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きっと大丈夫

「わたくしがコクーン国の第二王女ティターニアです。あなた方は何者ですか。何用でこちらにいらっしゃったのですか」


セラフィーナは凛とする声を響かせた。

先程クレイズ語を使った男が視線を向けてくる。


「お前が王女か。お前に用がある。後ろの二人は?」

「わたくしの侍女達ですわ。コクーンから連れてまいりましたの」

「ならお前ら三人連れて行く。後ろの二人も来い!」


セラフィーナは焦る。

ティターニアを連れていかれたら意味がない!


「なぜ侍女を連れていく必要が?」

「……」

「あなた方に必要なのはわたくしのはずですわね。なら侍女は放って置いてください。そうしていただければ、わたくしは大人しくあなた方に従いましょう」


セラフィーナは努めて冷静に対応したが、どうだろう。


〔おい、なんだって?!〕

〔後ろ二人は侍女だそうだ。一人で行くから侍女は置いていけだと〕

〔サライエのやんごとなき方からの依頼だぞ!間違えましたじゃ済まねえだろ!〕

〔だが女三人も連れていくのは危険が増すぞ!〕

〔確かにな。他の女は茶色だしな〕

〔とにかく連れ帰れば報酬がもらえるんだ!一人いりゃいいだろ!さっさと終わらせてサライエに帰るぞ!〕


「お前さえ大人しくすれば他の女に用はない。ついてこい!」

「わかりましたわ」


ティターニアが連れていかれないことに安心して、皆の方にくるっと振り向いた。リンカに焦点を合わせて、早口でコクーン語で告げる。


『この人達が話しているのはサライエ語よ。サライエのやんごとなき方からの依頼で、報酬をもらってサライエに帰るって言っていたわ。このことをどうかレオ様に伝えて。作戦が成功したように思わせるため、レオ様に伝わるまではティア様の存在を隠したままにして。そして返事はしないで』


リンカは了承するように瞬きをした。目が真っ赤になっている。


「おい!何の話をしている!」

「大人しくしているように伝えただけですわ。侍女はクレイズ語がまだあまり得意ではないのです」


〔時間がかかりすぎだ!行くぞ!〕


男一人がセラフィーナの腕を引っ張った。痛くて顔をしかめるが、ティターニアに心配させたくない。

皆の方を向いて、不格好な笑顔を見せて、セラフィーナはその場から連れ出された。




その後セラフィーナは布を頭に被された。目立つ黒髪が見えないようにだろう。セラフィーナとしても髪の色が違うとゴチャゴチャ言われかねないので助かった。

手を引っ張られて学園の裏にある雑木林を走らされる。全力疾走などしたことのないセラフィーナは何度も転んだ。


「おい!何やってるんだ!」


そのたびに腕を強く引っ張られる。


貴族令嬢がそんなに早く走れるはずないじゃないか!誘拐するのに要領が悪すぎる!


