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救出(レオナルド視点)


レオナルドが学園襲撃を聞いたのは、父ガイルの執務室で叔父レザールの報告書を目にしているときだった。


サライエでも女好きで我儘なルードリッヒは王子としての役割を果たしておらず、普段も離宮で生活をしている。だがやはり所在を誤魔化していたようで、内密にクレイズに戻ってきていることが判明した。


緑の髪の従者はマルコという名で、元はゾーイックの貴族子息だった。

金に目が眩んだ父親が違法とされる葉を育てていたことが明るみになり、没落した。家族は全員国外追放になり、まだ幼かったマルコはサライエの孤児院に預けられた。

そしてたまたまルードリッヒの目に留まり修道院から連れ出される。従者というものの散々な扱いを受けていたようだ。

セラフィーナの話を聞いた時点でマルコには監視をつけている。



まずはルードリッヒを不法滞在で捕縛しようと話していたときだった。


「申し上げます!先ほど学園に賊が侵入し、談話室に待機していた女性が一名拉致されました!」

「なんだと!?どういうことだ!!」

「食堂の窓ガラスに石が大量に投げ込まれました!生徒達を寮に避難させましたが、今度は寮に煙が上がり、その混乱に乗じて拉致された模様です!」

「なっ!誰がっ!まさかティアが!?」

「そちらについてはこちらの侍女から報告があります!」


騎士達の後ろには、青ざめつつも視線の鋭いリンカがいた。


「私からご報告いたします。まずはお人払いを!」

「リンカ!ティアは!?」

「姫様はご無事でございます。まずはお人払いを!急いでください!」


強い口調で話すリンカに、急ぎ騎士達を遠ざけた。

見計らったようにリンカは早口で説明を始める。



そのあまりな内容に、レオナルドは瞬きも忘れて食い入るようにリンカを凝視する。


「作戦が成功したように思わせるため、レオナルド殿下に伝わるまでは姫様の存在を隠したままにしてほしいと……。フィーナ様は最後に、私どもに笑顔を向けられました」


リンカは震える手でスカートを握り締め、涙を流しながらも瞳は強い光を放っている。


「姫様は現在フィーナ様のかつらをかぶり、談話室におります。フィリア様の采配により、扉の前には複数名の騎士を配置していただきました。私のみ、ご報告のためこちらに上がっております。以上になります。姫様の元を勝手に離れましたこと、私は如何様な罰もお受けいたします。どうかフィーナ様を……」


リンカは最後に頭を下げた。


皆が言葉を失った。

まさかセラフィーナが身代わりになるとは思ってもみなかった。しかも犯人はやはりルードリッヒ。一足遅かった。



レオナルドは体中の血が沸騰するのを感じた。

セラフィーナのやったことは正しい。いずれ王妃となるティターニアを拉致されるわけにはいかない。


だが!

セラフィーナの色で賊なら騙せてもルードリッヒが見れば一目瞭然だ。計画が失敗したことがわかればどういう扱いを受けるか!


激情のまま拳を振りかぶった瞬間、ユーリアスに止められる。


「拳を痛めます!」


その言葉にぐっと堪え、それでも耐えきれず壁を蹴り上げた。


ドカッ!


大音が響くがそれに構わず、レオナルドは怒りを滾らせたギラついた目でガイルに向かって叫ぶ。


「父上!国境封鎖のご命令を!」


ハッとしたガイルが宰相に指示を出す。


「今すぐすべての国境を封鎖せよ!猫の子一匹通すでないぞ!」

「かしこまりました!」


宰相が駆けて出ていく。


レオナルドは考える。

あの軽率な男が逃走するなら、深く考えず豪勢な馬車で大通りを通って国境に向かいそうだ。だが侯爵と従者がどう考えるか定かではない。一か八か動いて後手に回るわけにはいかない。


苛立ちが焦りに変わる。


そのとき次の一報が騎士から寄せられた。


「申し上げます!ご命令により監視しておりました人物がマチュア王国に不法侵入しようとしたので捕縛し、牢に収監しました!」

「なんだと!私が行く!父上!十番隊を出す許可を!」

「許可する!フィーナ嬢を頼むぞ!」

「わかっている!ユーリはあいつらに準備させろ!すぐに出るぞ!!」

「はいっ!」

「私も牢に行く!リンカ、よく報告してくれた。ゾーラ、リンカを休ませてやれ!ロイズ、行くぞ!」




牢には緑の髪を晒したマルコが静かに座っていた。

マルコはゾーイックなまりのクレイズ語で淡々と話す。


「混乱に乗じてルードリッヒ殿下から逃げようと思いました」

「ならば話せ!今日のことは知っていたな!?」

「はい。殿下が計画を立てました」

「どのルートでクレイズから出るつもりだった!?」

「貴族専用の国境を抜けるから見目の良い馬車を用意しろとご命令を受けました。王太子の婚約者を拉致するのに、正気の沙汰とも思えませんが」

「馬車には何人護衛がついている?!」

「私の知るかぎり四人です」

「逃走経路に侯爵は関わっているか!?」

「いいえ。特に口を挟まれませんでした」


レオナルドはマルコの胸ぐらを掴んで、鋭く睨み付ける。


「今話したことに嘘偽りはないか!?」

「ございません。ルードリッヒが捕縛されることを私も望んでいます」


レオナルドから目を逸らさず、はっきり言い切るマルコの言葉は信用に足るだろう。


「兄上!私はルードリッヒを追う!」

「わかった!私はティアを保護次第ペドラを捕縛する!行くぞロイズ!」




レオナルドが兵舎入口に駆け付けるとすでに十番隊第五小隊が揃っていた。

騎士団は番号によって役割が違うが十番隊は特殊で、国外に出るレザールとレオナルドの専属部隊になる。その中でも第五小隊はレオナルドの素を知る者で固められておりロイズの弟も所属している。素顔で攫われたセラフィーナの素性を隠すためにも、レオナルドは信頼のおける彼らを起用した。


