セラフィーナの癒し
セラフィーナは優しく頭を撫でられている感触を感じて、ゆっくりと目が覚めた。
「起こしてしまったか」
「レオ様?……ここは……?」
「王宮のお前の部屋だ」
周りを見ると馴染んだ景色がそこにあった。それでハッと思い出す。
「ティア様は?フィリアは?みんな無事ですか?」
「大丈夫だ。ルードリッヒも侯爵達も全員牢にいる。だから安心しろ」
セラフィーナはホッと息をついた。
レオナルドは立ち上がり、水差しの水をグラスに入れてセラフィーナに差し出した。
「喉が渇いただろう」
「ありがとう」
レオナルドの言うとおり体が水分を欲していたようで、飲み干すとずいぶん落ち着いた。
レオナルドがセラフィーナの額に手をのせる。
「やはり少し熱っぽいな。もう少し休むか?それとも何か食べるか?」
「レオ様は?」
「ここにいる」
「…それなら……」
「何だ?」
「あの、その。ぎゅって、してほしくて」
思い切って言ってみたのだが、レオナルドはふわりと笑った。セラフィーナをシーツで包み込み横抱きに持ち上げ、ソファに座って膝の上に乗せる。甘えたい気持ちが伝わったのか、レオナルドはセラフィーナの額にゆっくりキスをした。こめかみにも、頬にも。そのキスが温かくてくすぐったい。
「セラ。よく頑張ったな」
柔らかい笑みでそんなことを言うレオナルドに、セラフィーナはじわりと涙が浮かんできた。
あの時はなるべく考えないようにしていた。何よりも優先すべきはティターニアだと。でも本当は怖くて怖くて仕方がなかった。賊に連れて行かれるときも、目を覚ましたら縄で縛られていたことも、知らない男と二人きりで馬車の中にいることも。
「本当は、すごく怖かったの。でも、だけど……」
「ああ」
「レオ様が助けてくれるって」
「そうか」
レオナルドが涙で滲んだセラフィーナの目元をそっとなぞる。
「お前のおかげで義姉上は守られた。私はお前を誇りに思う。セラ、よく頑張った」
「レオ様」
「お前はすごいやつだ」
レオナルドがセラフィーナの頬にそっと手を這わせる。
そして愛おしそうに目を細めた。
「セラ、愛している」
その言葉はセラフィーナの心を震わせた。
「ふ、ふぇ、ふぇぇぇええん!レオさまぁ!」
セラフィーナは我慢しきれずレオナルドの首に抱き着いた。いくら身代わりとはいえ、本来なら賊に拉致されるなんて醜聞でしかない。貴族令嬢なら尚更だ。だがレオナルドは誉めてくれる。それが誇りだと、愛しているとまで言ってくれる。頑張ってよかったと、心から思えた。
セラフィーナは涙が止まらなくなり、レオナルドに抱き着いてわんわん泣いた。
どのぐらい泣いていただろう。その間レオナルドはずっと抱き締めていてくれた。時々頭を撫で「えらかったな」と褒めてくれた。
子供のように泣いてしまったことが徐々に恥ずかしくなり、泣き止んだにもかかわらず顔を起こすタイミングがわからない。だが言えるのは、連れ去られた恐怖よりもレオナルドの愛情に満たされたことが心を占めていて、温かい気持ちだった。この人はいつもセラフィーナを救って大切に守ってくれる。
泣き腫らした顔を起こして、レオナルドを真っ直ぐ見つめた。
「レオ様、好き」
思ったよりも小さな声になってしまった。でもちゃんと聞こえたようだ。
レオナルドは目を丸くした後、楽しそうに喉を鳴らした。
「ククク。お前は本当にかわいいな。このまま押し倒してしまいそうだ」
一気に顔が真っ赤になる。それを隠したくて、結局レオナルドの首筋に顔をうずめた。
その後も顔を起こすタイミングがないまま、レオナルドに引っ付いているとノックが聞こえた。
セラフィーナをソファに下ろしたレオナルドが扉を開けると、軽食を乗せたカートを押してユーリアスが入ってくる。
「お兄様が持ってきてくれたの?」
「そうだよ。殿下は人使いが荒いからね」
「お前の分もあるだろう。文句言うな。セラ、一緒に食べるぞ」
「はい!」
テーブルを三人で囲んで和やかに食事をする。
二人の会話を聞いていたセラフィーナは、ユーリアスの言葉にびっくりした。
「え?!陛下の執務室に穴が空いたの?!」
「そうだよ。殿下は最初、壁を殴ろうとなさったんだ。それを私が止めたんだよ。手を痛めるからね」
「確かに拳を痛めるのはまずいからな。だが代わりに足が出た。穴が空いたのは半分ユーリのせいだな」
