われたら躊躇するだろう?だから一度離れると思わせたほうがすんなりいくかと思ってな。わざと隠してた」
涙が一気に引っ込む。
まさかそんなことを考えていたなんて!
確かに躊躇するかもしれないが!
なんて腹黒なんだ!ひどすぎる!!
「ひどい!ひどい!本当に寂しかったんだから!」
「そうだな。だが私は嬉しい。お前が私と離れたくないと寂しがるのはな」
そう言ってセラフィーナにキスをする。
キスで誤魔化されないぞ!
キッと睨み付けたセラフィーナだったが、レオナルドの優しい瞳を見てすぐ絆されてしまった。
「仕切り直しだ」
レオナルドは、セラフィーナをテラスに連れ出した。
暗闇に浮かぶ月明かりに、二人照らされる。
レオナルドは金の髪を掻き上げた。
淡いグリーンの瞳がセラフィーナを優しく見つめる。その瞳を見つめ返すと、レオナルドはふわりと笑った。セラフィーナの頬を両手で包み込み、親指で目元を優しくなぞる。
「お前のこの瞳に何度も見惚れた。この髪も。誰よりも綺麗だ、セラ」
そして目尻にゆっくりキスをする。
「私にはお前しかいない。私の妃になってくれ」
レオナルドはセラフィーナを優しく胸の中に包み込み、耳元で囁いた。
「セラフィーナ。お前を誰よりも、愛している」
その言葉に、また涙がじわりじわりと湧き上がってきた。レオナルドの背中に腕をゆっくり回す。
離れることになると思っていた。なかなか会えなくなることを覚悟しなくてはと言い聞かせていたのに。
「バカ。レオ様のバカ」
「そうだな。私はバカだ。だがどうしてもお前がほしい」
レオナルドが自分を求めてくれている。
妃になんて。本当に?
ずっと一緒にいられるの?この先も、この腕の中でずっと守ってくれるの?
これではレオナルドの思うつぼだ。でも。
「わ、私、こ、ここにいて、いいの?」
「当たり前だろう。私がお前を手放すことなどあるわけない」
「わ、私もレオ様を、あ、愛してるの」
「ああ、知っている。だから私の妃になれ」
「は、はい。な、なります。なりたいの」
レオナルドはセラフィーナの頬に手を添え、ダークブルーの瞳から零れ落ちる涙を親指で拭いとる。
「この先もずっと、お前は私のものだ」
そしてセラフィーナに熱いキスをする。角度を変え、何度も。何度も。
セラフィーナの心が蕩けるように。
レオナルド以外、何も考えられなくなるように。
 