「目指すのは街道を進むルードリッヒの馬車だ!護衛は恐らく四人!すべて生きたまま捕えろ!行くぞ!」

「「「「はっ!」」」」


一気に街道を突き抜けると、目当てらしき馬車が見えた。

近づいた瞬間馬車の中から叫ぶ声が聞こえ、レオナルドは脇目も振らず扉を蹴破った。中にはセラフィーナにべったりひっついているルードリッヒがいる。


レオナルドは一気に血が逆流し、ルードリッヒをセラフィーナから引き離しガンガン蹴った。だがこんな場合ではないとルードリッヒを放り投げてセラフィーナに近づき縄を切る。


「うわあああああん!レオ様!」


泣きじゃくるセラフィーナをしっかり抱き締める。手足の傷が痛々しいがそれでもセラフィーナが腕の中にいることにホッと安堵を覚えた。落ち着いたセラフィーナが意識を失ったので、横抱きに抱えて馬車の外にいる騎士達に指示を出す。


「お前ら、馬車の扉を直せ」

「そんな無茶な」

「粉々じゃないですか」


ロイズの弟グィード始め第五小隊の連中はぶつぶつ言いながらも、意識のないセラフィーナでは馬に乗せられないのがわかっているので修復にかかる。

離れた場所では鬼の形相でルードリッヒを縛り付けるユーリアスが見えた。レオナルドだってあんなもので収まるはずがない。だが今はセラフィーナを早く安全な場所で寝かせてやりたい。


騎士達に指示を出しそのまま馬車で城に戻った。







レオナルドは意識のないセラフィーナをベッドに寝かせた。医師に診察してもらい、鼻をぐずぐず鳴らしているターニャに後を頼む。


ガイルの執務室に入ったときにはすでに皆が揃っていた。

ガイルが重々しく口を開く。


「それでは皆、報告を」


学園は広範囲に渡って荒らされたようだ。修復に時間がかかるため、当面は閉園するしかない。

国境は今も封鎖中で、サライエに逃亡しようとする賊の確保に動いている。あまりにも甚大な被害に皆溜め息をつきたくなった。


侯爵とその関係者全員もすでに牢に収監されている。当初は犯行を否認していた侯爵も、マルコがすでに捕らえられていることを知り大人しく縄についたようだ。


「では引き続き尋問を頼んだぞ。……レオ、セラフィーナ嬢の具合はどうだ?」


ガイルの気遣わしげな視線に、レオナルドは静かに口を開く。


「今は眠っている。医師に診察してもらったが、縄で強く縛られたせいで両腕には擦れた傷がある。両手足にも擦り傷が多々あり、何度も転ばされたようだ」


痛々しいその内容に皆が眉間に皺を寄せた。


「少し熱っぽいし、あんなことがあった後だ。悪いが私はセラに付き添いたい」

「もちろんだ。セラフィーナ嬢のことを第一にしてやってくれ」

「それからルードリッヒの尋問も任せてほしい」

「……レオ、気持ちもわかるがほどほどに、な?」

「心配するな。そのあたりのさじ加減は間違わない」


目を鋭く光らせて口の端を上げるレオナルドに、本当かと聞きたくなったガイルだったが、口を閉じた。


レオナルドは全員に視線を向ける。


「だがこの事件が終息したらフィーナ・ガレントは終わりだ。その後はセラフィーナ・ダウナーに戻り第二王子妃になってもらう。異論があっても聞かない」


その言葉にアレクセイが真っ先に反応する。


「異論なんてあるか!どれだけ助けられたと思っているんだ!今回だって!ティアも喜ぶな」

「そうか、そうか。初めて紹介されたときから、いずれそうなるのではと思っておったが。やっとか。喜ばしいことだ」


ガイルが柔らかい表情で頷いた。宰相とロイズも賛成してくれている。


「ユーリもそれでいいな」

「もちろんです。セラフィのこと、よろしくお願いします」

「ああ。お前と義理の兄弟になるのも悪くない」


フッと笑ってレオナルドは立ち上がった。


「では私はセラのところへ行く。何かあればユーリを使って知らせてくれ」








ターニャに交代を命じ、セラフィーナの目が覚めるのをじっと待つ。どこに連れ去られようと、必ず見つけ出すつもりだった。今目の前で、安らかな寝息を立てていることに心の底から安堵する。


だがセラフィーナはずっと恐怖と戦っていたはずだ。レオナルドを見た瞬間、感情が爆発するように泣き叫んだ。それまで必死に耐えていたのだろう。



「よく、頑張ったな」


目が覚めたら、たっぷり甘やかしてやろう。

そんなことを思いながら、何よりも大切な少女の額にそっとキスを落とした。

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