「また適当なことを。宰相が頭を抱えていましたよ」
「知るか」
目を丸くするセラフィーナにレオナルドは楽しそうに言った。
「見せかけの私は温厚だろう?だからあれは兄上がやったことになっている」
「ええ?!アレクセイ殿下、とばっちり!」
そう言いながらも楽しそうに笑っているレオナルドにつられて、セラフィーナも笑ってしまった。
食後にはユーリアスがお茶を入れてくれた。
体が温まり、セラフィーナはうとうとし始める。
「セラ、もう寝ろ」
「でも……」
「それとも一緒に寝るか?」
「もう!レオ様ったら!」
「ククク。さすがにユーリに叱られるからな。それはまた今度だ」
顔を赤らめたセラフィーナをレオナルドは楽しそうに眺めて横抱きにする。レオナルドに抱っこされることに慣れてしまったセラフィーナは、ユーリアスの前ならまあいいやとそのまま甘えた。
「ほら、ユーリに挨拶しろ」
「はい。お兄様、おやすみなさい」
「おやすみ、セラフィ。ゆっくり休むんだよ」
ユーリアスに手を振っているとレオナルドはまたククッと笑って、セラフィーナを寝室に連れていきベッドに降ろした。
「寝るまでちゃんと傍にいる」
「レオ様、忙しいのに一緒にいてくれてありがとう」
「私がお前の傍にいたいんだ。気にするな」
レオナルドは優しく微笑み、セラフィーナの額にキスをしたあと頭をゆっくり撫でる。
心地よい睡魔に襲われてセラフィーナは再び眠りについた。
翌日からセラフィーナは本格的に熱を出した。
全力疾走し床に寝転がされて体力が消耗し、何より緊張から解放されたことが大きいだろう。それはまあ仕方がない。
何が驚くかというと、レオナルドが付きっきりで看病してくれたのだ。
書類仕事をセラフィーナの部屋に持ち込んだレオナルドは、セラフィーナが目を覚ますと手ずから剥いたフルーツを食べさせ、濡れたタオルで首元の汗を拭い、傷に薬を塗り込み包帯を替え、セラフィーナが再び眠りにつくまで優しく頭を撫でる。せっせせっせと看病するレオナルドにセラフィーナはされるがままだ。
こんなに甘やかされていいのだろうか。
熱でぼんやりしながらも、レオナルドがそばにいてくれるのが癒しなのは間違いない。目が覚めたら「起きたか?セラ」そう言って優しく微笑んでくれるのだ。なんて心地よいのだ。
熱を出してよかったなんて思ったのは、レオナルドには内緒だ。
だが熱が引いて正気に戻ってくると今度は恥ずかしさが増してくる。
「セラ、うまいか?」
「う、うん。でももう一人で食べられるから」
「今まで私が食べさせてきたんだ。今さら恥ずかしがることないだろう」
そうして唇をペロッと舐められる。
「痛くないか?セラ」
「も、もう大丈夫。自分でやれるわ」
「今まで私がやってきたんだ。今さら恥ずかしがることないだろう」
傷に薬を塗り込みながら手足にキスをされる。
今までやってきたと言われればそのとおりで。しかもレオナルド相手に強く否定する気にもならず。
というより結局のところ嬉しい。
シーツにくるまれ膝の上に乗せられ、頭を撫でられ髪をくるくるされ、顔中にキスの雨を降らされながら、まあいいやとそのままべったり甘えた。
熱も完全に下がり、レオナルドから面会許可が下りたのでティターニア達が部屋にやってきた。
「フィーナ!」
「ティア様!ご心配をおかけしました。もう大丈夫ですよ」
笑顔を見せるとティターニアは涙ぐんだ。
自分の身代わりになったのだ。やるせない気持ちを抱えていたはず。大きな瞳を潤ませて、両手を握られお礼を言われてドキドキした。
フィリアはセラフィーナをぎゅっと抱き締めた。
「セラフィ、あなたの勇気を讃えますわ。あなたはわたくしの自慢の友人です」
涙声のフィリアにセラフィーナもちょっとうるっとしてしまい、二人で笑った。
キャサリンとリサにはフィリアから説明してくれたそうだ。王家も絡んでいるので内密に、と。二人は驚いていたが納得していたそうだ。
唇を引き結び、泣くのを我慢しているリンカにはお礼を言った。
「レオ様に知らせてくれてありがとう」
「いいえ、いいえ。姫様をお守りくださり、ありがとうございました」
そしてターニャは。
「私がぁ!お世話じだがっだのにぃ!レオナルド殿下に締め出ざれだんでずぅ!!」
エグエグ泣くターニャに笑ってお礼を言った。