怒りを覚えるが黙って言うことを聞く。

程なくして簡素な馬車が見え、そこに連れ込まれた。一息つく間もなく何かを嗅がされ意識を失った。







セラフィーナが目を覚ますと、そこは薄暗い部屋の中だった。


両手を縄で縛られている。なんとか上半身だけ起こした。雑木林で転んだせいでところどころタイツが破れ、足は傷だらけでひりひりする。縛られた両腕も痛い。


ティターニアは無事だろうか。誤魔化すことはできたのだろうか。フィリア達も大丈夫だろうか。レオナルドには伝わっただろうか。


じっとしていると余計に不安が募っていく。




しばらくすると扉が開き、ペドラ侯爵とルードリッヒが入ってきた。ペドラはセラフィーナを見て驚愕し、すぐさま怒鳴った。


「お前は誰だ!!ティターニアじゃないのか!?」


この一言で身代わりが上手くいったことがわかった。


よかった。これならきっと皆無事でいる。

安堵しつつ、無表情でペドラに視線を向けた。


「……恐れ多くもコクーン国今代巫女姫様、さらには王太子殿下の婚約者であらせられるティターニア殿下を呼び捨てにするなど」

「黙れ!!ルードリッヒ殿下!どういうことですか!!」

「うるさいな!僕が知るわけないだろ!」

「なっ!あなたがこんな無茶な計画を立てたのではないですか!」


いきなり喧嘩しだした。

どうやら学園襲撃を思い付いたのはルードリッヒのようだ。確かにティターニア(セラフィーナだが)を連れ去ることはできたが、足が付きすぎる。


二人にはセラフィーナが誰だかわからないようだ。当たり前だが。まさかクレイズ王国のただの伯爵令嬢だとは思わないだろう。


「まさか影武者を立てているとは!くそっ!どうしますか!?」

「おい、マルコはどこにいった?」

「殿下とご一緒ではないのですか?」

「いいや、知らない。こんなときにいないとは相変わらず使えないやつだな!」


マルコとはあの緑の髪の従者のことだろうか。


「ともかくこのままではまずいです!学園が大変なことになっていますから!私は一度屋敷に戻って対策を練ります!」

「僕はどうしたらいいんだ!」

「一度サライエに戻ってはいかがですか?これ以上騒ぎが大きくなる前に」

「…そうだな。本来ならティターニアを連れて帰るつもりだったし。この女もなかなか綺麗だから貰っていくかな」

「そうしてください。我々の顔も見られていますし。おい!行くぞ!」


そうしてまたセラフィーナは引っ張られ、ずいぶん豪勢な馬車に連れ込まれた。


「なんだよ!アレクセイの鼻を明かせると思ったのに!くそ!では侯爵、またいつもの方法で連絡する」

「わかりました。お気をつけて。それでは」


侯爵と別れ、馬車が走り出した。







ルードリッヒはずっとサライエ語でアレクセイの文句を言っている。私のが格好良いのにとか、エメレーンは私の方が相応しかったのにとか。


セラフィーナは不安な気持ちを圧し殺し、外の景色を見ていた。

辺りはずいぶん暗くなってきたが、まだそれほど時間は経っていないようだ。周りにはルードリッヒの護衛らしき人影も見える。高位貴族の馬車が表通りを走っているだけのように見せているのだろう。


走っている道はサライエに続く道だ。この道の国境は高位貴族専用で、簡単な手続きをすれば国を渡ることができる。

ルードリッヒの犯行だとこちらが気付いていることに、ルードリッヒも侯爵も気付いていなかった。だからこのまま簡単な手続きでサライエに戻れると踏んでいるのだろう。


レオナルドには伝わっているはず。

大丈夫。きっと助けにきてくれる。そうしたらまた抱き締めてもらうんだ。


緊張と不安に押し潰されそうになりながらも、ひたすらレオナルドを待つ。




暇をもて余したルードリッヒが、セラフィーナに話しかけてきた。


「ねえ、君はどこの国の子なの?」

「……わたくしはコクーン国の者です」


素性は偽ったほうがいいだろうと適当に話をする。


「へえ。コクーンには綺麗な子が多いね」

「……恐れ入ります」

「なんでティターニアの影武者なんてやっているの?」

「それはコクーン国の事情です。お話しするわけにはいきません」

「ふーん。ま、別にどうでもいいけどね。どうせ君はこれからサライエに行くんだし」


セラフィーナは黙って外を向いた。

助け出される前にもし、サライエに入国してしまったら。もう二度とレオナルドに会えないかもしれない。


やめよう、そうじゃない。


もしサライエに入国してしまったら、隙をついて逃げ出し、どこかの商会に逃げ込めばなんとかなるかもしれない。

それにきっとその前にレオナルドが助けてくれるはず。大丈夫、大丈夫だ。


泣きそうになるのを懸命に堪え、無表情に徹した。



そんなセラフィーナに興味を示したルードリッヒが、距離を詰めてきた。


「君、こんな状況なのにずいぶん落ち着いているね」

「……」

「あらら、黙っちゃった。クスクス」


笑いながらセラフィーナの髪を触りだした。


「やめてください!」

「あれ?触ると反応するんだ。じゃあこれはどうかな?」


今度は肩に腕を回してきた。


気持ち悪い!やめてっ!

叫びそうになるのを俯いて耐える。


「あらら、また黙っちゃったね。クスクス。どうせ二人きりなんだから仲良くしようよ」


そう言ってルードリッヒはセラフィーナの頬に手を滑らせてきた。背筋がゾクッとしたセラフィーナは耐えられず顔を逸らして叫ぶ。


「やだっ!触らないでっ!!」


そのときバキッと音がしたと思ったら馬車の扉が吹っ飛んだ。


「うわっ!なんだ?!」

「セラッ!」


扉から必死な顔をしたレオナルドが見えた。と思ったら、瞬時に怒りの形相に変わった。


「きっさまぁ!誰の許可を得てセラに触れているっ!!」

「えっ?ちょ、ちょっと」

「勝手にセラに触れるなっ!!」


レオナルドはルードリッヒの襟首を掴み、セラフィーナから引き剥がした。振り回すように馬車の壁に叩きつけてからルードリッヒを蹴っ飛ばす。


「ぐえっ!」


ガンガン蹴った後に外に放り投げて「こいつを縛り付けろっ!」叫んでからセラフィーナの前にしゃがみこんだ。


「大丈夫か?!セラ!」


レオナルドが胸元から出したナイフでサッと縄を切り、両手でセラフィーナの顔を包んだ。


目の前には待ち望んだレオナルドがいる。心配そうに覗き込む淡いグリーンの瞳を見て、ようやく助け出された実感が湧いてきたらセラフィーナは堪らなくなった。


「う、う、うわああああん!レオさまぁ!」

「セラ、怖かったな。もう大丈夫だ」

「レオさまぁ!レオさまぁ!」


緊張の糸が切れてセラフィーナの感情が一気に爆発した。抱き締めてくれるレオナルドに必死にしがみつく。


よく知った匂いに汗の匂いも混じっている。きっと急いで駆けてきてくれたのだろう。強く抱き締め返してくれる、いつもの腕の中にいることにようやく心が落ち着いてくる。


「う、う、うう。レオ様。ふ、うう」

「遅くなってすまない。もう大丈夫だ。セラ」


離れたくない一心でレオナルドの服をぎゅっと掴むと、いつものように優しく頭を撫でてくれた。


「レオ様」

「セラ、もう安心していい。私が離さないから」

「うん」


緊張から解放されたセラフィーナは、誰よりも安心できるレオナルドの腕の中で、ゆっくりと意識を手放した。




「お前ら、馬車の扉を直せ」

「そんな無茶な」

「粉々じゃないですか」


そんな会話が聞こえた気がした。


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