馬車の中では
次の日、セラフィーナの晴れやかな顔を見たティターニアはすぐに気づいた。
「フィーナ、昨日何かあったのね?」
「はい。あの…その……」
セラフィーナはもじもじしながらも、昨日レオナルドとの仲が深まったことを伝えた。一緒に聞いていたリンカとゾーラも目を輝かせる。昨夜軽食を持ってきてくれたターニャにはすでに伝えてあったが一緒に喜んでくれた。
「おめでとう!フィーナに笑顔が戻ってよかったわ!」
「ありがとうございます。皆様にはご心配をおかけしました」
それから皆に根掘り葉掘り聞かれた。
恥ずかしいながらも、お互いの呼び方を変えたことを伝えると歓声が上がる。満面の笑みを皆から向けられ、嬉しいやら恥ずかしいやらで顔も緩みっぱなしだ。
その次の日の夜、レオナルドが部屋に来てくれた。
疲れた顔をしたレオナルドを心配したが「お前が癒してくれるだろう」と広い胸に抱き込まれ、いっぱいキスをした。恥ずかしくて胸がドキドキするくせに、心が温かくなってほわほわした。
一緒にいられる時間は少なかったが、短い時間でも無理を押して会いに来てくれたことが嬉しかった。
レザールからの返事がなく、ルードリッヒの所在がまだ掴めていない。
アレクセイもレオナルドもティターニアの復学を取り止めたかったようだが、侯爵達のことは内密なので今さら変更できない。
であれば警備を増やそうとなり、急きょ学園にも騎士団を派遣することになった。といっても学園内を重苦しい雰囲気にしないため、少数精鋭にしているらしい。
さらにレオナルドとユーリアスが馬車に同乗し送り迎えをしてくれることになった。
そして復学当日の朝。
「あ、あの、レオ様。お、下ろしてください」
「セラ、敬語に戻っているぞ」
「レオ様おろして!」
「なぜだ?」
「っ!恥ずかしいの!」
顔を真っ赤にさせたセラフィーナが叫ぶ。
馬車が動き出した瞬間、外からは見えないようにカーテンを半分だけ閉めたレオナルドが、セラフィーナをひょいと持ち上げ自分の膝の上に乗せたのだ。
「お、お兄様!」
「静かにしなさいセラフィ。学園までもうすぐそこだから」
「ティア様!」
「ふふ、お二人の仲が良くて嬉しいわ」
「ターニャ!リンカ!」
「「私達には何も見えません」」
「~~~~!!」
セラフィーナの真っ赤な顔をレオナルドが覗き込む。
「ほら、問題ないだろう。あまり一緒にいられないんだ。せっかくの時間だぞ?」
「うう、そうだけど」
「なら大人しくしていろ。それとも嫌なのか?セラ」
「……嫌じゃないです」
「じゃあそのままでいいな」
「ううう」
ああ、流された。皆は思った。
セラフィーナは真っ赤にさせた顔を両手で隠しているが隠しきれていない。
それをレオナルドは楽しそうに眺め、時々セラフィーナの手の甲にキスをする。その度にセラフィーナの肩がビクッと大きく揺れ、何やらもにゃもにゃと声が聞こえる。
同乗者としてはいたたまれないが、一時セラフィーナはずいぶん落ち込んでいた。そのときのことを思えば平和でいいのではないか、皆そう思い目線を外した。
レオナルドとユーリアスは初日だからとセラフィーナ達を教室まで送ってくれた。
教室では皆が待っていて、最初にフィリアと挨拶を交わす。その横でジーク・ハワードも会話に交ざってきた。
「ガレント嬢、とても心配しました。無事でよかったです。復学をお待ちしていました」
久しぶりに会えたフィリアと話したいのにと思いつつ、返事を返す。
「ご心配をおかけしました」
「何か困ったことはありませんか?よければ私がお助けします」
後ろにレオナルドの視線を感じる。
ジークはたぶん親切なんだと思う。ちょっと女好きなだけで。でもセラフィーナは同じことを繰り返したくない。
「いえ、特にハワード様に助けていただくことはございませんわ」
「そうですか。ですが何かありましたら……。そうだ、また美味しいお菓子をお持ちしますね」
「いえ、結構ですわ。わたくしは王宮に身を寄せています。皆様心砕いてくれていますので、ハワード様に特に何かをしていただく必要はありませんわ」
なるべくきっぱり言い切った。
レオナルドに誤解されたくないのだ。離れていたときの、あんな悲しい思いは二度としたくない。レオナルドは他の男を寄せ付けるなと言った。そのとおりにするだけだ。
「……そうですよね。失礼しました」
「いえ」
嫌味がない程度にジークに背を向け、レオナルドに向かって礼を言う。
「レオナルド殿下、ユーリアス様、ありがとうございました」
「いえ、ご学友とも問題ないようですし、私達も戻ります。ではまた放課後」
二人が去った背中を見送りながらも不安が残る。
あれなら問題ないと思うがどうだろう……帰りの馬車で聞いてみよう。
「あの、レオ様。朝の態度どうでしたか?私なりに頑張ったつもりなんですけど」
「セラ、敬語に戻ってるぞ。今朝の態度なら問題ないだろう」
「やっぱり!?いつも帰りの馬車までついてきていたのに、今日はなかったのよ!」
「ほう。よくやったな」
「ふふふ」
「だが続ける必要はあるからな。それを忘れるなよ」
「はい!」
ああ、丸め込まれてる。皆が思った。
レオナルドの膝の上で喜んでいるセラフィーナと、黒い笑みを浮かべているレオナルド。セラフィーナは時折レオナルドに頭を撫でられ、ふふふと嬉しそうに笑っている。
セラフィーナの普段の鋭さは、自分のこととなるとどこにいってしまうのか。だがレオナルド相手に誰かが何かをできるはずもない。
帰りの馬車の中でもやはりいたたまれない空気が漂った。
そうして毎日馬車の中ではレオナルドの膝の上に乗せられて送り迎えをしてもらう日々。
「学園内とはいえ何が起こるかわからん。とにかく気をつけろ」レオナルドから毎朝言われていた。
だがまさか本当に、何か起こるとは思っていなかった。




